この人、なんか嫌
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
翌朝。
昨日まで一つの城を囲んでいた軍勢が、朝から慌ただしく動き始めていた。
旗が移され、荷駄がまとめられる。
馬が引き出され、兵たちがそれぞれの隊へ戻っていく。
誾千代は馬上から、その様子を眺めていた。
「みんな一緒に行かないの?」
「ああ」
隣にいた宗茂が答える。
「一揆は各地に広がっている。ここからは兵を分ける」
「くろちゃんたちも?」
「……誰だ」
「黒田官兵衛殿、くろちゃん」
宗茂が誾千代を見る。
「いつからそう呼んでいる」
「昨日から」
宗茂は何か言いたげな顔をしたが、やめた。
島津四兄弟を揃って「ちゃん」付けで呼んでいるのだ。
今さら、官兵衛が一人増えたところで驚くほどのことでもない。
「……官兵衛殿たちも別だ」
「そっか」
少し残念だった。
昨日まで同じ陣にいた小早川隆景も、黒田官兵衛も、鍋島直茂も、それぞれ次の持ち場へ向かう。
一つ城を落としたところで、戦が終わったわけではない。
「殿」
薦野が馬を寄せてきた。
「立花勢、支度が整いました」
「ああ」
宗茂が前を見る。
「出るぞ」
立花の旗が動き始めた。
◇
城を離れてしばらくすると、辺りは驚くほど静かだった。
道の両側には田畑が広がっている。
遠くには山が連なり、田では百姓たちが働いていた。
「静かだね」
「何がです?」
隣を進んでいた十時が聞く。
「一揆の最中だから、もっと戦の跡があるのかと思ってた」
「肥後の者が、みんな一揆を起こしてるわけじゃありませんからねえ」
「そっか」
けれど、立花勢が街道を通ると、田で働いていた者たちが手を止めた。
鍬を持ったまま、じっとこちらを見る男。
子供の手を引き、家の中へ入る女。
一見すると、穏やかな風景だった。
けれど、通り過ぎる立花勢を見る人々の目には、警戒の色があった。
その時だった。
前方から一騎の兵が駆けてきた。
「殿!」
宗茂が馬を止める。
「どうした」
「この先に、佐々勢が陣を置いております!」
誾千代が顔を上げた。
「佐々?」
「佐々成政殿だ」
宗茂が答える。
「肥後の殿様?」
「ああ」
誾千代も、その名は聞いていた。
今回の一揆で、国衆たちと対立している肥後の新しい国主だ。
「旦那様、会ったことある?」
「いや」
「じゃあ、初めて?」
「ああ」
誾千代は前方を見た。
「どんな人だろ」
宗茂は何も答えなかった。
◇
街道を進んだ先に、佐々勢の陣があった。
兵の動きは整っていた。
槍は揃えて置かれ、荷も一か所にまとめられている。
その中央に、一人の男が立っていた。
五十ほど。
背が高く、細身だった。
面長の顔に通った鼻筋。
鋭い目元。
髪も髭もきちんと整えられている。
派手さはない。
だが、何人もの家臣に囲まれていても、誰が主なのかは一目で分かった。
佐々成政だった。
「立花殿か」
宗茂が馬を降りる。
「筑後柳河、立花宗茂にございます」
「佐々成政だ。このたびの援軍、ご苦労であった」
「はっ」
「昨日の城攻めも聞いている。南から兵を回したそうだな」
「正面を引きつけていただいたおかげです」
「それでも、そこを使おうと考えたのはそなたであろう」
成政はわずかに頷いた。
「道雪殿と紹運殿の倅か」
「はい」
「なるほど」
その視線が、宗茂の隣へ移った。
「そちらは、道雪殿の娘か」
「はい。立花誾千代です」
成政は誾千代の姿を上から下まで見た。
「奥方まで戦場へ連れてきたのか」
「誾千代も立花の者です」
誾千代の顔がぱっと輝いた。
「変わった夫婦だな」
成政はそれ以上興味を示さず、宗茂へ視線を戻した。
「ちょうどよい。次の動きを決めるところだ。立花殿も来られよ」
「はっ」
宗茂が歩き出す。
誾千代もその隣についていった。
◇
陣幕の中には、肥後の絵図が広げられていた。
城、街道、川。
いくつもの場所に印が付けられている。
佐々家の家臣が、その一つを指した。
「隈部に呼応した国衆は、こちらにも。この辺りにも兵を集めております」
「この城は?」
成政が尋ねる。
「いまだ降伏には応じておりませぬ」
「もう一度使者を出せ」
「はっ」
「それでも従わぬなら攻める」
家臣が頭を下げた。
成政は別の場所へ指を移した。
「一揆を鎮めた後は、改めて検地を進める」
誾千代が顔を上げた。
「検地?」
「田畑を測ることだ」
「それは知ってる」
「ならば話は早い」
成政は絵図へ視線を戻した。
「どこに、どれだけの田畑があり、どれほどの米が取れるのか。それを明らかにする」
