隈部親永、退かず
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
田中城が落ちても、戦は終わらなかった。
十二月。
肥後の山々には、冷たい風が吹いていた。
田中城を落とした諸将のもとへ、次の知らせが届いたのは、それから間もなくのことだった。
「隈部親永、いまだ降伏せず」
陣幕の中で、誾千代は顔を上げた。
薦野が絵図を広げる。
あれほど多くあった一揆方の印は、もうほとんど残っていない。
その中に、隈部勢を示す印があった。
「どこにいるの?」
「城村城です」
薦野の指が、田中城から北東へ動いた。
「山鹿にある城です。隈部親永の子、親安が守っております」
「息子の城?」
「はい。親永も今は、そこに籠もっております」
誾千代は、絵図に残された印を見つめた。
隈部親永。
村の外で話した男の顔が浮かぶ。
よく笑う人だった。
人に慕われる人だった。
田中城は落ちた。
ほかの国衆も、ほとんどが武器を置いた。
もう、勝てないことくらい分かっているはずだ。
それでも、隈部親永は退かなかった。
「攻めるの?」
誾千代が聞いた。
「ああ」
宗茂が答えた。
短い返事だった。
「そっか」
誾千代も、それ以上は聞かなかった。
敵なら戦う。
それは最初から変わらない。
ただ、隈部親永とは話をした。
笑った顔も知っている。
どうして退かないのかも聞いた。
その隈部親永を、今から攻める。
◇
「来たか」
城村城。
物見からの知らせを聞いて、隈部親永は立ち上がった。
「はい。立花勢もおります」
「立花か」
親永は頭を掻いた。
「また面倒なのが来たなあ」
「殿」
「なんだ」
「笑ってる場合ですか」
家臣は呆れた顔をした。
田中城が落ちたことは、もう伝わっている。
ほかの城も落ちた。
降った者もいる。
逃げた者もいる。
ここまで来れば、誰にだって分かる。
勝てる戦ではない。
親永も分かっていた。
「残ってるのは?」
「城内の者と、近くから集まった者たちです」
「また来たのか」
「来るなと言っても来ますから」
「馬鹿だなあ」
親永は困ったように笑った。
以前と同じ言葉だった。
だが、今度はそのあとに笑いが続かなかった。
「怪我してる奴は下げろ」
「しかし――」
「戦えない奴まで前に出してどうする」
「はい」
「弓と鉄砲は無駄に撃つな。近づいてからだ」
「はっ」
「それから、水と飯をもう一度数えとけ」
家臣が頷く。
親永は城の外へ目を向けた。
遠くに旗が見える。
立花。
遠く法螺貝の音が聞こえてきた。
笑いが止まる。
親永の顔から、ゆっくりと笑みが消えた。
「来るぞ」
家臣たちの顔が変わった。
「持ち場につけ!」
「はっ!」
城内を兵が走り始める。
親永は太刀を取った。
◇
城村城を前に、討伐軍が動き始めた。
立花勢だけではない。
各所に陣を構えた兵が、城を取り囲んでいる。
「正面へ寄りすぎるな!」
宗茂の声が飛ぶ。
「弓が届く前に散れ! 小野、右を頼む!」
「承知!」
「薦野、後ろを見ろ!」
「はい!」
誾千代は槍を握り、城を見上げた。
風の中に、隈部の旗が揺れている。
「姫様」
隣にいた十時が声を掛けた。
「なに?」
「……いえ」
十時はそれ以上言わなかった。
前方で旗が上がる。
「進め!」
「おおっ!」
兵が一斉に動いた。
誾千代も駆け出す。
城から矢が飛んできた。
兵たちが盾を上げる。
矢が次々と盾へ突き刺さった。
続いて銃声が響き、斜面の土が跳ねる。
田中城の時よりも、攻撃は薄い。
飛んでくる矢も、鉄砲の音も少なかった。
「止まるな!」
宗茂の声が飛ぶ。
立花兵が斜面を駆け上がった。
柵の向こうから長槍が突き出される。
誾千代は穂先を弾いた。
続けてもう一本。
それも払い、柵際まで踏み込む。
敵兵が刀を抜いた。
誾千代の槍が先に動く。
柄で胸を打ち、男を押し戻した。
横から長柄が薙ぎ払われる。
身を沈め、そのまま踏み込む。
槍の柄で足を払うと、男が地面へ転がった。
さらに一人。
誾千代の前から、次々と敵兵が退いていく。
「押せ!」
立花兵が柵へ取りついた。
「通すな!」
城兵も集まってくる。
弓を捨てて刀を抜く者。
長柄を抱えて走ってくる者。
具足すらまともに着けていない者もいる。
若い男がいた。
年を取った男もいた。
誾千代の足が、一瞬だけ止まった。
――隈部さんのところに、来た人たち。
来いと言ったわけではない。
来るなと言っても来る奴までいる。
あの時の言葉が浮かんだ。
「姫様!」
十時の声。
横から刀が迫る。
誾千代は槍で受けた。
