戦わないと駄目なの?
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
翌日。
立花勢は、さらに肥後の奥へ進んでいた。
昨日までとは、少し様子が違う。
道沿いの村に、人の姿が少ない。
戸は閉ざされ、田にもほとんど人が出ていない。
「みんな、どこ行ったんだろ」
誾千代が辺りを見回した。
「逃げた者もいるでしょうな」
薦野が答える。
「一揆勢へ加わった者もいるでしょう」
「田んぼ放って?」
「昨日だけでも、かなり増えたようですから」
誾千代は田へ目を向けた。
風に揺れる稲だけが、いつもと変わらずそこにある。
「田んぼは待ってくれないのにね」
「戦も待ってくれませんからねえ」
十時が言った。
その時。
「殿!」
前方から兵が駆け戻ってきた。
「一揆勢を確認! この先の集落に入ったとのこと!」
宗茂が顔を上げる。
「数は」
「二百ほど!」
薦野が絵図を広げた。
「この先なら――」
指が止まる。
「村があります」
宗茂の眉がわずかに動いた。
「村の中に入ったのか」
「そのようです!」
誾千代も顔をしかめた。
昨日とは違う。
一揆勢は村を避けていた。
「旦那様」
「ああ」
宗茂はすぐに命じた。
「止まれ」
進んでいた兵が止まる。
「小野。偵察を出せ。村の様子を見ろ」
「はっ」
「家屋に兵が入っているかも確かめろ。こちらからはまだ手を出すな」
小野が兵を連れて進んでいった。
「攻めないの?」
「中の様子が分からん」
宗茂は村を見た。
「兵だけとは限らん」
誾千代も、その先へ目を向けた。
◇
「だから言っただろ! 村に入るなって!」
怒鳴り声が響いていた。
「申し訳ございません!」
「申し訳ないで済むか!」
隈部親永は、村の真ん中で頭を抱えていた。
周囲には一揆勢の兵。
そして、家から不安そうにこちらを見る村人たち。
「立花が近づいてるからって、なんでこっちへ逃げ込むんだ!」
「他に道がなく――」
「だったら山へ行け!」
「山には立花の別働隊がいるとの報せが!」
「じゃあ――」
親永が言葉に詰まった。
「……そりゃ困ったな」
「殿」
「なんだよ!」
「立花勢が止まりました」
親永が顔を上げた。
「止まった?」
「はい。村の外で」
「攻めてこないのか」
「今のところは」
「…………」
親永は少し考えた。
「こっちが村に入ったからか?」
「おそらく」
「へえ」
親永が村の外へ目を向ける。
「立花宗茂、か」
「殿?」
「いや」
親永は笑った。
「ちょっと話してみたくなった」
「やめてください」
「まだ何も言ってねえだろ」
「殿がその顔をした時は、ろくなことになりません」
「失礼だな、お前」
「どこへ行かれるおつもりで?」
「ちょっと外まで」
「駄目です」
「なんでだよ」
「敵がおります!」
「知ってるよ!」
◇
「誰か出てきた」
誾千代が目を細めた。
村から、数人の男が歩いてくる。
先頭の男だけ、妙に堂々としていた。
武装はしている。
だが、槍を構えてはいない。
「旦那様」
「ああ」
宗茂も見ていた。
「弓、構えるな」
周囲の兵へ命じる。
「向こうが手を出すまで待て」
男たちは、立花勢から少し離れたところで止まった。
先頭の男が辺りを見回す。
「立花宗茂殿はいるか!」
誾千代が目を丸くした。
「旦那様呼ばれてる」
「聞こえている」
宗茂が馬を進める。
「私だ」
男が宗茂を見る。
頭から足まで眺めた。
「……えらく男前だな」
「でしょ?」
横から誾千代が割り込んだ。
男が誾千代を見る。
「……誰だ、お前」
「私? 立花誾千代」
「立花……」
男が一瞬考えた。
「立花ぁ!? お前、宗茂殿の奥方じゃねえか!」
「うん」
「なんでそんなところに普通にいるんだ」
「いるよ。奥方だもん」
「奥方は普通、そこにいねえんだよ」
十時が深く頷いた。
「まったくでございます」
宗茂が小さく息を吐いた。
「それで、そなたは」
「おっと、そうだった」
男は宗茂へ向き直った。
「俺は隈部親永だ」
「えっ」
誾千代が目を見開いた。
「あなたが?」
「なんだよ。その反応は」
「だって」
誾千代は隈部を上から下まで見る。
「もっと怖い人かと思ってた」
「初対面で随分なこと言うな、お前」
「誾千代」
宗茂が低く呼ぶ。
「静かにしていろ」
「うん」
返事だけは素直だった。
「それで」
宗茂が話を戻した。
「何の用だ」
隈部の顔から笑みが消えた。
後ろの村を見る。
「ここには、まだ村の者がいる」
「分かっている」
「俺たちが入っちまったのは悪かった。追われて逃げ込んだ奴らがいてな」
宗茂は黙って聞いている。
「兵は出す」
隈部が言った。
「だから、村には手を出すな」
「村を戦場にするつもりはない」
返事は早かった。
隈部が宗茂を見る。
