一揆が終わっていく
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
その報せは、一つだけではなかった。
戦は、それからも続いた。
立花勢は肥後を転戦し、その間にも各地で戦が繰り返された。
柳河城を出た頃とは、山の色も少しずつ違っていた。
季節が、変わろうとしている。
いつの間にか、それだけの時が経っていた。
そして、長く続いた戦にも、変化が見え始めた。
ある城が落ちた。
別の場所では、国衆の一人が兵を退いた。
さらに別の場所では、戦わずして門を開いたという。
肥後のあちらこちらから、そんな報せが届き始めた。
「黒田勢の持ち場で、一揆方の城が落ちました!」
使番の声に、薦野が絵図へ手を伸ばす。
一揆方を示していた印が、一つ外された。
「鍋島勢の持ち場でも、国衆の一人が降伏!」
また一つ。
「こちらは?」
「昨日、兵を退いたとのことです」
また一つ。
誾千代は、その様子を宗茂の隣から見ていた。
「……減ったね」
「ああ」
少し前まで、絵図のあちらこちらに印があった。
それが今は、目に見えて少なくなっている。
「あんなにいたのに」
「一つが崩れれば、それに続く者も出る」
宗茂は絵図を見たまま答えた。
「勝てぬと見れば、兵を退く者もいる」
「じゃあ、もうすぐ終わる?」
「まだだ」
宗茂の指が、残された印の一つへ動いた。
「まだ抵抗を続けている者がいる」
◇
戦場も、変わり始めていた。
山を越えても、誰もいない。
昨日まで道を塞いでいた柵が、そのまま残されている。
砦へ近づいても、矢が飛んでこない。
「……誰もいないね」
誾千代は馬を進めながら、砦を見上げた。
門は開いていた。
立花兵が警戒しながら中へ入っていく。
「敵影なし!」
「奥も空です!」
次々と声が上がった。
中には消えかけた焚き火と、置き去りにされた筵が残っている。
小野が地面へ目をやった。
「夜のうちに退いたようですな」
「どこに行ったの?」
「別の城へ移った者もいるでしょう」
「ほかは?」
「家へ帰ったかもしれません」
「……そっか」
誾千代は空になった砦を見た。
少し前までなら、ここにも兵がいたのだろう。
槍を持って。
弓を持って。
立花勢が来るのを待っていた。
その人たちが、もういない。
「戦わなくて済んだなら、いいことだよね」
「そうですな」
小野が答えた。
「うん」
誾千代も頷いた。
砦を出て、しばらく進んだ時だった。
「あ」
誾千代が前を見る。
山道の先を、何人かの男たちが歩いていた。
鎧は着けていない。
槍も、弓も持っていない。
一人は肩に荷を担ぎ、もう一人は手に笠を持っている。
立花勢に気づいた男たちが、足を止めた。
兵たちにも緊張が走る。
けれど、男たちは武器を抜かなかった。
そもそも、持っていない。
「旦那様」
「ああ」
宗茂も男たちを見ていた。
「どうするの?」
「何もしない」
「いいの?」
「武器を置いた者まで追う必要はない」
宗茂は前を向いた。
「通せ」
立花兵が道を開ける。
男たちは戸惑ったように立ち尽くしていたが、やがて一人が頭を下げた。
残りの者も、それに続く。
そして、立花勢の脇を通り過ぎていった。
誾千代は振り返った。
「家に帰るのかな」
「かもしれませんな」
小野が答える。
「田んぼに?」
「さて。そこまでは分かりません」
「帰れるといいね」
男たちの背中は、やがて山道の向こうへ消えていった。
少し前までなら、あの男たちも槍を持って立っていたのかもしれない。
こちらを敵だと思い、立花勢もまた、彼らを敵だと思っていた。
けれど、槍を置けば。
ただ、家へ帰っていく人だった。
誾千代は前を向いた。
戦が終わるというのは、こういうことなのかもしれない。
◇
もちろん、すべての戦が終わったわけではなかった。
「前へ!」
宗茂の号令とともに、立花兵が進む。
矢が飛び、槍がぶつかる。
誾千代も前へ出た。
迫ってきた男の槍を弾き、石突で肩を打つ。
別の男が横から斬りかかってくる。
身を引いてかわし、槍の柄で腕を払った。
「ぐっ!」
刀が落ちる。
「下がれ!」
一揆方から声が上がった。
兵たちが次々と退いていく。
「追うな!」
宗茂の声で、立花兵が止まる。
それで終わった。
誾千代は槍を下ろした。
「……あっさり引いたね」
隣へ来た十時が敵の退いていった方を見る。
「向こうも、分かってきたのでしょうな」
「何が?」
「このまま続けても、勝てぬと」
誾千代は黙った。
前なら、一つ勝っても、その先にまた敵がいた。
山を越えれば兵がいた。
砦を落とせば、次の砦があった。
今は違う。
一度戦うたびに、敵が減っていく。
あれほど大勢いた一揆勢が、少しずついなくなっていく。
「……終わっていくんだね」
「ええ」
十時が答えた。
「ようやくです」
◇
それからも、各地から報せは届き続けた。
陣へ戻った宗茂たちは、再び絵図を囲んでいた。
「こんなに少なかったっけ?」
「少なくなったんです」
薦野が答えた。
「こちらは降伏。こちらも兵を退きました」
指が絵図の上を動く。
「まだ抵抗を続けているところもございますが、最初とは比べものになりません」
「……本当だ」
あれほどあった印が、もうわずかしか残っていない。
誾千代は一つ一つを目で追った。
そして、ふと思い出した。
「隈部勢は?」
宗茂が顔を上げた。
「まだだ」
「まだ戦ってるの?」
「ああ」
「……」
誾千代は絵図を見る。
これだけ一揆方が減っている。
もう、最初の頃とは違う。
「勝てないよね」
誰もすぐには答えなかった。
誾千代が宗茂を見る。
「旦那様」
「ああ」
宗茂は静かに答えた。
「このままでは勝てん」
「隈部勢も、分かってるよね?」
「分かっているだろう」
「じゃあ、なんで……」
言いかけて、やめた。
誾千代は、あの日の隈部を思い出した。
村の外。
兵を引き連れながら、それでも笑っていた男。
話し終わったあと、当たり前のように言った。
自分は退かない、と。
「……馬鹿だなあ」
小さく呟いた。
「何がです?」
薦野が尋ねる。
「隈部さん」
誾千代は絵図を見たまま答えた。
「もう勝てないって分かってるのに」
誰も答えなかった。
その時だった。
「申し上げます!」
陣幕の外から声が上がった。
「入れ」
宗茂が答える。
兵が中へ駆け込んできた。
「田中城にて、一揆勢がなお抵抗を続けております!」
「田中城?」
「和仁氏の城です」
薦野が絵図の一点を指した。
「和仁?」
「隈部親永に呼応した国衆です」
「隈部勢もいるの?」
「いえ。隈部勢は田中城にはおりません」
「じゃあ、和仁勢がまだ戦ってるの?」
「はい。いまだ城に籠もり、抵抗を続けております」
誾千代は、もう一度絵図を見る。
もう勝てないことは、きっと誰にだって分かっている。
それでも。
まだ、武器を置かない者たちがいる。
絵図に残された印は、もうわずかだった。
あれほど肥後中へ広がっていた一揆が、一つ、また一つと消えていく。
残る印を、誾千代はじっと見つめていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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