柳河の女たち
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
翌朝。
誾千代は、たまとともに昨日見つけた水汲み場を訪れていた。
朝から何人もの女たちが集まっている。
桶を抱えた女。菜の籠を持った女。洗う布を背負った女。
「昨日より賑やかだね」
「この刻が、一番人の集まる頃なのでございましょう」
家々の間を流れる水路には、ところどころ石を並べた低い降り場が作られていた。
上手では水を汲み、その少し下では菜を洗う。さらに下手へ行けば、布を洗う女たちの姿がある。
水際では子供たちがしゃがみ込み、流れてくる葉を棒でつついて遊んでいた。
「奥方様?」
声を掛けられ、誾千代が振り返る。
水を汲んでいた女が、こちらを見ていた。
「やっぱり。昨日、城下で噂になっていた奥方様だ」
その声に、周囲の女たちも振り返る。
「まあ」
「本当に小姓姿なのねえ」
「聞こえてるよ」
誾千代が言うと、女たちが慌てて口を閉じた。
「申し訳ございません!」
「いいよ。私が小姓だと思われてたの、知ってるから」
女たちの間から、くすくすと笑いが漏れた。
誾千代は水際へ近づいた。
「ここって、みんな使ってるの?」
「ええ。この辺りの者は、だいたいここで」
「上で水を汲んで、下で洗うんだね」
「そうです。飲み水や炊事に使う水は上から。菜はその下、布はもっと下で」
「ちゃんと決まってるんだ」
「決めておかないと喧嘩になりますからねえ」
年嵩の女が笑った。
「前に上の方で泥だらけの草履を洗った人がおりまして」
「あったねえ」
「下で水を汲んでたおかみさんが怒って、柄杓を投げたんですよ」
「柄杓を?」
「見事に当たりまして」
「それは怒るよ」
誾千代が笑った。
ふと、足元に置かれた桶が目に入る。
「これ、私もやっていい?」
「水汲みをですか?」
「うん」
誾千代は桶を受け取った。
水面へ沈める。
傾いた桶へ水が流れ込み、ずしりと重くなる。
「いっぱいになりましたら、ゆっくりお上げください」
「分かった」
誾千代は持ち手を掴んだ。
「よっ」
一気に持ち上げる。
ばしゃっ。
「きゃっ!」
盛大に水が跳ねた。
目の前にいた女が頭から水をかぶり、その隣にも飛ぶ。
たまの袖にも、しっかりとかかった。
誾千代自身の頬からも水が滴っている。
「…………」
静まり返った。
「……ごめん」
一瞬の沈黙のあと、水をかぶった女が吹き出した。
「奥方様、豪快ですね!」
「思ったより軽かったの!」
「私、洗濯物より先に洗われちゃったわ」
女たちが一斉に笑い出した。
誾千代もつられて笑う。
それからしばらく、誾千代は女たちと水辺で過ごした。
今度は慎重に水を汲み、頼まれれば桶を運ぶ。
二つの桶を両手に一つずつ持ち上げた時には、女たちから驚きの声が上がった。
「奥方様、本当にお強いんですねえ」
「そう?」
「あんなふうに桶を二つ持つ方、初めて見ましたよ」
「私、奥方様ってもっと怖い方かと思ってた」
「どうして?」
「だって、お殿様の奥方様でしょう?」
「それだけ?」
「それだけって……」
女たちが顔を見合わせ、笑い出した。
「でも、こうしてお話しできるとは思いませんでした」
「私も。柳河のこと、まだ知らないことばっかりだから、いろいろ教えて」
「それなら、いくらでも」
「鰻の旨い店も教えますよ」
「それは知りたい」
「姫様」
「大事でしょう?」
水辺に、また笑い声が響いた。
ふと、誾千代は水路の先へ目を向けた。
少し下流に、低い橋が架かっている。
「ずいぶん低い橋だね」
「ああ。あれですか」
年嵩の女が振り返った。
「雨の季節になると、あの橋を見るんですよ」
「橋を?」
「ええ。水がどこまで上がったか、分かりやすいでしょう」
誾千代は橋と、その下を流れる水を見比べた。
「そんなに増えるの?」
「増えますよ。雨が何日も続いたところへ、海の水が高い時が重なると、なかなか引かなくなります」
「橋の下まで来ることもありますよ」
別の女が言った。
「じゃあ、渡れなくなる?」
「ひどくなればね。橋の上まで水が来ることもあります」
誾千代は、もう一度橋を見た。
今はその下を、穏やかに水が流れている。
「道にも来るの?」
「来ますよ。ひどい年には家まで水が入ります」
「……怖くない?」
「怖いですよ」
女はあっさり答えた。
それから、汲んだ水の入った桶を持ち上げる。
「でも、この水がなければ暮らせませんからねえ」
誾千代は水路を見た。
水を汲む女たち。
菜を洗う者。
布を洗う者。
その傍らで遊ぶ子供たち。
この水で飯を炊く。
田へ引けば、作物が育つ。
けれど、雨が続けば家や道まで呑み込む。
「柳河って、水の町なんだね」
「そうですねえ」
女が笑った。
誾千代は、もう一度あの低い橋を見た。
昨日まで知らなかった柳河の暮らしを、また一つ知った気がした。
◇
城へ戻る頃には、日が傾き始めていた。
たまと廊下を歩いていると、前方から女がやって来る。
「あ」
綾だった。
手には小さな膳を持っている。
「綾?」
「奥方様」
「それ、何?」
「宗茂様へお持ちするところでございます」
膳には、焼いた雉の肉が綺麗に盛られていた。
誾千代は覗き込む。
「これ……旦那様、好きだよね」
「はい」
綾は微笑んだ。
「幼い頃からお好きだったと、父から聞いております」
「……幼い頃から?」
「はい」
誾千代は、もう一度膳を見る。
宗茂の好物なら、自分だって知っている。
けれど。
幼い頃の宗茂が何を好んでいたかまでは知らない。
「そうなんだ」
「では、冷めないうちに」
「……うん」
綾は頭を下げ、広間へ向かっていった。
誾千代は、その背中を目で追った。
「姫様?」
「なに?」
「参りましょう」
「うん」
歩き出してから、もう一度だけ振り返る。
綾の姿は、すでに廊下の角へ消えていた。
誾千代は前を向く。
なんとなく。
ほんの少しだけ、面白くなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
柳河にも少しずつ馴染んできた誾千代。
水汲み場で仲良くなったり、旦那様のことでちょっとモヤモヤしたり。
そんな穏やかな日々も、そろそろ終わりそうです。
次回、肥後から報せが届きます!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾




