誾千代、我慢する
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
それからも、戦は続いた。
山を越えれば、また一揆勢がいた。
道を塞ぐ柵を崩し、砦を落とし、退けば追い、立ち塞がれば戦った。
立花勢だけではない。
肥後のあちらこちらで、戦が続いている。
「押せ!」
宗茂の声が飛ぶ。
立花兵が一斉に前へ出た。
槍を構えていた一揆勢が押され、じりじりと後ろへ下がっていく。
「右、崩れます!」
「小野を回せ。深追いはするな!」
「はっ!」
伝令が駆けていく。
その横を、誾千代が走り抜けた。
突き出された槍を弾き、そのまま間合いへ入る。
石突で男の脇腹を打った。
「ぐっ!」
男が倒れる。
その向こうから、もう一人。
誾千代は槍を持ち直した。
相手は若かった。
自分より少し上くらいだろうか。
一瞬だけ、目が合う。
――この人にも、田んぼがあるのかな。
そんなことを考えた。
「うおおっ!」
男が槍を突き出す。
誾千代はそれを払い、足を掛けた。
「うわっ!」
男が地面へ転がる。
その胸元へ槍先を向け――
「降りる?」
「……っ」
「槍、捨てるならやめるよ」
男はしばらく誾千代を睨んでいたが、やがて槍を手放した。
「よし」
「姫様!」
十時が駆けてくる。
「何してるんです!」
「降りるか聞いてた」
「戦の真ん中でのんびり聞かないでください!」
「ちゃんと戦ってるよ」
「見れば分かります!」
その時、法螺貝が鳴った。
一揆勢が退き始める。
「追うな!」
宗茂の命が飛んだ。
立花兵の足が止まった。
誾千代も槍を下ろす。
退いていく兵たちの中には、足を引きずっている者もいた。
仲間に肩を貸されている者もいる。
それでも、誰も武器を捨てない。
山道の向こうへ消えていく背中を、誾千代は黙って見送った。
「姫様?」
「……なんでもない」
あの日から、何度も戦った。
戦えば勝つ。
立花勢は進む。
それなのに。
前よりも、敵の顔がよく見えるようになった気がした。
◇
数日後。
立花勢が次の持ち場へ向かっていた時だった。
「殿!」
先行していた兵が戻ってきた。
「前方に軍勢がございます!」
宗茂が馬を止める。
「旗は?」
「佐々勢にございます!」
誾千代が顔を上げた。
「佐々殿?」
「ああ」
宗茂は前方を見る。
山裾の道の先に、いくつもの旗が見えていた。
佐々成政の軍だった。
「この先で一揆勢と交戦したようですな」
小野が周囲を見ながら言う。
道端には折れた矢が落ちている。
踏み荒らされた土には、まだ新しい馬の蹄の跡が残っていた。
「行くぞ」
宗茂が馬を進める。
誾千代も、その後を追った。
佐々の陣では、すでに次の戦いの準備が始まっていた。
兵が行き交い、負傷者が運ばれ、使番が次々と出入りしている。
宗茂が到着すると、ほどなく佐々成政が姿を現した。
「立花殿か」
「佐々殿」
宗茂が一礼する。
誾千代も隣で頭を下げた。
佐々は一瞬だけ誾千代を見たが、すぐ宗茂へ視線を戻した。
「そちらはどうだ」
「いくつかの砦を落としました。しかし、まだ兵を集めている国衆がおります」
「一日で七つ落としたそうだな」
宗茂はわずかに目を伏せた。
「城というより、砦に近いものもありました」
「それでも七つは七つだ」
佐々は宗茂をしばらく見た。
「大したものだ」
「恐れ入ります」
「こちらも同じだ。叩いても叩いても、別の場所で兵が集まる」
「隈部勢は?」
「まだ退かん」
その名に、誾千代が顔を上げた。
「こちらの兵とも何度かぶつかっている。相変わらず往生際の悪い男だ」
誾千代の眉がわずかに寄った。
けれど、黙っていた。
宗茂と佐々の話は続く。
街道。
砦。
兵の数。
次にどこへ兵を動かすか。
誾千代には分からない話も多かった。
それでも、黙って聞いていた。
「では、我らはこのまま――」
「佐々殿」
宗茂の言葉を遮って、誾千代が口を開いた。
宗茂が見る。
「誾千代」
「ちょっとだけ」
「何だ」
佐々が面倒そうに誾千代を見る。
「隈部さんと話したよ」
佐々の目が細くなった。
「……親永と?」
「うん」
「いつだ」
「少し前」
「戦場で何をしている」
「隈部さん、土地のことを言ってた」
「土地?」
「田んぼは毎年同じじゃないって。雨が降らない年もあるし、降りすぎる年もある。虫にやられることもあるって」
佐々は何も言わない。
「今までは、そういう時は村の話を聞いてたって」
