一揆の殿様
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
「また落ちた!?」
隈部親永の声が響いた。
「はい! 先ほど知らせが!」
「どこだ!」
「北東の砦にございます!」
「そこ、朝はまだ無事だっただろ!」
「朝は!」
「立花、働きすぎだろ!」
親永は頭を掻いた。
朝から、これで何度目の報せか分からない。
城が落ちた。
砦が抜かれた。
道を押さえられた。
昨日から、立花勢の動きがやたらと速い。
「殿!」
「今度はなんだ!」
「村から三十!」
「何が三十だ!」
「兵です! 一揆に加わりたいと!」
親永が止まった。
「……は?」
「鍬や鋤を手に、こちらへ向かっております!」
「待て待て」
親永は立ち上がった。
「誰が呼んだ」
「誰も」
「じゃあ、なんで来るんだ」
「殿が戦っておられると聞いたそうで」
「…………」
親永はしばらく黙った。
「……鍬や鋤って、お前」
「はい?」
「それ、大事なもんだろ。戦で折れたらどうすんだ」
「そこですか?」
「そこだろ。田ぁ耕せなくなるじゃねえか」
そこへ、また別の男が駆け込んでくる。
「申し上げます!」
「まだあるのか!」
「隣の村からも二十余名!」
「おい」
「さらに、その向こうの村からも――」
「おい!」
親永が声を上げた。
「お前ら、田はどうした!」
答えられる者はいない。
親永は大きく息を吐いた。
「……馬鹿どもが」
吐き捨てるような言葉だった。
だが、その顔は怒っていなかった。
「殿」
「分かってる」
親永は立ち上がる。
「来ちまったもんは仕方ねえ」
そして、すぐに顔を上げた。
「怪我してる奴は前に出すな。戦に出たことのない奴も後ろだ」
「はっ!」
「それから飯!」
「飯?」
「朝から歩いてきたんだろ。腹減ってるに決まってる」
「しかし、兵糧にも限りがございます」
「分かってる。たらふく食わせろとは言わん」
親永は笑った。
「でも、腹減らしたまま戦わせるわけにもいかんだろ」
その時。
「殿!」
また声が飛んできた。
親永が振り返る。
「今度はなんだ!」
「立花勢、こちらへ向かっております!」
笑っていた顔から、すっと笑みが消えた。
「……どの道だ」
◇
山道を、立花勢が進んでいた。
先頭から戻ってきた兵が、宗茂の前で膝をつく。
「この先に一揆勢! 街道を塞いでおります!」
「数は」
「百ほど!」
「昨日より多いですねえ」
薦野が絵図を見ながら眉を寄せた。
「増えたの?」
誾千代が尋ねる。
「おそらく」
「昨日あれだけ戦ったのに?」
「昨日あれだけ戦ったから、でしょうな」
誾千代が薦野を見る。
「どういうこと?」
「立花勢が来たと知れ渡ったということです」
「あ」
「こちらが動けば、向こうも動きます」
敵が城を落とされたと聞けば、兵を集める。
道を押さえられたと聞けば、別の道を守る。
立花だけが戦をしているわけではない。
相手も考え、動いている。
「殿」
小野が前方を見た。
「どうされます」
「正面から行く」
宗茂は即答した。
「え?」
薦野が顔を上げる。
「回らないのですか?」
「回れば、また待たれる」
昨日の戦で、一揆勢も立花の動きを見ている。
左右へ回れば、その先で待ち構えられる。
「今日は正面を割る」
「承知」
宗茂が馬を進めた。
「弓を前へ!」
兵が動き始める。
誾千代も槍を握った。
その時だった。
前方の一揆勢が見えた。
槍。
弓。
具足を着けた者もいれば、簡素な胴丸だけの者もいる。
中には、昨日会った男と同じような格好の者もいた。
誾千代の目が、わずかに止まる。
「姫様」
横から十時が声を掛けた。
「うん」
「来ますよ」
「分かってる」
誾千代は槍を構えた。
相手の事情を知った。
だからといって、槍を置くわけにはいかない。
「進め!」
宗茂の声が飛んだ。
両軍がぶつかった。
◇
「立花勢、正面から来ます!」
「正面?」
親永が眉を上げた。
「昨日と違うな」
「いかがいたします!」
「どうもこうもねえ。止めろ」
親永は立ち上がった。
「弓はまだ撃つな! 立花が近づくまで待て!」
「はっ!」
「槍は道を塞げ! 横へ広がるな!」
兵が走る。
「殿!」
「なんだ!」
「村から来た者たちは!」
「後ろ!」
即答だった。
