肥後に火がつく
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
天正十五年(一五八七年)。
豊臣秀吉による九州平定が終わり、肥後には新たな国主として佐々成政が入っていた。
「検地を行う」
佐々成政の一言に、広間が静まり返った。
五十を前にした、背の高い細身の男だった。
面長の顔に通った鼻筋、鋭い目元。髪も髭もきちんと整えられ、その佇まいには隙がない。
声を荒らげたわけではない。
それでも、その言葉には反論を許さぬような響きがあった。
成政の前には、何冊もの帳面が積まれている。
村の名。
田畑の広さ。
取れる米の量。
そして、その土地に根を張り、代々領地を治めてきた武士――国衆たちの名。
同じ肥後国内だというのに、書き方も、測り方も、土地の扱いもばらばらだった。
「このままでは国が治まらぬ」
成政は帳面を閉じた。
「田畑を測り直す。どこに、どれだけの土地があり、どれほどの米が取れるのか。それを明らかにする」
「しかし、殿」
家臣の一人が顔を上げた。
「なんだ」
「国衆たちは反発いたしましょう」
「なぜだ」
「彼らにとっては、先祖代々治めてきた土地にございます。それに――」
家臣は一度、言葉を切った。
「秀吉様も、肥後の仕置きは急がぬよう仰せであったはず」
成政の目が向いた。
「承知している」
「ならば、検地はしばらく待たれた方が――」
「いつまで待てと言う」
「殿」
「肥後を任されたのは私だ」
成政は積まれた帳面を指先で叩いた。
「隈部には隈部のやり方がある。他の者には、また別のやり方がある。土地の測り方も違えば、納めるものも違う」
成政の眉がわずかに寄った。
「このままで、どうやって一国を治める」
「しかし、急ぎ過ぎれば――」
「急いで何が悪い」
成政は即座に返した。
「肥後を任された以上、治めるのが私の役目だ」
しばらく誰も口を開かなかった。
やがて成政は、帳面の一つへ手を置いた。
「まず、隈部からだ」
「隈部親永殿でございますか」
「ああ」
肥後北部に大きな勢力を持つ国衆、隈部親永。
隈部が従えば、他の国衆も従う。
成政はそう考えていた。
「検地に従うよう申し伝えよ」
「……承知いたしました」
家臣は頭を下げた。
だが、その顔から不安は消えなかった。
◇
「なんだ、こりゃ」
隈部親永は佐々家から届いた書状を眺め、眉を上げた。
「検地にございます」
「それは読めば分かる」
親永は書状をひらひらと振った。
「俺が聞いとるのは、なんで今なんだってことだ」
広間にいた家臣たちが顔を見合わせた。
親永は五十を越えている。
日に焼けた顔には皺が刻まれ、髪にも短く整えた髭にも白いものが混じっていた。
大柄ではない。
だが、厚い肩と太い首には、長く戦場を生きてきた者の名残がある。
もっとも、本人はそんな威厳など気にしていない。
「殿。笑い事ではございませんぞ」
「笑っとらん」
「笑っておられます」
「そうか?」
親永は口元を触った。
「まあ、困ったことにはなったな」
「困った、で済ませないでください」
「お前は昔から細かいなあ」
「殿が大雑把すぎるのです!」
周囲から小さな笑いが漏れた。
親永も笑った。
だが、もう一度書状へ目を落とすと、その笑みが少し薄くなった。
「佐々殿が肥後の国主になった。それは分かっとる」
「はい」
「俺たちも秀吉様に従った。そこに文句はない」
親永は書状を畳んだ。
「だが、話が違う」
家臣たちの表情が変わった。
「我らの土地は、秀吉様より認められた。それをいきなり測り直すと言われてもな」
「佐々殿は、土地を取り上げるとは申しておりませぬ」
「分かっとる」
親永はあっさり答えた。
「だから、まず話をする」
「佐々殿と?」
「ああ」
