奥方様はどこにいる
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
翌朝も、宗茂は早くから広間にいた。
戦が終われば、少しはゆっくりできると思っていた。
誾千代と交わした、甘味処へ行く約束もある。
だが、柳河へ入ってみれば、そんな暇はなかった。
城の修繕に旧臣たちの受け入れ。領内の田畑や収穫高、年貢の確認。さらに各地から届く書状まで、やることは増える一方だった。
誾千代が顔を出すと、すでに机の上には書状が積まれている。
昨日より減ったようには見えない。
むしろ増えている。
脇には朝餉の膳が置かれていたが、飯にも汁にも、ほとんど手がついていなかった。
「旦那様」
「ん?」
宗茂は書状から顔を上げない。
「朝餉」
「あとで食べる」
「昨日もそう言ってた」
宗茂の筆が止まった。
ようやく顔を上げる。
誾千代は何も言わず、膳を少しだけ宗茂の方へ押した。
「一口だけでも食べて」
「あとで――」
「今」
宗茂はしばらく誾千代を見た。
誾千代も見返す。
こういう時は、たぶん自分の方が強い。
やがて宗茂は諦めたように箸を取り、飯を一口食べた。
「食べた」
それだけ言うと、何事もなかったように書状へ戻る。
誾千代は宗茂を見つめた。
一口。
本当に一口だった。
もう一度言おうとして、少し考える。
それから、広間の端へ顔を向けた。
「小野」
「はい」
「残り、ちゃんと食べさせて」
「承知しました」
「小野」
宗茂の声が低くなった。
小野鎮幸は平然としている。
「殿。姫様のおっしゃる通りです。朝餉くらい、きちんとお召し上がりください」
「……」
「紹運公がおられたなら、同じことを申されたでしょう」
宗茂が黙った。
それを見て、誾千代は満足して立ち上がった。
「じゃあ、行ってくるね」
「どこへ」
「たまと城下。昨日来た人たち、水を汲む場所も市も分からないでしょう。私も見ておこうと思って」
「あまり遠くへ行くな」
「分かってる」
「水路際には気をつけろ」
「子供じゃないよ」
誾千代は手を振り、広間を出た。
その背中を見送った宗茂が、再び書状へ目を落とす。
「殿」
「なんだ」
小野が朝餉の膳を、宗茂のすぐ横へ寄せた。
「姫様から仰せつかっておりますので」
「……あとで食べる」
「今、お召し上がりください」
宗茂は小野を見る。
小野も引かない。
「紹運公のお名前まで出した以上、私も引けませぬ」
「……」
しばらくして、宗茂は無言で箸を取った。
小野は満足そうに頷いた。
◇
城下へ出ると、誾千代はまず昨日聞いていた水汲み場へ向かった。
「ここ?」
「はい。この辺りの家では、こちらを使っているようでございます」
たまの言葉に、誾千代は辺りを見回した。
水路の脇には何人かの女が集まり、桶を手に順番を待っている。
「思ったより人が多いね」
「朝夕は、もっと混み合うそうでございます」
「じゃあ、昨日来た人たちが一度に来たら大変そう」
誾千代は水路の先へ目を向けた。
「ほかにも汲めるところ、ある?」
「少し先にもございます」
「そっちも見よう」
水汲み場を二つ確認したあと、今度は市へ向かった。
道を歩いていると、家々の間を水路が縫うように伸びている。
小舟が行き交い、橋の向こうにもまた別の水路が見えた。
「やっぱり水が多いね」
誾千代は足を止めた。
「昨日も思ったけど、道みたい」
「水路が、でございますか?」
「うん。荷物も舟で運べるんでしょう?」
「そのようでございます」
「だったら、昨日来た人たちにも教えてあげた方がいいね」
そう話しながら歩いているうちに、市へ出た。
採れたばかりの菜。
籠に積まれた卵。
川魚。
干した魚。
威勢のいい声があちらこちらから飛び交い、品を買う女たちが店先を行き来している。
「市が立ってるね」
「ずいぶん賑わっておりますね」
誾千代は並んだ店を見渡した。
「これなら、昨日来た人たちも困らなそう」
「食べ物も日用品も、一通り揃いそうでございます」
「よかった」
誾千代は安心して、市の中を歩き出した。
店先を覗きながら進んでいると、少し先から自分たちのよく知る名が聞こえてきた。
「立花様なら、昨日見たぞ」
「俺も見た。ずいぶん若い殿様だな」
「それに、えらく男前だった」
誾千代の足が、ほんの少しだけ遅くなった。
「戦じゃ西国無双なんぞと呼ばれてるんだろう? もっとこう、いかつい御仁かと思ってた」
「ところが、武辺一辺倒でもないらしいぞ。茶も連歌も嗜まれるとか」
「字も達者だと聞いた」
「顔がよくて、戦が強くて、風流まで分かるのか」
「天は何物与える気だ」
誾千代の口元が、ほんの少し緩んだ。
自分が褒められているわけでもない。
けれど、悪い気はしない。
「姫様」
「なに?」
「ずいぶん嬉しそうでございますね」
「別に」
即答した。
その時、近くで荷を下ろしていた男が口を挟んだ。
「まあ、奥方とはえらく仲が悪いらしいがな」
誾千代の足が止まった。
「そうなのか?」
「有名な話だぞ」
男は各地を回る行商人らしい。
「俺は京でも聞いた。立花の殿様は戦上手で男前、風流にも通じておられる。だが奥方とは折り合いが悪い――ってな」
「京でまで?」
「ああ。九州じゃ、もっと前から聞く話だ」
誾千代の眉が、じわりと寄った。
前半は全部よかった。
最後の一つだけ、余計だった。
「姫様」
「なに」
「お顔が」
「普通だよ」
「普通ではございません」
誾千代は男たちを振り返った。
「でも、なんで仲が悪いって分かるの?」
男たちが一斉にこちらを見る。
「なんでって……」
行商人が誾千代の格好を見た。
小袖に袴。
腰には刀。
どう見ても、城から出てきた若い小姓である。
「立花様のところの小姓か?」
「うん」
「姫様」
たまが小声で割って入る。
だが、もう遅い。
「だったら知らんのか? 奥方様とは別々に暮らしておられるとか」
「一緒に住んでるよ」
「お?」
「毎日会ってる」
「そうなのか?」
「うん」
男たちが顔を見合わせた。
「じゃあ、噂は間違いか?」
「いや、しかしなあ……」
別の男が首を捻った。
「そういや、奥方様を見た者がおらんな」
「俺も見てない」
「昨日、城へ品を運んだが、それらしい方はいなかったぞ」
「城にはおられるんだろう?」
「いるよ」
「どこに?」
「ここ」
「…………」
誾千代は自分を指さした。
「私」
「…………」
男たちが黙った。
行商人も黙った。
たまは目を閉じた。
「私が宗茂の妻」
沈黙が、さらに深くなった。
やがて。
「奥方様!?」
誰かが叫んだ。
「そうだよ!」
「この前、男二人を締め上げたっていう!?」
「なんでそれまで知ってるの!?」
「三人じゃなかったのか?」
「二人!」
「姫様、そこは訂正なさらなくてよろしいのです!」
「だって二人だもん!」
朝の市が、一気に騒がしくなった。
「本当に奥方様なのか!?」
「小姓じゃなかったのか!」
「じゃあ、不仲っていうのは――」
「知らないよ! 誰が言い出したの、それ!」
「姫様、お声を!」
たまが慌てて止める。
その周りでは、さっきまで普通に商いをしていた者たちが、どうしていいのか分からず頭を下げ始めている。
「奥方様とは知らず!」
「別にいいよ。顔上げて」
「しかし!」
「私も小姓だって言われて、うんって答えたし」
「姫様」
たまが額を押さえた。
「そこから間違っております」
「だって、この格好なら小姓でしょう?」
「奥方様でございます」
「奥方で小姓」
「そういう問題ではございません!」
市のあちこちから笑いが漏れた。
先ほどまで遠巻きにしていた者たちの顔から、少しずつ緊張が消えていく。
誾千代は、まだ納得がいかなかった。
京でまで不仲と言われている。
本人は、今日の朝も旦那に飯を食べさせてから出てきたというのに。
「……なんで?」
「姫様?」
「なんでもない」
誾千代は頬を膨らませた。
これは帰ったら、本人に聞かなければならない。
私たち、いつからそんなに仲が悪くなったの。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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