「しかし、戦うために来たと――」
「昨日まで鍬持ってた奴を、いきなり立花の前に出せるか!」
親永が怒鳴る。
「死ぬぞ!」
家臣が黙った。
「後ろで矢を運ばせろ。怪我人も運べる。やることはいくらでもある」
「……はっ!」
「それとな」
親永が付け加える。
「逃げたくなったら逃げろって言っとけ」
「殿?」
「俺について来たからって、死ぬまで付き合う必要はねえ」
そう言って、親永は前を向いた。
「死んだら田に戻れんだろ」
◇
「押せ!」
宗茂の声が響いた。
立花兵が一歩前へ出る。
一揆勢も退かない。
槍と槍がぶつかった。
「っ!」
誾千代が突き出された槍を払う。
柄が跳ね上がる。
空いた懐へ踏み込んだ。
「そこ!」
石突きが腹へ入る。
一人が倒れた。
その横から、もう一本。
誾千代の頬すれすれを、穂先が走った。
「姫様、左!」
「見えてる!」
十時の槍がその男の武器を弾く。
誾千代が二人、三人と倒しても、一揆勢は崩れなかった。
「退くな!」
「ここを通すな!」
「隈部様のところへ行かせるな!」
その声が、誾千代の耳に入った。
槍を握る手が一瞬だけ止まる。
隈部様。
昨日も聞いた名前。
まただ。
「誾千代!」
宗茂の声が飛んだ。
「前を見ろ!」
「――うん!」
誾千代が槍を上げた。
今は戦場だ。
「十時!」
「はいよ!」
二人が同時に前へ出た。
一揆勢の前列が崩れる。
そこへ立花兵が殺到した。
「押せ!」
宗茂が逃さない。
一気に前へ出る。
「下がれ!」
一揆勢の中から声が上がった。
「次の場所まで退け!」
崩れたのではない。
退き始めた。
宗茂が手を上げる。
「追うな!」
立花勢が止まった。
十時が息を吐く。
「追わないんですか?」
「誘われている」
宗茂が山道の先を見る。
道はそこで細くなっていた。
両側には木々が迫っている。
「この先に何かある」
「罠?」
誾千代が聞く。
「かもしれん」
「じゃあ、どうするの?」
「別の道を探す」
宗茂は平然としていた。
◇
「追ってきません!」
「だろうな」
報告を聞いて、親永が頭を掻いた。
「引っかからねえか」
「立花宗茂……」
家臣が苦い顔をする。
「厄介ですな」
「強いんだろ?」
「……他人事のように言わないでください」
「会ったことねえからな」
親永は笑った。
だが、すぐに絵図へ目を落とした。
「こっちへ回るか」
山道を指でなぞる。
「なら、この村が近いな」
「はい」
「村の近くにいる兵を、山道の方へ移せ」
「しかし、あそこを空ければ――」
「村に火が入ったらどうする」
「……」
「戦う場所は他にもある。家まで戦場にする必要はねえ」
「承知しました」
「それから、爺さん連中にも言っとけ」
「何をです?」
「見に来るなって」
親永は即答した。
「あいつら、絶対来る」
「では、止める者を――」
「二人つけろ」
親永が頭を掻きむしった。
「なんで戦しながら爺さんの見張りまで考えなきゃならねえんだ!」
家臣が堪えきれず笑った。
「笑うな!」
「申し訳ございません」
「全然そう思ってねえだろ!」
その時。
「殿!」
また使いが飛び込んできた。
「今度はどこだ!」
「立花勢、進路を変えました!」
親永の顔から笑いが消えた。
「どっちだ」
聞いた瞬間。
親永は絵図へ手をついた。
「……そっちか」
◇
立花勢は山道を外れていた。
「ほんとに道あるの?」
「あるそうです」
薦野が答えた。
「“そうです”?」
「地元の者に聞きました」
「その人、信用できるの?」
「少なくとも、我々よりこの辺りの道には詳しいでしょう」
「それもそうか」
誾千代は木の根を跨いだ。
しばらく進むと、木々の間から光が差し込んできた。
やがて視界が開く。
その先に、小さな村が見えた。
田が広がっている。
水が張られた田。
青々と伸びた稲。
昨日とよく似た景色だった。
誾千代は、昨日出会った男を思い出した。
あの男にも、こうして耕してきた田があった。
「殿!」
先行していた兵が戻ってくる。
「村の手前に一揆勢!」
宗茂が前を見る。
「数は」
「五十ほど!」
「少ないな」
小野が呟く。
「こちらへ回るとは思っていなかったのでしょうな」
薦野が周囲を見渡した。
「近くにいた兵だけで、急ぎ道を塞いだように見えます」
宗茂は少し考えた。
「村には入るな」
