敵と一緒に昼ごはん
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
「姫様ぁ!」
十時の心底困ったような声が山に響いた。
「だって、くれるって」
「そういう問題じゃありません!」
誾千代は差し出された握り飯を受け取った。
「ありがとう」
「……おう」
渡した男の方も、なぜ敵に握り飯を渡しているのか分からなくなっているらしい。
立花兵と一揆兵は、互いに武器を手の届くところへ置いたまま、何とも言えない顔で向かい合っていた。
誾千代だけが気にせず、握り飯を頬張る。
「おいしい!」
「だろ?」
男が少し得意そうな顔をした。
「これ、この辺のお米?」
「ああ」
男は木々の向こうを指した。
山の間に、わずかに開けた土地が見える。
そこに小さな田がいくつも並んでいた。
「あそこで作ってる」
「へえ」
誾千代はもう一口かじった。
炊いてから時間は経っている。
それでも米には甘みがあった。
「俺んとこの田で取れた米だ」
「自分で作ったの?」
「俺だけじゃねえよ。親父も爺さんも、嫁も一緒だ。田植えも刈り入れも、家の者総出だ」
誾千代は田を見た。
山に囲まれた、決して広くはない土地だった。
「ずっと?」
「ああ。代々うちの田だ」
「じゃあ、あそこが家?」
「家はもうちょい向こうだ」
男は握り飯を食べながら答えた。
つい先ほどまで槍を向け合っていた相手とは思えない。
十時が深いため息をついた。
「姫様。何しに来たか覚えてます?」
「偵察」
「覚えてるなら結構です」
誾千代は握り飯を食べながら、男を見た。
「ねえ」
「なんだ」
「なんで一揆に参加したの?」
男の手が止まった。
周りにいた一揆兵たちも、誾千代を見る。
「なんでって……」
男は少し考えた。
「隈部様が兵を挙げたからだ」
「それだけ?」
「それだけって、お前な」
男は呆れた顔をした。
「俺らは昔から、隈部様の土地で暮らしてる」
「でも、今の肥後の国主は佐々殿でしょう?」
「ああ、そうらしいな」
「そうらしい?」
「会ったことねえからな」
誾千代は目を瞬いた。
「佐々殿に?」
「俺みたいな百姓が、国主様に会うわけねえだろ」
「じゃあ、隈部さんには会ったことあるの?」
「あるさ」
男は当然のように答えた。
「どんな人?」
「どんなって……」
男は困ったように頭を掻いた。
「よく笑う人だな」
そう言って、男は口元を緩めた。
「声はでかいし、勝手に村まで来るし、人んちで飯まで食ってく」
「迷惑じゃん」
「ははっ。そうかもな」
男は楽しそうに笑った。
「でも、田に水が来ねえって言えば見に来るし、村同士で揉めりゃ話も聞く。誰それんとこの爺さんが倒れたなんて話まで知ってる」
「そんなことまで?」
「ああ」
男は木々の向こうに見える田へ目を向けた。
「昔から、そういう殿様だ」
誾千代も同じ方を見る。
「じゃあ、佐々殿より隈部さんの方が好きなの?」
「好きっていうか……」
男は少し考えた。
「俺が知ってる殿様は、隈部様だ」
誾千代の手が止まった。
「親父の頃も、その前もそうだった。何かありゃ隈部様のところへ話が行く。田のことも、水のこともな」
「水も?」
「田に水が来なきゃ米はできんだろ」
「それはそうだけど」
「どこの村が先に田へ水を入れるとか、堰が壊れたとか。村同士で揉めることだってある」
男は肩をすくめた。
「そういうのを、ずっとやってきた人だ」
誾千代は黙って聞いていた。
佐々成政は、肥後の国主だ。
それは間違いない。
秀吉から肥後を任され、この国を一つにまとめようとしている。
けれど、目の前の男にとって佐々成政は遠い。
名前は知っている。
新しい国主だということも知っている。
それだけだった。
「検地が嫌なの?」
「俺に聞かれてもなあ」
「分かんないの?」
「難しいことは分からん」
男はあっさり言った。
「土地を測り直すって話が来て、隈部様が佐々殿と話をした。それでも折り合わなかったって聞いてる」
「それで槍持ったの?」
「ああ」
「負けるかもしれないのに?」
男が苦笑する。
「そりゃ怖いさ」
その答えは、あまりに普通だった。
「じゃあ、なんで?」
「だから言ったろ」
男は誾千代を見る。
「俺が知ってる殿様は、隈部様だ」
そして、少しだけ笑った。
「隈部様が退かねえってんなら、俺たちだけ知らん顔もできん」
誾千代は何も言わなかった。
国主が誰なのか。
誰から土地を認められたのか。
そんな大きな話とは別に、この男には、この男がずっと暮らしてきた場所がある。
父親がいて。
祖父がいて。
田があって。
そこで米を作ってきた。
そして、その土地には昔から隈部親永がいた。
「……そっか」
誾千代は残っていた握り飯を口へ入れた。
「ごちそうさまでした」
「おう」
男も自分の握り飯を食べ終える。
そして。
「……」
「……」
双方が顔を見合わせた。
十時が槍を持ち直した。
「さて」
「あ」
誾千代も思い出した。
一揆兵たちも、そばに置いていた槍へ目をやる。
さっきまで一緒に昼飯を食べていたが、敵同士であることに変わりはない。
男が槍を取った。
「食ったな?」
「うん」
「じゃあ、やるか」
「うん」
「そこは元気よく返事しないでくださいよ」
十時も槍を構えた。
その時だった。
遠くから鬨の声が響いた。
一揆兵たちが振り返る。
「始まった!」
正面からだった。
続いて、別の方向からも声が上がる。
男の顔が変わった。
「……左?」
十時が耳を澄ませる。
やがて、にやりとした。
「薦野殿でしょうな」
「え?」
「姫様が飯食ってる間も、殿は仕事してたってことです」
「私も仕事してたよ」
「どの辺がです?」
「話聞いてた」
十時は苦笑した。
砦の方から、さらに大きな声が上がる。
一揆兵の一人が木々の間から様子を窺った。
「正面から来てる!」
「左にも立花だ!」
男が舌打ちした。
自分たちがいるのは砦の裏手だ。
戻れば立花勢とぶつかる。
このまま山へ逃げることもできるが、負傷者もいる。
男は槍を握った。
誾千代も槍を構える。
しばらく二人は向かい合った。
やがて、年嵩の一揆兵が口を開いた。
「やめとけ」
「でも」
「ここで死んでどうする」
男が振り返る。
「砦は?」
「もう持たん」
正面から鬨の声が上がった。
先ほどより近い。
「武器を置け」
男は動かなかった。
その視線が、木々の向こうへ向く。
先ほど誾千代に見せた田がある方角だった。
しばらくして。
「……分かったよ」
槍が地面へ落ちた。
他の兵たちも、それに続く。
十時が息を吐いた。
「賢明です」
誾千代も槍を下ろした。
「田んぼ、戻れるといいね」
男が誾千代を見る。
「敵に言うことか?」
「だって、お米おいしかったし」
男は一瞬ぽかんとした。
それから、声を上げて笑った。
「変な女だな、お前」
「奥方様ですよ」
十時が訂正する。
「は?」
「立花宗茂様の奥方」
男の顔から笑いが消えた。
誾千代を見る。
「……お前が?」
「うん」
「先に言え!」
「聞かれなかったもん」
「姫様も名乗ってくださいよ……」
ほどなくして、砦にも立花の旗が上がった。
◇
「遅かったな」
戻ってきた誾千代へ、宗茂が言った。
「敵がいた」
「戦ったのか」
「一緒にご飯食べた」
宗茂が黙った。
薦野も黙った。
小野まで黙った。
十時が疲れた顔で頷く。
「本当です」
「……そうか」
宗茂はそれ以上聞かなかった。
「それでね、旦那様」
誾千代は、先ほど聞いた話を宗茂に伝えた。
山の向こうに田があること。
父も祖父も、同じ田を耕してきたこと。
隈部親永はよく村へ顔を出し、田や水の揉め事まで見てきたこと。
「俺が知ってる殿様は、隈部様だって」
宗茂は黙って聞いていた。
「佐々殿が嘘を言ってたわけじゃないと思う」
「ああ」
「でも、あの人も嘘を言ってなかったと思う」
「ああ」
誾千代は少し考えた。
「同じ話なのに、全然違うね」
宗茂が誾千代を見る。
「見る場所が違えば、そうなる」
「そっか」
誾千代は、もう一度山の方を振り返った。
「隈部さんって、どんな人なんだろう」
宗茂は答えなかった。
「行くぞ」
「もう?」
「まだ終わっていない」
宗茂は馬へ向かった。
誾千代も慌てて追いかける。
戦は、本当にまだ終わっていなかった。
◇
午後になっても、立花勢は山中を進み続けた。
城を落としても、その先にはまた一揆勢がいる。
しかも、次第に戦いづらくなっていった。
立花勢が正面を押さえ、左右へ兵を回す。
その戦い方が、すでに先へ伝わっている。
「右に敵!」
回り込んだ兵が押し返された。