「……そうか」
「兵が村を出るなら、その間はこちらも動かん」
「助かる」
「ただし」
宗茂の声が低くなる。
「村を出れば敵だ」
「ああ」
隈部も笑わなかった。
「分かってる」
二人の間に、しばらく沈黙が落ちた。
誾千代は、隈部を見ていた。
一揆を起こした男。
佐々成政に逆らい、これほど多くの者がその後に続いた男。
もっと傲慢で、怖い人だと思っていた。
けれど。
会って最初に口にしたのは、自分のことでも、戦のことでもない。
村のことだった。
「あの」
誾千代が口を開いた。
「誾千代」
「一個だけ」
宗茂が小さく息を吐く。
誾千代は隈部を見る。
「なんで、みんなあなたのところに集まってくるの?」
隈部が瞬きをした。
「……俺に聞くのか?」
「だって、あなたのところに集まってるんでしょ?」
「そうだけどよ」
隈部は頭を掻いた。
「俺が来いって言ったわけじゃねえからな」
「呼んでないの?」
「ああ。来るなって言っても来る奴までいる」
「なんで?」
「だから、それを俺に聞くなって」
「分かんないの?」
「分からん」
即答だった。
誾千代が首を傾げる。
隈部の家臣が、堪えきれず口を挟んだ。
「殿」
「なんだ」
「少しはお分かりになってください」
「何をだよ」
「なぜ皆が、殿のところへ集まってくるのかです」
隈部が眉を寄せた。
「だから、それが分からねえって言ってるだろ」
「分からぬのは殿だけです」
「お前なあ」
家臣は小さく息を吐いた。
「皆、殿についてきたのですよ」
隈部の顔から、わずかに笑みが消えた。
「この土地で生まれ、田を耕し、村で暮らしてきた者たちです。殿がずっと、そのそばにいたことも知っております」
「……」
「その殿が、この土地を守ると言って退かぬ。ならば自分たちも、と。そういう者が集まっているのでしょう」
誾千代は黙って聞いていた。
隈部は頭を掻いた。
「まったく……馬鹿ばっかりだな」
口ではそう言いながら、どこか困ったような顔をしていた。
その時、村の方から声が上がった。
「殿!」
隈部が振り返る。
「もう出られるか」
「はい!」
「分かった」
隈部は宗茂へ向き直る。
「待たせたな」
「構わん」
「兵は村から出す」
「ああ」
隈部は一度、後ろを振り返った。
村の中では、一揆勢が動き始めている。
槍を持った男たちが、次々と村の外へ向かっていた。
「じゃあ、ここからは敵同士だ」
宗茂の目が細くなる。
「そうなるな」
「話が早くて助かる」
隈部が笑った。
そのまま背を向けようとする。
「待って」
誾千代が呼び止めた。
隈部が振り返る。
「なんだ?」
「戦わないと駄目なの?」
一瞬、誰も口を開かなかった。
「誾千代」
宗茂が低く呼ぶ。
「だって」
誾千代は隈部を見る。
「あなたも村を守りたいんでしょ?」
「まあな」
「旦那様だって、村を戦場にしたくないって言ってる」
「ああ」
「だったら、なんで戦うの?」
隈部は少し黙った。
「佐々殿のやり方じゃ、この先どうなるか分からねえからだ」
「どうなるって?」
「土地を測り直して、年貢を決める。それだけの話じゃねえんだ」
「どういうこと?」
「田ってのは、毎年同じだけ米が穫れるわけじゃねえ」
隈部は後ろの村を見た。
「雨が降らねえ年もある。降りすぎる年もある。虫にやられる年だってある」
「うん」
「今までは、そんな年には話を聞いてきた。どこの田が駄目だった、どこの村が苦しいってな」
「佐々殿は?」
「来たばっかりだぞ」
隈部は苦く笑った。
「この土地のことをまだ知らねえ。その人間に、今までのやり方を全部変えられたらどうなる?」
誾千代は答えられなかった。
「土地のことも、年貢のこともそうだ。悪い年に、今までみてえに村の話を聞いてもらえるかも分からねえ」
「だから戦ってるの?」
「だから、まず話をした」
隈部の声から笑みが消えた。
「それでも折り合わなかった」
「……」
「だから、俺は退かなかった」
誾千代は何も言えなかった。
「じゃあな、奥方様」
「……誾千代でいいよ」
「そうか」
隈部が笑う。
「じゃあな、誾千代」
隈部は背を向けた。
家臣たちを連れ、村の外へ戻っていく。
誾千代は、その背中をじっと見ていた。
話してみれば、分かることもあった。
村を守りたいという気持ちだって、同じだった。
なのに。
これから、あの人と戦う。
「誾千代」
宗茂に呼ばれ、誾千代は顔を上げた。
「行くぞ」
「……うん」
さっきまで話していた男の背中を、もう一度だけ見た。
隈部親永。
誾千代には、どうしても悪い人には見えなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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