新しい立花家
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
旧臣たちの受け入れは、それからも続いた。
家ごとに寝所を割り振り、荷を分け、馬の置き場を決める。
一つ片づけば、すぐに別の問題が持ち込まれる。
広場の片隅では、薦野が帳面を抱えたまま、次々と報告を受けていた。
「それから、屋敷の割り振りですが」
「城下の空いている屋敷から入れろ。家族は離すな」
宗茂が答える。
「承知しました。馬は」
「馬屋へ」
「もう入りません」
「…………」
宗茂が黙った。
薦野も黙る。
二人の視線が、広場の向こうへ向いた。
馬屋の前には、まだ行き場の決まっていない馬が何頭も繋がれている。
「庭へ繋ぐか」
「今夜、雨が降らないことを祈りましょう」
薦野は胃の辺りを押さえた。
その時だった。
「だから、旧臣である我らが使うと言っている!」
「ここは以前から我らの馬屋だ!」
馬屋の方から怒鳴り声が上がった。
薦野の手が止まる。
「……今度は何ですか」
馬屋の前で、新しく来た高橋家の旧臣と、柳河の城方が睨み合っている。
後ろには馬が三頭、困ったように尾を振っていた。
「この馬を入れる場所が要るのだ!」
「だからといって、我らの馬を出せと言うのか!」
「雨ざらしにしておけと?」
「それはこちらも同じだ!」
互いの声が少しずつ大きくなる。
周囲には、いつの間にか人が集まり始めていた。
誾千代は抱えていた荷物を地面へ置いた。
「ちょっと行ってくる」
「姫様」
たまの声に、すでに嫌な予感が混じっている。
「何をなさるおつもりですか」
「止める」
「お待ちくださいませ」
「殴り合いになる前に止めるだけ」
「そのお顔は、殴り合いになったら混ざるお顔でございます!」
誾千代は答えず、二人の間へ割って入った。
「そこまで」
「何だ、小姓は下がっていろ!」
男が腕を伸ばす。
誾千代はその手首を掴み、そのまま軽く捻った。
「痛っ!」
「話を聞いて」
「き、貴様!」
もう一人が誾千代の肩へ手を掛けようとする。
そちらの腕も取った。
次の瞬間には、大の男二人が誾千代の左右で身動きを封じられていた。
「ほら。二人とも喧嘩しない」
「姫様!」
たまの悲鳴が響いた。
「城主の奥方様が、喧嘩の真ん中へ混ざらないでくださいませ!」
周囲が静まり返った。
腕を取られた二人が、同時に誾千代を見る。
「……姫様?」
「この小姓が?」
「誰が小姓よ」
誾千代の手に、少し力が入った。
「痛い痛い痛い!」
「姫様! 余計に締めております!」
少し離れたところで、薦野が目を閉じた。
「……姫様」
また胃が痛い。
そこへ宗茂がやってきた。
「誾千代」
「旦那様」
「離してやれ」
「でも、まだ喧嘩するかもしれない」
「もうしない」
宗茂が二人を見る。
二人は猛烈な勢いで頷いた。
「しません!」
「決して!」
「ほら」
「……分かった」
誾千代が手を離すと、二人は同時に腕を押さえた。
宗茂は馬屋の中を覗き、それから三頭の馬を見る。
「詰めれば、あと二頭は入る」
「残る一頭はいかがいたしましょう」
「今夜だけ、私の馬と入れ替えろ」
周囲が少しざわついた。
「殿の馬を外へ出すので?」
「屋根のある場所が他に一つある。私の馬なら、知らぬ場所でも暴れん」
高橋家の旧臣が、気まずそうに頭を下げた。
柳河の者も続く。
「申し訳ございません」
「明日、使っていない納屋を見て回る。入る場所がなければ、仮の馬屋を作る」
宗茂はそれだけ言うと、二人へ手伝う者をつけた。
誾千代は感心したように宗茂を見る。
「旦那様、喧嘩を収めるの上手だね」
「収めたわけではない。揉める理由を一つ減らしただけだ」
「それを上手って言うの」
宗茂は答えなかった。
たまが深く息を吐く。
「それよりも、まず姫様が奥方らしく見える方法をお考えくださいませ」
「私には見える」
宗茂が答えた。
誾千代が、ぱっと宗茂を見る。
「本当?」
「ああ」
宗茂は誾千代を見た。
「小姓にしては、態度が大きすぎる」
「旦那様!」
宗茂はもう次の報告を聞くために歩き出している。
誾千代は頬を膨らませ、その背中を睨んだ。
「絶対、褒めてない」
「褒めておりませんね」
たまが即答した。
◇
日が暮れる頃になって、ようやく城門の外に続いていた人の列が途切れ始めた。
朝から続いた受け入れにも、ようやく終わりが見えてきている。
その頃、城門をくぐってきた一団の中に、宗茂が見知った顔があった。
高橋家に長く仕えていた、年嵩の男だった。
男も宗茂の姿に気づくと、足を止める。
そして、深く頭を下げた。
「このたびは、我らをお召しくださり、身に余る光栄にございます」
「よく来てくれた」
宗茂も頷く。
「紹運公亡き後も、我らをお見捨てにならず――」
「父上に仕えた者たちだ。当然だ」
男が言葉を詰まらせた。
「……ありがたきお言葉」
その傍らに、一人の娘が控えていた。
旅装ではあるが、淡い藤色の小袖にはほとんど乱れがない。
長い黒髪は艶やかに整えられ、立ち姿にも、頭を下げる仕草にも隙がなかった。
ただ着飾っているだけではない。
城門を入る際には、疲れた老女へ手を貸し、泣いていた子供の荷を付き人へ預けている。
娘が宗茂の前へ進んだ。
「宗茂様」
柔らかな声だった。
「お久しゅうございます」
宗茂が娘を見る。
「綾か」
「はい」
綾は嬉しそうに微笑んだ。
「覚えておいでですか? 私が琴を弾き損ねて皆に笑われた時、宗茂様だけは笑わずにいてくださいました」
宗茂は、しばらく考えた。
「……覚えていない」
綾の笑みが、ほんの一瞬だけ止まった。
「まあ。私は、ずっと覚えておりましたのに」
「すまない」
「いいえ。昔のことでございますから」
綾は小さく笑った。
「けれど、先ほども皆のためにご自身の馬を外へ出されていましたでしょう。お優しいところは、昔のままですのね」
「そうか」
誾千代は、肩に担いだ布団を少し強く握った。
昔。
宗茂様。
私は、ずっと。
しかも宗茂は、顔を見ただけで名前を呼んだ。
綾。
「姫様」
たまが小声で呼ぶ。
「何?」
「布団が潰れております」
誾千代は、はっとして手の力を緩めた。
別に。
昔から知っているくらい、どうということはない。
宗茂だって、琴の話は覚えていなかった。
だから、気にすることではない。
ないのだけれど。
何となく面白くない。
綾の父と宗茂は、今後の役目や一族の寝所について話し始めていた。
綾は一歩後ろへ下がると、周囲を見渡す。
「宗茂様の奥方様も、こちらへお越しと伺いました」
「ええ」
付き人の女が答えた。
「まずは、ご挨拶をなさいませ」
「そのつもりです」
綾の視線が、近くに立っていた誾千代へ向いた。
小姓姿。
袖をまくり、腕には一日中荷を運んだ跡。
髪には、いつの間についたのか藁屑まで残っている。
そして肩には、大きな布団。
綾は何の疑いもなく、誾千代の前へ歩み寄った。
「そちらの小姓殿」
誾千代の眉が動いた。
「なに」
「宗茂様の奥方様は、どちらにおいででしょう。到着のご挨拶を申し上げたいのです」
「それは――」
「こちらにおられます」
答えたのは、たまだった。
誾千代の横へ進み、綾と付き人へ向き直る。
「こちらが、立花家の奥方、誾千代様にございます」
「…………」
綾の目が見開かれた。
視線が、誾千代の顔から肩の布団へ落ちる。
それから、もう一度顔へ戻った。
先ほど、大の男二人をまとめて押さえ込んでいた少女でもある。
綾は何度か瞬きをした。
「……これが、宗茂様の奥方様?」
誾千代は、肩に布団を担いだまま綾を見返した。
「……何か?」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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