宗茂はすぐに兵を戻した。
「追わせろ」
「はっ!」
今度はわざと退く。
一揆勢が山を下りてきたところへ、別の隊を当てる。
同じ手は使わない。
使えば、向こうも覚える。
敵が立花勢を見ているように、宗茂もまた敵を見ていた。
戦うたびに指示を変える。
小野が正面を支え。
薦野が兵を回し。
十時が敵の隙へ飛び込む。
そして、誾千代も槍を振るった。
「そこ!」
突き出された槍を横へ払い、そのまま懐へ飛び込む。
石突きで腹を打たれた男が崩れた。
横からもう一人。
誾千代は身体をひねって穂先をかわすと、振り向きざまに槍を払った。
「うわっ!」
男が斜面を転がっていく。
「姫様、容赦ないですねえ!」
十時も迫ってきた槍を弾き、そのまま男を押し返した。
「敵だもん」
「さっきまで敵と飯食ってた人が言います?」
「それはそれ!」
「切り替え早いなあ!」
立花兵たちが、その後へ続いた。
だが、誾千代が一人、二人と蹴散らしても、戦場全体が動くわけではない。
「前、止まりました!」
別の場所では、立花兵が足を止められていた。
斜面から矢が飛び、回り込もうとした兵の前には新たな一揆勢が現れる。
「無理に押すな! いったん戻せ!」
宗茂の声が飛ぶ。
怪我人を下げ、崩れた隊列を組み直す。
矢が減れば、落ちたものを拾い集める。
一つ落とせば、また次。
朝から続く戦に、立花勢にも少しずつ疲れが溜まっていた。
日が傾き始めた頃。
次の城が見えた。
それまでとは明らかに違った。
高い土塁。
二重の柵。
左右の斜面にも兵がいる。
立花勢が来ることを知り、待ち構えていたのだ。
「ずいぶんいるね」
誾千代が城を見上げる。
「あちらさんも、本気で止めに来たようですな」
十時の顔からも笑みが消えた。
宗茂はしばらく城を見上げていた。
「小野。正面から近づけ。無理に攻めるな」
「はっ」
小野隊が前へ出た。
斜面を登り始めると、すぐに矢が飛んでくる。
正面だけではない。左右の斜面からも射かけてきた。
「退け!」
宗茂はすぐに兵を戻した。
敵は正面だけを守っているわけではない。
左右にも十分な兵を置いている。
宗茂は城を見上げたまま、次の手を考えた。
宗茂は今度は、右へ少数の兵を動かした。
すると、すぐに城内が反応した。
「右から敵!」
斜面に一揆勢が現れる。
まだ立花兵が近づいてもいない。
「戻せ」
宗茂が命じた。
誾千代は城を見上げた。
「旦那様のやること、分かってるみたい」
「ああ」
宗茂は否定しなかった。
敵も馬鹿ではない。
こちらが何度も城を落として進めば、戦い方も伝わる。
宗茂は城を見たまま考えていた。
その時。
「申し上げます!」
使者が駆け込んできた。
「北方にて、黒田勢が一揆勢と交戦しております!」
誾千代が顔を上げる。
「くろちゃんも?」
「戦況は」
宗茂は使者を見る。
「いまだ戦闘が続いております!」
さらに別の使者が来た。
「鍋島勢の向かった一帯でも、国衆が兵を集めております!」
そして、もう一騎。
「小早川勢より知らせ! 西でも新たに一揆方へ加わる者が出たとのこと!」
薦野が眉を寄せた。
「……あちこちで始まりましたねえ」
宗茂はしばらく黙っていた。
目の前の城。
その向こう。
さらに遠くでも戦が続いている。
「殿」
小野が宗茂を見る。
日はもう傾いている。
兵も疲れていた。
宗茂は城を見上げた。
「次で落とす」
「私が正面を押す。旗も前へ出す」
「殿、それは――」
「向こうは、我らがまた左右へ回ると思っている」
小野が城を見た。
「ならば?」
「回らん」
宗茂は答えた。
「敵を出す」
「出す?」
「退くと思わせる」
宗茂は城へ目を戻した。
「正面を押した後、一度退く。追ってきた兵を小野が叩け」
「はっ」
「薦野は退路を押さえろ」
「承知しました」
「十時」
「はっ」
「敵が出たら、誾千代と柵へ走れ」
誾千代の顔が明るくなった。
「分かった!」
「まだ行くな」
「分かってる」
宗茂が馬を進めた。
立花の旗が続く。
正面へ。
敵から見える場所へ。
「立花だ!」
城から声が上がった。
「宗茂が正面にいるぞ!」
城内が慌ただしくなる。
弓兵が正面へ集まり始めた。
「進め!」
宗茂の声が響いた。
立花勢が正面の斜面を登る。
すぐに矢が降った。
「左右を見ろ! 必ず回ってくるぞ!」