「それで、納める量を決めるの?」
「そうだ」
「今までは?」
「国衆ごとに違う」
成政は絵図を指先で叩いた。
「隈部には隈部のやり方がある。他の者には、また別のやり方がある。土地の扱いも、納めるものも違う」
「だから、同じにするの?」
「ああ。それぞれが己のやり方を通していては、一国として治まらぬ」
誾千代は少し考えた。
「……国主って、大変なんだね」
成政が誾千代を見る。
「旦那様も、毎日大変そうだもん」
「私が?」
「うん。柳河に来てから、ずっと忙しくて大変そう」
宗茂は否定しなかった。
「佐々殿も、新しい土地を治めるの大変なんだね」
「そう容易なことではない」
成政が答えた。
「そっか」
誾千代は、少しだけ成政を見る目を変えた。
宗茂と同じように、新しい土地を任され、その土地をまとめようとしている。
ならば、苦労するのも同じなのだろう。
「立花殿の奥方は、少しは話が分かるようだ」
宗茂がちらりと誾千代を見る。
「でも」
すぐに、また絵図へ目を落とす。
「なんで一揆になったの?」
「何?」
「佐々殿が肥後の国主になって、決まりを揃えようとしたんでしょう?」
「ああ」
「それが嫌だったの?」
成政は鼻を鳴らした。
「これまで通りでいたいのであろう」
「これまで通り?」
「己の土地を、己のやり方で治めたい。新しい国主に口を出されたくない」
成政は絵図の上にある印を一つ指した。
「先祖代々の土地だ、秀吉様から所領を認められた、とな」
「秀吉様から?」
「ああ」
成政はあっさり答えた。
「だが、それと肥後の国主に従うことは別の話だ」
誾千代は成政を見る。
「今、肥後を任されているのは私だ」
その声音に迷いはなかった。
「国衆がそれぞれ好き勝手に振る舞っていては、国など治まらぬ」
「好き勝手……」
「そうであろう」
成政は冷ややかに言った。
「新しいやり方には従いたくない。土地も減らされたくない。これまで持っていたものを失いたくない」
誾千代は黙って聞いていた。
「先祖代々などと言えば聞こえはよいが、結局は己の土地と力を守りたいだけだ」
「……そうなの?」
「そういうことだ」
成政は迷いなく言い切った。
誾千代は絵図を見た。
それなら、一揆を起こした国衆たちにも問題があるように思える。
新しい国主が来た。
これまでとは違う決まりになった。
それが気に入らないから、兵を挙げた。
そういう話なら。
「佐々殿も大変だね」
「分かればよい」
成政は満足そうに答えた。
その横で、宗茂は何も言わなかった。
「では、こちらだ」
成政が次の印を指す。
「この一帯を押さえる。立花勢には――」
軍議は、そのまま続いていった。
◇
陣幕を出ると、誾千代は宗茂の隣を歩いた。
少し後ろを、十時と薦野がついてくる。
しばらく歩いてから、誾千代が口を開いた。
「旦那様」
「なんだ」
「一揆の人たちって、本当に自分の土地を取られたくないだけなのかな」
「分からない」
「旦那様も?」
「ああ」
「佐々殿は、そうだって言ってたよ」
「佐々殿から見れば、そうなのだろう」
「……そっか」
「私は、隈部親永と話したことがない」
宗茂は前を見たまま言った。
「相手の言い分を知らぬうちから、決めつけることはできない」
誾千代は少し考えた。
「隈部さんから見たら、違うのかな」
「かもしれない」
宗茂はそれだけ答えた。
◇
午後。
立花勢は佐々勢の陣を離れ、次の持ち場へ向かった。
道の両側には田畑が続いている。
田で働く男。
家の前で子供を遊ばせる女。
荷を背負って道を歩く老人。
立花勢が通ると、人々は手を止めた。
誰も声を掛けてこない。
ただ、通り過ぎる兵たちをじっと見ている。
誾千代も、その人々を見返した。
朝までは、彼らのことなど考えていなかった。
一揆を鎮める。
城を落とす。
それが自分たちのすることだと思っていた。
けれど、この土地には人が暮らしている。
佐々成政が治めようとしている肥後。
隈部親永たちが兵を挙げた肥後。
どちらも、同じこの場所だった。
「姫様?」
「なに?」
「遅れてますよ」
「あ」
前を見ると、宗茂の馬が少し先へ行っている。
「旦那様、待って!」
誾千代は慌てて馬を進めた。
この時はまだ。
誾千代は、佐々成政の言葉を疑ってはいなかった。
ただ――。
もう一方の話も、聞いてみたいと思い始めていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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