九州の大名たち
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
柳河を出て二日目の午後。
立花勢は、肥後北部に置かれた連合軍の陣へ到着した。
丘の麓から川沿いの平地まで、色も印も違う旗が並んでいる。
槍を持つ兵、馬を引く者、俵を運ぶ者。あちこちで声が飛び交い、人も馬も絶えず行き来していた。
「すごい」
誾千代は馬上で身を乗り出した。
「あれ、全部味方?」
「ああ。肥後の一揆を鎮めるために集まった軍だ」
「全部?」
「九州の大名たちに、殿下から出兵の命が出ている」
「こんなに集まるんだ」
誾千代は改めて陣を見渡した。
その横を、薦野が馬で通り過ぎる。
「殿。立花勢の陣所を確認してまいります」
「ああ、頼む」
薦野は数人の兵を連れ、そのまま先へ向かった。
宗茂は前を向いた。
誾千代も、その隣で無数の旗を見上げる。
柳河を発った時には大軍に思えた立花勢も、ここでは数ある軍勢の一つにすぎなかった。
◇
陣所が決まると、宗茂は小野と薦野を連れて中央の陣幕へ向かった。
「私は先に行く。誾千代は少し休んでから来るといい」
「分かった」
「十時」
「はっ。お任せを」
宗茂たちを見送ると、誾千代は近くの腰掛けに座った。
「お腹空いた」
「さっき昼餉を食べたでしょう」
「馬に乗ったらお腹空いた」
誾千代は荷から竹皮の包みを取り出した。
「十時も食べる?」
「いただきます」
竹皮を開くと、中から薩摩のあくまきが現れた。
「義久ちゃんがいっぱい送ってくれたんだよ」
「そりゃありがたい」
二人で食べ始めたところへ、声がした。
「うまそうなものを食べているな」
誾千代が顔を上げる。
四十ほどの男が立っていた。
細身で、柔和な顔立ちをしている。
目元には笑みが浮かび、一見すると人当たりのよさそうな男だった。
ただ、その目の奥だけは何を考えているのか読めない。
誾千代はあくまきを持ち上げた。
「食べる?」
男が少し目を丸くした。
「よいのか?」
「いっぱいあるから」
「では、いただこう」
男は近くへ腰を下ろし、一口食べた。
「うまいな」
「でしょう?」
「薩摩のものか?」
「うん。義久ちゃんが送ってくれたの」
男の手が止まった。
「……義久ちゃん?」
「島津の」
「島津義久殿か?」
「うん」
男は誾千代を見た。
「つい先頃まで戦っていた相手ではないのか」
「戦は終わったから」
「それで、これを?」
「送ってくれた」
男は少し笑った。
「誾千代ちゃん。なかなか面白い付き合いをしているな」
誾千代が目を瞬く。
「……私のこと知ってるの?」
「知っているとも」
「会ったことあった?」
「いや、今日が初めてだ」
「じゃあ、なんで?」
男は面白そうに笑った。
「立花道雪殿の娘で、宗茂殿の奥方。しかも戦場へまでついてくるとなれば、嫌でも耳に入る」
「そんなに有名なの、私」
「少なくとも、九州ではな」
「へえ」
誾千代は少し嬉しそうに頷いた。
「それで、誾千代ちゃん」
「誾千代ちゃん?」
「嫌か?」
「ううん」
「ならよい。私のことは、くろちゃんとでも呼べ」
「くろちゃん?」
「ああ」
「分かった。くろちゃん」
誾千代は素直に頷いた。
自分のことを知っているらしいが、こちらはまだ男の名前すら知らない。
けれど本人がそう呼べと言うのだから、そう呼ぶことにした。
官兵衛は満足そうに頷くと、今度は自分の包みを取り出した。
「ならば、こちらも食べてみるか」
「なに?」
「中津で手に入れた巻柿だ」
誾千代が一口食べる。
「おいしい!」
「そうだろう」
官兵衛の顔が緩んだ。
「私は甘いものに目がなくてな」
「私も!」
「気が合うな」
「うん!」
「気に入ったなら、今度送ってやろう」
「ほんと?」
「ああ。箱でな」
「やった!」
その少し離れたところに、がっしりとした男が立っていた。
太い眉に、意志の強そうな目。
口元を固く結び、官兵衛と誾千代を無言で見ている。
鍋島直茂だった。
誾千代は巻柿を持ち上げた。
「食べる?」
「結構です」
「おいしいよ?」
「結構です」
「そっか」
誾千代は自分で食べた。
官兵衛も、もう一つ取る。
「官兵衛殿」
直茂が声を掛けた。
「軍議が始まります」
「そうでしたな」
官兵衛が立ち上がる。
誾千代は、その顔を見上げた。
「官兵衛っていうの?」
「そうだ。黒田官兵衛」
「黒田……」