「え?」
誾千代が見る。
「戦うなら手前で終わらせる」
宗茂は馬を進めた。
「田を荒らすな。火も使うな」
誾千代は、宗茂の横顔をじっと見た。
「なんだ」
宗茂が誾千代を見た。
「旦那様、素敵だなぁと思って」
「そうか」
宗茂は一言返し、迫り来る敵へ視線を戻した。
◇
その戦は、長く続かなかった。
数で勝る立花勢が正面を押す。
一揆勢は粘った。
それでも、少しずつ下がる。
「退け!」
声が上がった。
一揆勢が村とは違う方向へ退いていく。
宗茂は追わせなかった。
やがて戦場に静けさが戻る。
誾千代は槍を下ろした。
遠くに田が見える。
荒れていない。
村から煙も上がっていない。
「守ったんだ」
「何をです?」
十時が尋ねる。
「あの人たち」
誾千代は、一揆勢が消えた方向を見る。
「村から離れる方に逃げた」
十時もそちらを見る。
「……そうですね」
「偶然かな」
「どうでしょうねえ」
答えたのは宗茂だった。
「偶然ではないだろう」
誾千代が振り返る。
「分かるの?」
「あの兵は、最初から村の手前で止まった。退く時も村へ入っていない」
「じゃあ……」
「そう命じた者がいる」
誾千代は、一揆勢が消えていった先を見た。
「誰だろ」
「分からん」
宗茂は短く答えた。
「ただ、あの者たちは最初から村を戦場にするつもりはなかったのだろう」
宗茂はそれだけ言って、馬を進めた。
「行くぞ」
「うん」
誾千代も歩き出す。
けれど、一度だけ山の向こうを振り返った。
「……隈部親永も、こういうこと考える人なのかな」
「さあな。会ったことがない」
「どんな人なんだろ」
その呟きを、十時が拾った。
「そのうち、会うかもしれませんねえ」
「敵なのに?」
「敵だからですよ」
誾千代は少し考えた。
「そっか」
そして、前を向いた。
◇
「村は?」
親永が聞いた。
「無事です!」
「田は」
「荒らされておりません!」
「そうか」
親永が大きく息を吐いた。
「よかった」
「ですが、こちらは退かされました」
「そっちは仕方ねえ」
あっさりした返事だった。
「城も砦も、次々落とされておりますぞ」
「知ってる」
「道も押さえられ始めております」
「それも知ってる」
「立花勢、思うようには動いてくれませぬな」
「ああ」
親永は頭を掻いた。
「なかなか引っかかってくれねえ」
そこへ、一人の若い男が駆け込んできた。
「隈部様!」
「なんだ?」
「俺たちも戦わせてください!」
親永が男を見る。
後ろには何人もの村人がいた。
槍。
鎌。
棒。
持っているものはばらばらだ。
「どこの村だ」
男が答える。
親永は、その名を聞いて眉を寄せた。
「遠いだろ」
「歩いてきました!」
「帰れ」
「嫌です!」
「即答すんな!」
親永が怒鳴る。
「お前らなあ!」
だが、村人たちは動かなかった。
「隈部様が戦ってるのに、俺たちだけ田にいるわけにはいかん!」
「田にいろ!」
親永も即答した。
「誰が米作るんだ!」
「残ってる奴らが作ります!」
「そいつらだけに押しつけるな!」
周囲から、堪えきれない笑い声が漏れた。
親永が睨む。
「笑うところじゃねえ!」
それでも。
村人たちは帰ろうとしない。
親永はしばらく彼らを見ていた。
やがて、深く息を吐く。
「……馬鹿どもが」
今日、何度目か分からない言葉だった。
「分かった」
村人たちの顔が明るくなる。
「ただし、勝手に死ぬな」
親永の声が少し低くなった。
「俺が退けと言ったら退け。逃げろと言ったら逃げろ」
「はい!」
「返事だけはいいな」
親永は笑った。
「まず飯食え」
「はい!」
「槍より先に椀持ってこい!」
笑いが起こる。
親永も笑った。
その時、遠くから馬の蹄の音が近づいてきた。
「殿! 申し上げます!」
新たな戦況を知らせる使いだった。
親永はそちらを見る。
城が落ちる。
道を押さえられる。
それでも人は集まってくる。
一つの報せを聞き終える前に、次の報せが届く。
「……今度はどこだ」
親永は、また立ち上がった。
肥後の一揆は、まだ終わる気配を見せていなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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