「それがどうした」
「だから――」
誾千代は少し迷ってから言った。
「今までみたいにしたら駄目なの?」
周囲が静かになった。
「土地のことも、年貢のことも。全部いきなり変えないで、不作だったら話を聞いてあげればいいじゃん」
「……」
「そうしたら、隈部さんたちも戦わなくて――」
「それは親永から聞いた話か」
「うん」
佐々は小さく息を吐いた。
「奴とは、すでに話している」
「それも聞いた」
「ならば分かるだろう。話した上で、奴は従わなかった」
「でも、佐々殿も考えを変えなかったんでしょ?」
「誾千代」
今度は宗茂の声が少し強くなった。
誾千代は口を閉じた。
佐々はしばらく誾千代を見ていた。
「奥方」
「なに?」
「親永だけを特別扱いしろと言うのか」
「特別扱い?」
「肥後には、数多くの国衆がいる。親永のやり方を認めれば、他の者も今まで通りにしろと言い出す」
「でも、今までそれでやってきたんでしょ?」
「だからだ」
佐々の声が低くなった。
「肥後の国主は、今は俺だ」
「……」
「親永には親永のやり方がある。他の国衆には、また別のやり方がある。それを一つ一つ認めていては、いつまで経っても肥後は一つにならん」
「だが――」
宗茂が口を開く。
「急激に変えれば、反発が出るのも当然かと」
「分かっておる」
佐々は宗茂を見る。
「だから親永とも話した。こちらとて、好きで戦をしているわけではない」
誾千代は黙った。
隈部にも、言い分があった。
佐々にも、言い分がある。
だったら。
どうすればよかったのだろう。
「でも」
誾千代はもう一度口を開いた。
「じゃあ、もう少しゆっくり変えたら駄目なの?」
佐々の眉が動いた。
「このまま戦ったら、もっと人が死ぬよ」
「ならば、親永が兵を退けばよい」
「でも――」
「退かぬと決めたのは親永だ。こちらが戦を望んでいるわけではない」
「誾千代」
宗茂が止めた。
それでも誾千代は佐々を見ていた。
しばらくして、佐々が息を吐いた。
「立花殿」
「はい」
「妻の教育は、もう少しきちんとしておいた方がよい」
誾千代の眉がぴくりと動いた。
「国主同士の話に口を挟ませるのであれば、せめて政というものを教えてからにしてもらいたい」
「……申し訳ございません」
宗茂が頭を下げた。
その瞬間。
誾千代の腹の奥が、かっと熱くなった。
私のことならいい。
何も知らないと言われても。
政が分からないと言われても。
それは、別にいい。
でも。
なんで旦那様が謝るの。
言ったのは私だ。
勝手に口を挟んだのも、私だ。
旦那様は何も悪くない。
「……」
言い返したかった。
けれど、ここで言い返したら。
また宗茂が頭を下げる。
誾千代は唇を結んだ。
ぐっと堪えて、頭を下げる。
「……失礼しました」
佐々はそれ以上何も言わなかった。
◇
佐々の陣を出てから、誾千代はずっと黙っていた。
宗茂も何も言わない。
十時も、今日は珍しく口を挟まなかった。
しばらく馬を進めたところで、宗茂が口を開いた。
「誾千代」
「……なに」
「怒っているのか」
「怒ってない」
「そうか」
「……」
「……」
「旦那様」
「なんだ」
「私、佐々殿嫌い」
「そうか」
誾千代は前を向いたまま、手綱を握り直した。
「……ごめんね」
「何がだ」
「私のせいで、謝らせちゃった」
「気にするな」
「でも、旦那様は何も悪くないのに」
「俺も止めなかった」
誾千代が宗茂を見る。
「でも、言ったのは私だよ」
「ああ」
「だから、旦那様が謝ることじゃない」
「俺は気にしていない」
「……私が気にするの」
宗茂はしばらく黙っていた。
「なら、もう気にするな」
「でも」
「俺は怒っていない」
誾千代が宗茂を見る。
「……ほんと?」
「ああ」
「……うん」
誾千代はようやく前を向いた。
けれど、少しして。
「でも、佐々殿は嫌い」
「それはもう聞いた」
その時だった。
前方から、一騎の使番が駆けてきた。
「申し上げます!」
三人の表情が変わる。
使番は宗茂の前で馬を止めた。
「一揆方の城、一つ落ちました!」
宗茂が顔を上げる。
「どこだ」
使番が答える。
その報せは、一つだけではなかった。
この頃から、肥後各地の戦況は大きく動き始めていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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