誾千代は少し考えた。
「だから、くろちゃん?」
「今さら気づいたか」
「うん」
官兵衛は笑った。
「行くぞ、誾千代ちゃん」
「うん、くろちゃん」
直茂の足が止まった。
「……くろちゃん?」
「私がよいと言ったのです」
直茂は眉間にわずかに皺を寄せた。
「……左様ですか」
それ以上は何も言わず、再び陣幕へ向かう。
誾千代はその背中を見送り、官兵衛へ顔を寄せた。
「……真面目そう」
こっそり囁く。
「真面目ですぞ」
官兵衛も声を潜める。
「聞こえております」
前を歩く直茂から声が飛んできた。
誾千代は口を閉じた。
◇
中央の陣幕には、肥後北部の絵図が広げられていた。
宗茂、小野、薦野はすでに中にいる。
その向こうに、諸将が並んでいた。
中でも自然と人の中心にいる男がいる。
五十を越えた頃だろうか。
がっしりとした体つきで、日に焼けた顔には深い皺が刻まれている。
髪には白いものが混じっていた。
顔つきは穏やかだった。
けれど、何も言わず座っているだけで、自然と周囲の視線がその男へ集まっている。
小早川隆景だった。
宗茂が頭を下げる。
「筑後柳河、立花宗茂にございます」
「うむ」
隆景は宗茂を見た。
「道雪殿と紹運殿の倅か」
「はい」
「二人には世話になった」
「父・紹運からも、道雪殿からも、隆景様のお話は伺っております」
「そうか」
隆景の表情が和らいだ。
「二人とも、惜しい男であった」
「はい」
宗茂は静かに頭を下げた。
「座れ、宗茂」
「はっ」
誾千代は少し後ろから隆景を見た。
そっと宗茂の袖を引く。
「旦那様」
「なんだ」
誾千代は宗茂へ顔を寄せ、声を潜めた。
「……あのおじさん、誰?」
宗茂の表情が固まった。
「小早川隆景様だ」
「偉い人?」
「非常に」
「そうなんだ」
「聞こえておるぞ」
誾千代が顔を上げた。
隆景がこちらを見ている。
「……ごめんなさい」
「いや、よい」
隆景は誾千代をしばらく眺めた。
「なるほど。さすがは道雪殿の娘じゃ」
「父上を知ってるの?」
「ああ。よく知っておる」
隆景の口元が緩んだ。
「あの御仁の娘なら、これくらい物怖じせぬのも納得よ」
誾千代は何を褒められたのか分からず、首を傾げた。
「宗茂。面白い奥方を持ったな」
「……よく言われます」
「そうであろうな」
隆景は笑いながら、絵図へ目を戻した。
「さて、軍議を始めるぞ」
軍議が始まった。
絵図には、一揆方が押さえる城と街道、川、山道が記されている。
官兵衛が街道沿いの城を指した。
「まず落とすべきは、この城でしょう」
「理由は?」
「この城が街道を押さえている限り、佐々勢への兵糧が通りません」
隆景が頷く。
「では、この城をどう攻める」
小野が絵図へ目を落とした。
「正面の街道から攻めるのは?」
官兵衛が首を振る。
「道は広い。ですが、両側を丘に挟まれております。上を取られれば、矢を浴びることになる」
「北からは?」
「大きく回り込むことになります」
薦野が南側を指した。
「こちらの川沿いは?」
「低地が多い。大軍を通すには難しいでしょう」
宗茂は黙って絵図を見ていた。
やがて、南の川沿いへ指を置く。
「こちらは使えませぬか」
隆景が宗茂を見る。
「南か。だが、この先は川ではないか」
「浅瀬があります。荷駄は無理でも、兵と馬なら渡れます」
官兵衛が宗茂を見る。
「絵図にはないな」
「近くの者に聞きました」
宗茂は続ける。
「正面で敵を引きつけ、その間に南から兵を回せば、西へ出られます」
「退路は?」
直茂が聞く。
「一つ残します」
「逃がすのか」
「すべて塞げば、敵は死ぬまで戦います」
宗茂は絵図を見たまま答えた。
「城を取るために、必要以上に兵を失うことはありません」
隆景が宗茂を見る。
官兵衛も、しばらく絵図を見つめていた。
「悪くない」
短い言葉だった。
だが、官兵衛の表情にはわずかに興味が浮かんでいる。
隆景も頷いた。
「よかろう。では明朝、もう一度地形を確かめる」
「はっ」
「兵を動かすのは、それからじゃ」
諸将が頭を下げた。
大名となった宗茂の初めての戦。
その初日は、まだ刀を抜くことなく暮れていった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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