誰が不仲なの?
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
――不仲って、誰と誰が?
城へ戻る途中。
誾千代は、まだ少し納得していなかった。
「京でまでって、どういうこと?」
「私に聞かれましても……」
隣を歩くたまが困ったように答える。
「私たち、そんなに仲悪く見える?」
「少なくとも、私はそのように思ったことはございません」
「だよね」
「はい」
「なのに有名なんだって」
「噂とは、まことに不思議なものでございますね」
「嫌なものだね」
誾千代は頬を膨らませた。
しかも、行商人の話では九州だけではない。
京でも知られているという。
宗茂は男前。
戦が強い。
風流にも通じている。
そこまではよかった。
むしろ、もっと言ってもよかった。
なのに最後に。
奥方とは仲が悪い。
「余計なんだよね」
「何がでございますか?」
「奥方とは仲が悪い」
誾千代はむっとしたまま歩いていたが。
ふと、足を止めた。
「……たま」
「はい」
「あれ、何?」
少し先の店先から、白い煙が上がっている。
風に乗って、香ばしい匂いが漂ってきた。
焼けた魚の匂いに、炭の香りが混じっている。
誾千代は吸い寄せられるように、そちらへ足を向けた。
炭火の上には、細長い魚が並べられている。
脂が炭へ落ちるたび、じゅっと音を立て、小さな炎が上がった。
「鰻ではございませんか」
「鰻」
誾千代の目が輝いた。
京まで広がっている不仲説は、鰻の香りにあっさり追いやられた。
「食べよう」
「姫様」
「何?」
「もうお城へ戻るところでは?」
「だから、食べてから戻る」
「……そういう意味ではございません」
そう言いながらも、たまの目も焼き台へ向いている。
誾千代は見逃さなかった。
「たまも食べたいんでしょう」
「私は別に」
「今、見てた」
「見ておりません」
「じゃあ一人で食べる」
「……毒見は必要かと」
「ほら」
「姫様」
やがて、焼き上がった鰻に塩と山椒が振られた。
誾千代は受け取ると、熱いうちに口へ運ぶ。
皮は香ばしく、身は柔らかい。
噛めば脂の甘みが広がり、あとから山椒の香りが鼻へ抜けた。
「おいしい」
もう一口。
やっぱりおいしい。
隣を見ると、たまも黙々と食べている。
「毒見、どう?」
「……問題ございません」
「おいしい?」
「問題ございません」
「おいしいんだ」
「姫様」
誾千代は笑った。
そして、まだ焼かれている鰻を見る。
「もう一つ、包んでもらえる?」
「へい」
「姫様、まだ召し上がるのでございますか」
「旦那様の分」
誾千代は当然のように答えた。
たまが少しだけ笑う。
「何?」
「いいえ」
「なんで笑ったの?」
「何でもございません」
誾千代は首を傾げた。
包みを受け取る。
その時、ふと思い出した。
――奥方とはえらく仲が悪いらしいがな。
誾千代は包みを見る。
「……どこが?」
「姫様?」
「なんでもない」
今度こそ、城へ戻った。
◇
昼を少し過ぎても、宗茂は朝とほとんど同じ場所にいた。
違うのは、朝餉の膳が片づけられていることくらいだった。
机の上には書状。
その脇には絵図。
さらに別の書付まで増えている。
少し離れたところでは、小野と薦野が帳面と格闘していた。
戦が終われば、少しはゆっくりできる。
柳河へ入るまでは、全員そう思っていた。
ところが実際には戦場とは違う忙しさが、次から次へと押し寄せてくる。
「小野」
「はい」
「旦那様、ご飯ちゃんと食べた?」
小野が顔を上げる。
「食べていただきました」
「よし」
「なぜ小野に聞く」
宗茂が書状から顔を上げた。
「旦那様、一口でも『食べた』って言うでしょう」
「食べたことに違いはない」
「ほら」
誾千代が小野を見る。
小野も深く頷いた。
「私も同じことを申し上げました」
