奥方様らしさ
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
午後になっても、城内の慌ただしさは続いていた。
筑前から移ってきた者たちの荷は、まだすべて片づいていない。
城下のどの屋敷へ入ってもらうかも決まりきらず、広間には次々と報告が持ち込まれていた。
「薦野殿、この家は六人と聞いていたのですが、八人おります!」
「なぜ増えるんです!」
「お母上と甥御様が一緒に――」
「でしたら最初から家族に入れてください!」
「こちらの荷は、どこへ運べばよろしいでしょう」
「少し待ってください! 今、確認します!」
戦が終われば、少しは落ち着ける。
柳河へ入った時、薦野はそう思っていた。
甘かった。
城の修繕。
旧臣たちの受け入れ。
寝所に、兵糧に、馬の置き場。
片づけても片づけても、仕事は増えていく。
「一度に聞かないでください……」
薦野は帳面を抱えたまま、額を押さえた。
どうやら、戦が終わったからといって暇になるわけではないらしい。
最近ほとんど休んでいない。
その声にも、さすがに疲れが滲んでいた。
「薦野」
「はい」
「何か手伝う?」
深い紅の小袖を着たまま、誾千代が近づいてくる。
薦野は一瞬、誾千代を見た。
「では、城下の屋敷割りを手伝っていただけますか」
「私が?」
「昨日、城下を見て回られたでしょう。水場や道の様子は、私より姫様の方がご存じです」
「分かった」
「ただし」
「何?」
「そのお姿で荷物を担ぐのだけはおやめください」
「担がないよ」
「本当ですね?」
薦野が胃の辺りを押さえた。
誾千代は気にせず、困っている女たちの方へ向かった。
「井戸を探してるの?」
「はい。どちらへ行けばよいのか分からなくて」
「こっち。近いところがあるよ」
歩き出しかけて、誾千代は女が幼い子の手を引いていることに気づいた。
「その子も一緒?」
「はい」
「じゃあ、こっちから行こう。こっちの方が近いから」
誾千代は道を変えた。
昨日、自分の足で城内を歩き回った。
同じ橋を何度も渡り、井戸を覗き、水路沿いの道を歩いた。
まだ柳河のすべてを知っているわけではない。
それでも、昨日よりは分かる。
どの道が歩きやすいか。
どこに水場があるか。
どの橋が狭いか。
知っていることなら、教えられる。
◇
綾は、少し離れたところからその姿を見ていた。
昨日とは、まるで違って見えた。
初めて誾千代を見た時には、本当に驚いた。
小姓姿で、肩には大きな布団。
髪には藁屑までついていた。
それが、宗茂の妻だという。
今朝、改めて会っても、その印象がすべて消えたわけではなかった。
そして午前中。
深い紅の小袖をまとった誾千代は、見違えるほど美しかった。
けれど、琴も、花も、香も、扱いには慣れていないようだった。
正直に言えば。
綾は、少しだけ安堵していた。
自分の方が、奥方に求められるものを多く身につけている。
琴も弾ける。
花も生けられる。
香も聞き分けられる。
客人を迎える作法にも困らない。
宗茂の隣に立っても、恥ずかしくない女である自信もあった。
けれど。
「奥方様」
別の女が誾千代へ声を掛けた。
「母が足を悪くしておりまして……」
「どのくらい歩ける?」
「長い距離は、少し難しゅうございます」
誾千代は女の傍らにいる老女を見る。
それから周囲を見回した。
「ちょっと待ってて」
すぐに薦野のところへ戻る。
「薦野。この人たち、城下の東側の屋敷にできない?」
「東側ですか?」
「うん。お母さん、足が悪いんでしょう。あっちなら水汲み場も近いし、道も歩きやすかったから」
薦野が帳面を確かめる。
「……確かに。東側なら一軒空いております」
「じゃあ、そこがいい」
「承知しました」
誾千代はすぐ女のところへ戻った。
「大丈夫。近いところにしてもらったから」
老女が深く頭を下げる。
「ありがとうございます、奥方様」
「うん」
誾千代はそれだけ答えた。
礼を言われても、得意そうな顔ひとつしない。
すぐに別の声が掛かる。
「奥方様、炊事場はどちらでしょうか」
「どこの屋敷?」
「北の端にございます」
「だったら――」
誾千代は少し考えた。
「こっちの方が近いよ。案内する」
また歩いていく。
綾は黙って、その姿を目で追った。
華やかな小袖を着ているから、奥方なのではない。
琴が弾けるからでも。
美しく花を生けられるからでもない。
この城で暮らす者の声を聞く。
自分の足で歩き、自分の目で見たことを覚えている。
そして、困っている者がいれば、それを使う。
昨日。
小姓姿で荷を運ぶ誾千代を見て、どうして奥方自身がそのようなことをするのかと思った。
今なら、少し分かる気がした。
この人は、誰かに見せるために動いているのではない。
必要だから、やっているのだ。
「姫様」
たまが誾千代を呼び止めた。
「何?」
「そちらへ行かれるのでしたら、この方もご一緒にお願いいたします」
「いいよ。どこ?」
「同じ北側の屋敷にございます」
「じゃあ一緒に行こう」
誾千代の周りに、自然と人が集まっていく。
誰も、小姓とは呼ばない。
「奥方様」
「姫様」
「こちらもお願いいたします」
次々と呼ばれる声に、誾千代は一つずつ振り返っている。
綾は、自分の手元へ目を落とした。
琴なら、自分の方が上手い。
花も。
香も。
立ち居振る舞いも。
けれど。
それが何だというのだろう。
宗茂がこれから治めていく柳河で。
その隣に立つ女に、本当に必要なものは――。
「綾?」
不意に呼ばれ、顔を上げた。
いつの間にか、誾千代がこちらを見ている。
「どうしたの?」
「……いいえ」
綾は微笑んだ。
「何でもございません」
「そう?」
誾千代は首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
「奥方様!」
「あ、今行く!」
呼ばれた方へ、すぐに駆けていく。
「姫様! そのお姿で走らないでくださいませ!」
「急いでるんだから仕方ないでしょう!」
「裾をお踏みになります!」
たまも慌てて追いかけていく。
綾は、その後ろ姿を見つめていた。
胸の奥が、わずかにざわつく。
午前中まで感じたことのなかったものだった。
自分の方が、奥方らしく振る舞える。
そう思っていた。
けれど。
――あの方は、もう奥方様なのね。
誰に教えられたわけでもなく。
綾はそっと、袖の中で指を握った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾




