田中城、落ちず
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
天正十五年(一五八七年)十月。
肥後の山々は、すっかり秋の色に染まっていた。
あれほど各地に広がっていた一揆勢も、今ではその数を大きく減らしている。
小早川秀包。
鍋島直茂。
黒田官兵衛。
安国寺恵瓊。
高橋統増。
秀吉の命を受けた諸将が肥後へ入り、各地で一揆勢を追い詰めていた。
それでも。
まだ落ちない城があった。
田中城。
和仁親実らが籠もる城である。
「まだ落ちないの?」
誾千代は馬上から城を見上げた。
「ああ」
隣で宗茂が答える。
高台に築かれた城を、すでに大軍が取り囲んでいる。
西には小早川勢。
北には鍋島勢。
そして南には、立花をはじめとする筑前、筑後の軍勢が陣を構えていた。
これだけの兵に囲まれている。
それでも田中城から、降伏の使者は来なかった。
「九百ほどだっけ」
「そのくらいだと聞いている」
「こっちは?」
「数えるのも面倒なくらいおりますな」
十時が答えた。
誾千代はもう一度、城を見る。
「なのに落ちないんだ」
「城を守る側には、地の利がある」
宗茂が言った。
「数だけで決まるなら、城攻めで苦労はせん」
「そっか」
誾千代は槍を握り直した。
「じゃあ、今日こそ落とそう」
「そう簡単ではない」
やがて、陣の前方で旗が上がった。
宗茂の表情が変わる。
「行くぞ」
「うん!」
法螺貝が鳴った。
◇
「進め!」
宗茂の声が飛ぶ。
立花兵が一斉に斜面を駆け上がった。
直後。
「来るぞ!」
頭上から声がした。
矢が降る。
「盾!」
兵たちが盾を掲げた。
矢が次々と突き刺さる。
その間にも、城側から石が転がされてきた。
「うわっ!」
「避けろ!」
斜面を大きな石が跳ねながら落ちていく。
「右へ寄れ! 固まるな!」
宗茂の命令が飛ぶ。
兵が散る。
誾千代はその間を駆け抜けた。
「姫様! 前に出すぎです!」
「まだ出てない!」
「十分出てます!」
十時の声を背中で聞きながら、誾千代は柵へ近づいた。
その向こうから槍が突き出される。
「っ!」
槍を弾く。
もう一本。
今度は柄で払い、そのまま穂先を柵の隙間へ突き込んだ。
「ぐっ!」
敵兵が下がる。
「今!」
立花兵が柵へ取りついた。
だが。
「押し返せ!」
城内から、さらに兵が出てきた。
槍が並ぶ。
誾千代も槍を振るう。
一人。
二人。
三人。
柵際から敵兵が退く。
「いける!」
誾千代が前へ出ようとした、その時だった。
「退け!」
宗茂の声が飛んだ。
「え?」
「退け! 深追いするな!」
立花兵が一斉に動きを変えた。
「姫様!」
十時に呼ばれ、誾千代も仕方なく下がる。
矢の届かないところまで退いてから、誾千代は宗茂のところへ向かった。
「旦那様」
「なんだ」
「もうちょっとだったよ」
「ああ」
「じゃあ、なんで退いたの?」
「こちらが入れば、奥からさらに兵が出る」
宗茂は城を見た。
「誘われている」
「そうなの?」
「ああ」
「じゃあ、あれわざと?」
「おそらくな」
誾千代も城を見る。
さっきまで柵際にいた兵たちは、もう姿を消していた。
◇
だが。
翌日も、田中城は落ちなかった。
さらに日が過ぎた。
それでも、落ちなかった。
攻めれば守る。
退けば、追ってはこない。
城に籠もる者たちは、ただひたすら耐えていた。
十一月。
山を渡る風は、もう冷たかった。
「寒い」
誾千代は陣幕の中で手を擦った。
「冬が近いですからな」
薦野はそう言いながら、絵図に書き込みをしている。
誾千代は城の方角を見た。
「……しぶといね」
「ここが最後と分かっているのでしょう」
その時だった。
「立花殿」
陣幕の外から声がした。
宗茂が顔を上げる。
「黒田殿」
幕が上がり、黒田官兵衛が入ってきた。
「くろちゃん」
「お久しぶりです、誾千代殿」
「久しぶり」
「これ、誾千代殿に」
官兵衛が持っていた包みを差し出した。
「どうぞ」
「なに?」
「焼き栗です。まだ温かいですよ」
誾千代は包みを受け取った。
「ほんとだ。あったかい」
さっそく一つ取り出し、殻を割る。
「……おいしい」
「それは何よりです」
「旦那様も食べる?」
「いや」
誾千代が二つ目へ手を伸ばす。
その横で、官兵衛は宗茂の前に広げられた絵図へ目を落とした。
「昨日、南の守りが動きましたな」
「ああ」
宗茂が答える。
「気づかれましたか」
「昨日までと兵の置き方が違う」
「やはり、そう見ますか」
官兵衛が絵図の一点を指した。
「こちらを厚くしたように見えます」
「その分、西が薄い」
「ええ。ただ――」
「誘っている可能性がある」
官兵衛が顔を上げた。
「私も同じことを考えていました」
宗茂の指が、別の場所へ動く。
「なら、乗ったように見せる」
「兵を出しますか」
「出す。だが攻め込まない」
「向こうを動かすだけ」
「ああ」
官兵衛の口元が、わずかに緩んだ。
「面白い」
「動けば、西がさらに薄くなる」
「そこはこちらで見ましょう」
「頼む」
少し離れたところで聞いていた薦野が、感心したように息を吐いた。
「……いやあ」
「なに?」
誾千代が焼き栗を食べながら振り返る。
「黒田官兵衛殿とうちの殿が、一枚の絵図を囲んで軍議をしているんですよ」
「うん」
「こんな軍議、そうそう見られませんよ」
「そうなんだ」
「だって、黒田官兵衛殿ですよ。殿下の軍師として、いくつもの戦を勝ち抜いてきた御方です」
薦野は絵図を挟んで向かい合う二人を見る。
「その御方とうちの殿が、同じ戦場を見て、同じように策を練っている。こんなもの、滅多に見られません」
「ふうん」
誾千代は焼き栗を一つ口へ放り込んだ。
「これ、おいしいね」
「……聞いてました?」
「聞いてたよ」
「くろちゃん」
「なんです?」
「この栗、どこで買えるの?」
「近くの村で分けてもらいました」
「帰りに寄れる?」
「戦が終わってからになさい」
「分かった」
誾千代は満足して、また焼き栗を食べ始めた。
「それで、立花殿」
「ああ」
宗茂と官兵衛は、何事もなかったように軍議へ戻った。
◇
それからも、田中城への攻撃は続いた。
立花勢が動けば、城兵も動く。
鍋島勢が北から圧力を掛け、小早川勢も城を囲む。
それでも。
田中城は落ちなかった。
十一月が過ぎていく。
朝には、吐く息が白くなった。
夜には霜が降りる。
兵たちは火を囲み、冷えた手を温めながら夜を越した。
「もう冬だよ」
「城の中も冬でしょうな」
誾千代は黙って田中城を見る。
あの中にも、人がいる。
寒いのは同じだ。
腹が減るのも同じだ。
それでも、降りてこない。
「なんで、そこまで戦うんだろうね」
「それぞれ、理由があるのでしょう」
「隈部さんみたいに?」
「さあ」
十時は城を見上げた。
「ですが、退かぬと決めた人間を退かせるのは、難しいものです」
「……うん」
誾千代は、ふと隈部親永の顔を思い出した。
◇
十二月。
田中城を囲む山々は、すっかり冬の色になっていた。
その日も、朝から戦が続いていた。
法螺貝が鳴り、鬨の声が山へ響く。
何度聞いたか分からない音だった。
「進め!」
宗茂の声とともに、立花勢が斜面を駆け上がる。
誾千代も、その中にいた。
「行くよ、十時!」
「はいよ!」
城から矢が飛んでくる。
だが、以前とは違った。
少ない。
誾千代にも、それが分かった。
「殿!」
小野鎮幸が声を上げた。
「西が動きました!」
宗茂がすぐにそちらを見る。
西側の陣から、兵が一気に城へ取りついている。
城内から兵が動いた。
西へ。
宗茂の目が細くなる。