「ごめん!」
押し返し、槍を返す。
敵兵が下がった。
考えるのは、あとだ。
今は戦の中にいる。
誾千代は前を向いた。
◇
「殿! 右が押されています!」
「兵を回せ!」
親永が怒鳴った。
「これ以上は回せません!」
親永は舌打ちした。
立花勢の動きが速い。
こちらが右へ寄せれば、左を突く。
左を固めれば、正面へ出る。
追おうとすれば、すぐに退く。
少ない兵を、何度も動かされている。
「……嫌な攻め方しやがる」
力任せではない。
こちらの動きを見て、そのたびに薄くなった場所を突いてくる。
「殿!」
また声が飛んだ。
「左の柵が持ちません!」
「人を回せ!」
「人が足りません!」
分かっている。
人が足りない。
矢も減っている。
鉄砲の玉薬も惜しい。
援軍が来るあてもない。
田中城も落ちた。
もう、自分たちだけだった。
親永は奥歯を噛んだ。
「……まだだ」
傍らに置いていた太刀を掴む。
「まだ抜かれちゃいねえ!」
鞘を放り捨てた。
「行くぞ!」
親永が自ら前へ出る。
家臣たちが続いた。
◇
「敵が出てきた!」
声が上がった。
誾千代が顔を上げる。
柵の奥から、一団が飛び出してきた。
先頭に、大柄な男がいる。
抜き身の太刀を手にしていた。
「……隈部さん」
親永だった。
親永も誾千代を見つけた。
「いたな!」
「隈部さん!」
親永が笑った。
だが、足は止めない。
迫ってきた立花兵の槍を太刀で払い、その柄を斬りつける。
兵が退いた。
親永はさらに踏み込む。
誾千代が槍を構えた。
その前へ、十時が出る。
「ここは俺が。姫様は下がって」
誾千代は十時を見た。
「分かった」
一歩退き、そのまま別の敵へ槍を向ける。
親永の前には、十時だけが残った。
十時が槍を構える。
親永も太刀を構えた。
一瞬、二人の動きが止まる。
先に地を蹴ったのは、親永だった。
太刀が振り下ろされる。
十時は槍の柄で受け流し、そのまま穂先を返す。
親永が身を引いた。
切っ先が具足を掠める。
だが、親永は止まらない。
すぐさま踏み込み、太刀を横薙ぎに振るう。
十時は槍を引き、間合いを取った。
そこから一突き。
親永が太刀で弾く。
十時は槍を返した。
二撃、三撃と穂先が走る。
親永はかわし、払いながら前へ出る。
十時は距離を保ち、懐へ入れない。
親永はその間合いを、強引に詰めてくる。
「っ!」
親永が槍を横へ弾いた。
一気に踏み込む。
太刀が振り上げられた。
十時は槍の石突を地面へ突き、柄で受ける。
重い一撃だった。
十時の足が半歩下がる。
だが、すぐに槍を押し返した。
親永が離れる。
二人の間に、再び距離が開いた。
その時だった。
「殿!」
城兵が駆けてくる。
「右が破られます!」
親永がそちらを見る。
柵の一角へ、討伐軍の兵が殺到していた。
「くそっ!」
親永は太刀を返し、十時から離れた。
「次は最後までやろうぜ」
「御免ですな」
親永が笑った。
だが、すぐに城兵へ向き直る。
「右へ行くぞ!」
「はっ!」
親永は家臣を連れ、駆けていった。
十時はその背中を見送り、槍を握り直した。
「十時!」
誾千代が呼ぶ。
「無事?」
「この通り」
「じゃあ行くよ!」
「はいよ!」
二人は再び前へ出た。
◇
戦は、日が傾くまで続いた。
城村城は落ちなかった。
だが、朝とは明らかに違っていた。
柵の一部は壊れ、守る場所は狭くなっている。
城内には怪我人が増えていた。
腕を押さえて座り込む者。
壁にもたれ、荒い息を吐く者。
折れた長柄を支えに歩く者。
それでも、持ち場へ戻ろうとする。
「殿」
家臣が親永のそばへ来た。
肩の具足が割れ、血が滲んでいる。
「右は?」
「なんとか」
「左は?」
家臣は答えなかった。
それで分かった。
親永は城内を見回した。
疲れ切った顔が並んでいる。
それでも、誰も帰ろうとしない。
「……馬鹿ばっかりだな」
親永が呟いた。
城の外には、討伐軍の旗が並んでいる。
今日を凌いでも、明日がある。
明日を凌いでも、その次がある。
こちらの兵は減る。
向こうには、まだ兵がいる。
勝てない。
そんなことは、親永自身が一番よく分かっていた。
目の前には傷ついた者たちがいる。
自分が退かなければ、この者たちも退かない。
親永は城の外へ目を向けた。
向こうに旗が見える。
立花。
やがて、法螺貝の音が聞こえてきた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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