親永は立ち上がり、縁へ出た。
眼下には田畑が広がっている。
風が吹くたび、稲が大きく波打った。
畦を歩いていた男が館に気づき、こちらへ頭を下げた。
親永は片手を上げた。
「おーい!」
「殿、わざわざ声を張らずとも!」
「挨拶されたら返すだろう」
「手を上げるだけで十分でございます!」
「堅いなあ、お前は」
親永はからからと笑った。
田畑へ戻した目は穏やかだった。
「父の代も、祖父の代も、その前から、俺たちはここにいる」
家臣たちは黙って聞いていた。
「田を作って、水を引いて、揉め事がありゃ話をしてきた。昨日今日始まったことじゃない」
親永が振り返る。
「佐々殿にも、佐々殿の考えがあるんだろう」
「では」
「話せばよい」
親永はにっと笑った。
「向こうにも言い分がある。こっちにもある。だったら顔を合わせて話す。それで済むなら一番だ」
家臣たちの肩から、少し力が抜けた。
「佐々殿へ申し上げよ」
「はっ」
「話をしたいとな」
◇
数日後。
佐々成政と隈部親永は、向かい合っていた。
「我らの土地は、秀吉様より認められております」
親永が言う。
「知っている」
「ならば、なぜ今、測り直される」
「肥後を治めるためだ」
「これまでも、我らはこの土地を治めてまいりました」
「それが問題なのだ」
親永の眉が上がった。
「ほう」
「隈部には隈部のやり方。別の家には別のやり方」
成政は親永を真っ直ぐ見た。
「それぞれが自分の土地、自分の決まりと言っておれば、肥後はいつまで経っても一つにはならぬ」
「なるほど」
親永は頷いた。
「言いたいことは分かる」
成政がわずかに眉を動かした。
「ならば従え」
「それとこれとは別だ」
親永は笑った。
「佐々殿。あなたが肥後を一つにしたいのは分かる。俺も、何も変えるなと言っとるわけじゃない」
「ならば何が不満だ」
「早すぎる」
「何?」
「あなたは、まだ肥後へ来たばかりだ」
親永は成政を見た。
「どこにどんな村がある。誰がどこの田を作っとる。どの村とどの村が同じ水を使っとる。まだ何も知らんでしょう」
「知る必要があるのか」
親永の笑みが消えた。
「……何?」
「どこの家が何代そこに住んでいる。どこの村にはどのような決まりがある」
成政は淡々と言った。
「そのようなものを一つずつ聞いていては、いつまで経っても国など治まらぬ」
親永はしばらく何も言わなかった。
「今、肥後を任されているのは私だ」
成政の声には迷いがない。
「ならば、肥後の者が私に従う。当然のことであろう」
「……そうか」
親永が静かに答えた。
先ほどまでの笑みはなかった。
「それが、あなたの考えか」
「ああ」
親永は成政をしばらく見た。
「分かった」
それだけ言って立ち上がる。
「邪魔したな」
◇
館へ戻ると、家臣たちが親永を待っていた。
「殿!」
「どうでございました?」
「話はつきましたか?」
次々と声が飛ぶ。
親永は草履を脱ぎながら答えた。
「腹減った」
「殿!」
「朝から何も食っとらん」
「佐々殿との話はどうなったのです!」
「ああ」
親永は広間へ上がった。
「駄目だった」
家臣たちが黙った。
「……駄目、とは」
「向こうは退かん」
親永は腰を下ろした。
「こっちが何を言っても、考えを変える気はないらしい」
先ほどまで騒がしかった広間が静まり返った。
やがて、一人の家臣が尋ねる。
「殿」
「ん?」
「もし戦となれば……勝てると、お思いですか」
「知らん」
「殿!」
「やってみらんと分からんだろうが」
「そういう話では――」
「分かっとる」
親永の声が変わった。
家臣が口を閉じる。
親永は縁の向こうを見た。
田畑が広がっている。
田の畦を男が歩いていた。
その向こうでは、子供たちが何かを追いかけて走っている。
「簡単な相手じゃない」
親永が言った。