「小野」
「事実にございます」
宗茂は何も言わなくなった。
誾千代は満足して、その前へ座る。
「それより、これ」
持っていた包みを置いた。
「なんだ」
「鰻」
包みを開くと、まだほんのりと温かい。
山椒の香りがふわりと広がった。
「城下で焼いてた。おいしかったから、旦那様にも」
宗茂は鰻を一口食べた。
誾千代は、その顔をじっと見る。
「どう?」
「うまい」
「でしょう?」
なぜか誾千代が得意そうな顔をする。
宗茂はもう一口食べた。
朝から難しい顔ばかりしていたのに、食べている間だけは少しだけ表情が緩んでいる。
誾千代はそれを見て、満足そうに笑った。
「城下はどうだった」
「面白かったよ。水路がいっぱいあって、舟が道みたいに通ってる。市も大きかった」
「そうか」
「昨日来た人たちも、あそこなら必要なものは揃いそう。水を汲める場所も見てきたよ」
「そうか。あとで薦野にも伝えておいてくれ」
「うん」
誾千代は頷く。
そして。
思い出した。
「あ」
「なんだ」
「大事なことがあった」
宗茂が鰻を食べながら誾千代を見る。
「旦那様」
「なんだ」
「私たち、不仲なんだって」
宗茂の手が止まった。
「誰が」
「私たち」
「それは聞いた」
「行商の人が言ってた。九州だけじゃなくて、京でも有名なんだって」
宗茂は黙った。
「旦那様は男前で、戦が強くて、茶も連歌もできて、字も上手で――」
「待て」
「何?」
「何の話だ」
「旦那様の評判」
「なぜそこから夫婦仲の話になる」
「私も分からない。でも最後に、奥方とは仲が悪いって」
宗茂はしばらく誾千代を見た。
そして。
「くだらんな」
「え?」
「夫婦仲など、他人が見て決めるものではないだろう」
あまりにも当然のように言われて、誾千代は瞬きをした。
「でも、京でまで言われてるんだよ?」
「なおさらくだらん」
ばっさりだった。
「気にならないの?」
「ならん」
宗茂は鰻へ戻った。
どうやら本当に、どうでもいいらしい。 誾千代は少し考える。
「でも、どうしてそんな噂が出たんだろう」
「知らん」
「私が奥方らしくないからかな」
宗茂が再び顔を上げた。
「なぜそうなる」
「だって今日も、誰も私が奥方だって分からなかったし」
「それと夫婦仲に何の関係がある」
「ないけど」
「なら気にするな」
「でも――」
「それに」
宗茂が続けた。
「お前が奥方らしく見える必要もない」
誾千代が顔を上げる。
「え?」
「誾千代は誾千代だろう」
宗茂はそれだけ言って、残っていた鰻を口へ運んだ。
どうやら本人にとっては、それで話は終わりらしい。
誾千代は黙った。
昨日から、少しだけ引っかかっていた。
綾なら、誰も小姓とは間違えない。
綺麗に着物をまとい、髪を整え、琴も花も香もそつなくこなす。
自分とは違う。
けれど。
宗茂にとっては、そんなことはどうでもいいらしい。
誾千代は自分の袖を見る。
「……そっか」
口元が、少しだけ緩んだ。
「なんだ」
「何でもない」
「そうか」
宗茂は茶を飲んだ。
それから、空になった包みを見る。
「また買ってきてくれ」
「うん」
返事は、考えるより先に出た。
誾千代はそこで、はっとする。
「……旦那様」
「なんだ」
「私たち、仲悪くないよね?」
宗茂が書状へ伸ばしかけた手を止めた。
「今さら何を聞いている」
「だよね」
「だから放っておけ」
「でも…」
「好きに言わせておけばいい」
「むう」
誾千代は、まだ少しだけ納得していなかった。
宗茂は気にしていない。
けれど自分は、ちょっと気になる。
――ほんのちょっとだけ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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