「今だ」
低い声だった。
だが、次の瞬間には陣中へ響いた。
「押せ!」
「おおっ!」
立花兵が一斉に駆け上がる。
「誾千代!」
「うん!」
誾千代も走った。
柵の向こうから槍が突き出される。
一つを弾く。
もう一つをかわし、踏み込む。
「っ!」
槍の柄で敵兵を押し返した。
「開いたぞ!」
どこかで声が上がった。
柵の一角が崩れる。
誾千代は迷わず、そこへ飛び込んだ。
「姫様!」
十時もその後を追う。
城内へ入った。
敵兵が振り返る。
「立花だ!」
「入られたぞ!」
槍が向けられる。
誾千代は止まらなかった。
一人目の槍を弾き、そのまま柄で胸を打つ。
男がよろめいたところへ、横から二人目が斬りかかってきた。
誾千代は身を沈める。
刀が頭上を抜けた。
そのまま槍の柄で足を払い、男を転がす。
三人目が正面から槍を突き出した。
穂先を弾く。
一歩踏み込み、肩からぶつかるように押し退けた。
誾千代はそのまま奥へ駆ける。
少し離れたところで戦っていた他家の兵が、その姿を見た。
「おい、あれ誰だ?」
「立花の者だろ!」
「それは分かる!」
誾千代の前に、また二人の城兵が立ちはだかる。
一人の槍を払い、返した穂先でもう一人を退かせる。
その間に十時たちが追いつき、立花兵が一気に押し込んだ。
「あんな武将、立花にいたか?」
「知らん!」
その時、後ろから立花兵の声が飛んだ。
「奥方様に続け!」
二人が同時に誾千代を見る。
「……奥方?」
「今、奥方って言ったか?」
「言った」
誾千代はもう、その先で槍を振るっている。
「……あれが宗茂殿の?」
「らしいな」
「…………」
「見るな! 行くぞ!」
二人も慌てて駆け出した。
その横を立花兵が駆け抜けていく。
後ろから、さらに兵が続いた。
もう、押し返されない。
誾千代にも分かった。
今までとは違う。
「旦那様!」
振り返る。
宗茂も城内へ入っていた。
「止まるな! 奥へ押せ!」
兵が応える。
「おおっ!」
あちらでも声が上がった。
こちらでも。
城内へ、次々と兵が入ってくる。
ずっと閉ざされていた田中城の守りが、ついに崩れていく。
それでも、城兵は武器を捨てなかった。
「押し返せ!」
「ここを通すな!」
声が飛ぶ。
誾千代の前にも、一人の兵が立ちはだかった。
疲れ切った顔だった。
それでも、槍を構えている。
誾千代も槍を構えた。
ほんの一瞬だけ、目が合う。
そして――。
「っ!」
同時に踏み込んだ。
槍と槍がぶつかる。
誾千代は相手の穂先を外へ弾き、そのまま柄を打ち込んだ。
男が地面へ倒れる。
その向こうで、別の兵が叫んだ。
「退け! もう持たん!」
その声を境にしたように、城兵が崩れ始めた。
一人が退く。
また一人。
武器を落とす音がした。
それでも戦う者もいる。
逃げる者もいる。
城内のあちこちで、怒号が入り乱れた。
誾千代は息を切らしながら、その光景を見た。
十月から、ずっと落ちなかった城。
何度攻めても、押し返された城。
その田中城が。
今、目の前で崩れていく。
「誾千代!」
宗茂の声がした。
誾千代が振り返る。
「行くぞ!」
「うん!」
槍を握り直し、宗茂の後を追った。
――天正十五年十二月五日。
田中城、落城。
◇
戦が収まった頃、誾千代たちは陣へ戻っていた。
「……終わった?」
誾千代が尋ねる。
宗茂は答えなかった。
薦野が、絵図へ手を伸ばす。
田中城を示していた印を外した。
残った印は、もうほとんどない。
誾千代は、その中の一つを見る。
「隈部勢は?」
「まだです」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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