一揆勢の声が飛び交う。
だが、いつまで待っても左右から立花兵は現れない。
正面にいるのは宗茂だった。
その後ろには、立花の旗がある。
「殿がいるぞ!」
「正面を止めろ!」
城内の兵が動いた。
宗茂はそれを見ていた。
「まだだ」
立花勢はさらに斜面を登る。
矢が盾に突き刺さり、槍が柵の向こうから突き出される。
あと少し。
宗茂が手を上げた。
「退け!」
立花勢が一斉に下がり始めた。
「退いたぞ!」
「追え!」
柵の切れ目から、一揆勢が飛び出してくる。
だが、すべてではない。
「深追いするな!」
城内から声が飛ぶ。
宗茂は馬上から、その動きを見ていた。
まだ足りない。
立花勢をさらに下げる。
「押せ! 立花を追い返せ!」
勢いづいた一揆兵が、さらに斜面を下りてくる。
城との間が開いた。
宗茂の手が下がる。
「小野!」
「はっ!」
潜んでいた小野隊が飛び出した。
追ってきた一揆勢の横腹へ突っ込む。
「なっ――!」
「立花だ!」
「戻れ!」
一揆勢が城へ向き直った。
その時だった。
立花の旗が大きく振られた。
「今です!」
十時が駆け出した。
「行くよ!」
誾千代も続く。
二人が目指すのは、一揆勢ではない。
兵が飛び出した後の柵だった。
「姫様、戻ってきますよ!」
「じゃあ、その前に入る!」
「そうしましょう!」
柵の前に残っていた兵が槍を構えた。
「通すな!」
誾千代は止まらなかった。
突き出された穂先を横へ払い、そのまま懐へ飛び込む。
槍の石突きが男の腹を打った。
「ぐっ!」
崩れた男の横を抜ける。
もう一人。
振り下ろされた槍を柄で受け、力任せに押し返した。
「うわっ!」
「姫様、楽しそうですねえ!」
「十時もでしょ!」
「そりゃあ、まあ!」
十時も槍を弾き、前へ出る。
二人の後ろから立花兵が続いた。
「柵を崩せ!」
十時が叫ぶ。
立花兵が柵へ取りつく。
外へ出た一揆勢が戻ってくる。
「急いで!」
「分かってますよ!」
木が軋んだ。
そして――
柵が大きく倒れた。
「開いたぞ!」
その声を聞いた宗茂が、槍を上げる。
「反転! 押せ!」
退いていた立花勢が一斉に向きを変えた。
追ってきた一揆勢が挟まれる。
「戻れ!」
「城へ戻れ!」
だが、その前には小野隊がいる。
城へ戻ろうとする兵と、押し返す立花兵が斜面でぶつかった。
その間にも、誾千代たちが開いた柵から立花兵が次々と城内へ入っていく。
「入れ!」
宗茂の声が響いた。
正面の立花勢も一気に押し上がる。
城の内と外。
守りは、ついに分断された。
それでも一揆勢は退かなかった。
崩れた柵の内側で槍を並べ、入ってきた立花兵を押し返す。
立花勢もまた押し込む。
日が山の向こうへ沈みかけた頃。
ようやく、城に立花の旗が上がった。
◇
戦が終わる頃には、空が赤く染まっていた。
兵たちがその場へ座り込む。
誾千代も槍を地面へ立て、息を吐いた。
「疲れた……」
「やっと言いましたね」
十時も隣へ腰を下ろした。
「十時も疲れてるじゃん」
「そりゃ疲れますよ」
そこへ薦野がやってきた。
手には、戦況を書き込んだ絵図がある。
「殿」
宗茂が振り向く。
「今日の報告がまとまりました」
薦野は絵図を広げた。
その日。
立花勢は十三度、一揆勢と戦った。
落とした城と砦は七つに及んだ。
だが。
絵図には、まだ多くの印が残っていた。
「新たに一揆へ加わった者もおります」
誾千代は絵図を見た。
「……まだ増えるの?」
「ええ」
朝からずっと戦っていた。
何度も山を登り、何度も敵と槍を合わせた。
それなのに、肥後のあちらこちらで戦が続いている。
誾千代は、昼間に出会った男の言葉を思い出した。
――俺が知ってる殿様は、隈部様だ。
あの男のような者が、この山の向こうにもいる。
その向こうにも。
田がある。
村がある。
そこで暮らしてきた者たちが、槍を取っている。
誾千代は絵図から顔を上げた。
山々の向こうへ、夕日が沈んでいく。
これだけ戦っても、まだ終わらない。
肥後を覆った一揆の火は、まだ消える気配を見せていなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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