「佐々殿だけじゃない。あの御方の後ろには秀吉様がいる」
「はい」
「戦になれば、負けるかもしれん」
誰も答えなかった。
親永はしばらく田畑を見ていた。
「だがな」
親永は少し笑った。
「ここで生きてきたのは、俺一人じゃない」
田の畦を歩く男たちへ目を向ける。
「あいつらを置いて、俺だけ退くわけにはいかんだろ」
親永は立ち上がった。
「俺は退かん」
家臣たちが親永を見る。
親永は、その顔を一人ずつ見回した。
「さて」
いつもの笑みが戻る。
「お前らはどうする?」
一人の家臣が苦笑した。
「どうするも何もございませぬ」
「お?」
「殿が退かぬのでしょう」
「ああ」
「ならば、我らも退けませぬ」
別の家臣も立ち上がった。
「私も参ります」
「俺も」
「殿一人を行かせたら、何をしでかすか分かりませぬからな」
「お前ら、俺を何だと思っとる」
広間に笑いが起こった。
親永も声を上げて笑った。
やがて、その笑いが収まる。
「兵を集める」
今度は誰も止めなかった。
「戦支度だ」
「はっ!」
声が揃った。
その日。
隈部親永は、佐々成政に抗うことを決めた。
そして、その動きは隈部だけでは収まらなかった。
肥後各地の国衆が次々と呼応し、兵を挙げる。
後に、肥後国衆一揆と呼ばれる戦いである。
◇
その報せが柳河へ届いたのは、それから間もなくのことだった。
昼過ぎ。
柳河城の広間では、宗茂が薦野、小野とともに、城内の修繕について話していた。
「この橋は先に直す」
「しかし殿、こちらの水路も急ぎませんと――」
「申し上げます!」
慌ただしい足音とともに、一人の使者が広間へ駆け込んできた。
宗茂が顔を上げる。
「何事だ」
「肥後にて、国衆が蜂起したとの報せにございます!」
広間の空気が変わった。
「肥後?」
端にいた誾千代も顔を上げる。
「隈部親永をはじめ、これに呼応する国衆が各地で兵を挙げております」
宗茂は黙って聞いていた。
使者がさらに頭を下げる。
「そして、秀吉様より御命にございます」
宗茂の目が変わった。
「申せ」
「立花勢は兵を整え、肥後へ向かわれよ、と」
一瞬、広間が静まり返った。
誾千代は宗茂を見る。
柳河へ入って、まだ間もない。
城の修繕も終わっていない。
旧臣たちの受け入れも続いている。
毎日のように帳面が積まれ、宗茂も薦野も城内を走り回っていた。
ようやく少しずつ、新しい暮らしが形になり始めたばかりだった。
宗茂は目の前の書状へ視線を落とした。
「承知した」
そして立ち上がる。
「出陣の支度をする」
「はっ!」
薦野と小野が頭を下げた。
誾千代だけが、まだ宗茂を見ていた。
「何が起きたの?」
「肥後の国衆が兵を挙げた」
「なんで?」
「まだ詳しいことは分からん」
「それで、私たちも行くの?」
「ああ」
誾千代は少しだけ口を尖らせた。
「柳河に来たばっかりなのに」
「命だ」
「分かってるけど」
宗茂はもう、次のことを考えていた。
「薦野、兵糧を確認しろ。小野は出せる兵をまとめてくれ」
「はっ」
「十時にも知らせろ」
「承知しました」
広間が一気に慌ただしくなる。
誾千代は、その真ん中で立ち上がった宗茂を見上げた。
立花宗茂が柳河十三万石を預かる大名となってから、初めて臨む戦。
肥後国衆一揆。
この時の誾千代は、まだ何も知らなかった。
佐々成政が、なぜ国衆を従わせようとしているのか。
隈部親永という男が、なぜ多くの者に慕われ、その者たちが彼とともに槍を取ったのか。
やがて、その両方を自分の目で見ることになる。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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