柳河城、人が増える
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます。
※本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
心にゆとりを持ってお読みください(^^)
更新は21:00になります♬.*゜
日が西へ傾き始めた頃。
廊下を走る足音が近づいてきた。
「申し上げます!」
若い兵が、広間の前へ膝をつく。
宗茂が絵図から顔を上げた。
「何事だ」
「城門より知らせにございます!」
兵は大きく息を吸った。
「筑前より、立花・高橋両家の旧臣方が到着しました! ご家族、小者を伴い、荷も相当の数にございます!」
広間の空気が変わった。
薦野が、ゆっくり顔を上げる。
「……何人です?」
「ただいま数えております!」
「数えてから来てほしかった……」
「薦野、部屋を空けろ」
宗茂は、もう立ち上がっていた。
「はっ。ですが、殿。城内だけでは足りません!」
「城下の屋敷は」
「空いているものを確認しております。ただ、すぐに使えぬ屋敷もございます!」
「使える屋敷から割り振れ。子供と年寄りのいる家を優先しろ」
小野がすぐに続ける。
「人数が分かるまで、家ごとに分けておきましょう。荷にも同じ印をつけておけば、後で混乱せずに済みます」
「任せる」
「承知しました」
「俺は何を?」
十時が立ち上がった。
「重い荷を頼む」
宗茂が言う。
「承知しました」
十時は腕をまくった。
誾千代も立ち上がる。
「私も行く」
宗茂が顔を上げた。
「何をする」
「分かんない」
「分からないのか」
「行けば何かあるでしょう」
宗茂は一瞬だけ黙った。
「……まあ、あるだろうな」
「でしょう?」
その時、水路の向こうで城門が開く音がした。
続いて、馬の嘶きと荷車の軋む音。
さらに、大勢の人の声が重なって聞こえてくる。
誾千代が城門の方を見る。
「来たみたい」
「ああ」
宗茂もそちらへ目を向けた。
「行くぞ」
「うん」
宗茂が広間を出る。
誾千代がすぐに続き、十時と小野もその後を追った。
薦野は机の上の帳面を抱え直す。
「……これ以上、仕事が増えませんように」
そう呟いてから、自分でも無理だと思ったのか、胃の辺りを押さえた。
そして宗茂たちの後を追った。
◇
城門の向こうから、人の列が続いていた。
先頭には、道雪や紹運に仕えていた家臣たち。
その後ろには、妻子や年老いた親、小者、荷駄を引く者が続く。
馬の背には長持や俵が幾重にもくくりつけられ、荷車には鍋や桶まで積まれていた。
橋を渡り終えても、列の最後はまだ見えない。
「……多いね」
城門まで迎えに出た誾千代が呟く。
「多いな」
隣で宗茂が答えた。
その後ろでは、薦野増時が到着した者の名を書き留めていた。
だが、最初の十人を過ぎたあたりで、すでに顔が険しくなっている。
「一つの家には、何人おられるのです」
「私と妻と、母と、子が五人。それから弟夫婦と――」
「少々待たれよ」
薦野の筆が止まった。
「今ので十人です。まだ増えるのですか?」
「叔父夫婦と、その子が三人おります」
「もはや一家ではなく、一族ではありませんか!?」
「はい。寝所は別ですが、竈は一つにございます」
薦野は帳面へ目を落とした。
聞き取りを終えたのは、まだ十人ほど。
顔を上げれば、城門の向こうまで人の列が続いている。
最後尾は、ここからでは見えなかった。
薦野は、そっと胃の辺りを押さえた。
「薦野殿、聞き取りを待つ者は、まだまだおりますぞ」
隣で十時連貞が笑う。
「見れば分かります!」
「馬も数えるんですか」
「数えます!」
「鶏は?」
「……鶏?」
答えるように、荷車の籠から鶏が一羽、けたたましく鳴いた。
薦野はしばらく黙った。
鶏も薦野を見ている。
「……鶏もです」
「大変ですねぇ」
「他人事のように言わないでください!」
十時は笑ったまま肩を竦めた。
誾千代がそのやり取りを見ていると、列の中から声が上がった。
「姫様ではございませんか!」
白髪の交じった男が、荷を抱えたまま目を見開いている。
立花山城で長く見慣れた顔だった。
その後ろからも、懐かしい者たちが次々とこちらに気づく。
「誾千代様!」
「お元気でございましたか!」
「小姓姿がお似合いですなあ」
「そこ?」
誾千代が思わず返すと、あちこちから笑い声が起きた。
皆、旅の埃にまみれている。
着物も草鞋もくたびれ、幼い子供は母親の袖を握ったまま眠そうに目を擦っていた。
それでも、見知った顔に浮かぶ笑みは、立花山城にいた頃と変わらない。
「よく来たね」
誾千代が笑う。
「遠かったでしょう」
「姫様のおられるところなら、どこへでも参ります」
「殿、我らもようやく、お側に参れました」
皆の目が宗茂へ集まる。
宗茂は、一人一人へ深く頷いた。
「長い道を、よく来てくれた」
大きな声ではなかった。
だが、その一言を聞いただけで、目頭を押さえる老臣がいた。
紹運を失い。
道雪を失い。
それぞれ別の場所で耐えてきた者たちである。
ようやく、仕える家へ戻ってきたのだ。
誾千代の胸にも、温かいものが広がった。
その直後。
「こちらの荷は、どこへ運べばよろしいでしょう!」
「馬屋がいっぱいです!」
「子供が一人いません!」
「鶏が逃げました!」
温かな再会の空気は、一瞬で吹き飛んだ。
「子供を先に捜せ!」
宗茂が即座に声を飛ばす。
「鶏は!?」
「後だ!」
薦野が胃を押さえながら叫ぶ。
城門の内側が、たちまち騒がしくなった。
◇
城内の広場には、荷が山のように積まれていた。
長持。
俵。
弓。
槍。
鍋。
桶。
布団。
農具。
誰のものか分からなくならないよう札を結ばせたが、それでも似たような包みがいくつも並んでいる。
誾千代は大きな行李を一つ、肩へ担ぎ上げた。
「姫様!」
たまが甲高い声を上げる。
「何をなさっているのです!」
「運んでる」
「姫様がそのような荷をお運びになる必要はございません!」
「でも、手が足りないでしょう」
「だからといって、姫様がお運びになることはございません!」
「平気だよ。このくらい」
誾千代は行李を抱え直し、そのまま歩き出した。
ずしりと腕に重みはかかったが、足取りを鈍らせるほどではない。
「そういう問題ではございません!」
「誰も私を奥方だと思ってないから平気」
「そこが問題なのです!」
たまが追いかける。
その横を、十時が俵を二つ抱えて通り過ぎた。
誾千代が行李を抱えているのを見ると、楽しそうに笑う。
「姫様も働いてますねぇ」
それだけ言って、十時はそのまま荷の置き場へ向かおうとした。
「十時殿!」
遠くから薦野の声が飛んできた。
「遊んでないで、そちらを早く運んでください!」
「遊んでねえよ!」
「姫様と一緒にいる時は、大体遊んでるんですよ!」
「理不尽だなあ」
「姫様もです!」
「なんで私まで?」
薦野は帳面を抱えたまま、また胃の辺りを押さえた。
十時はぶつぶつ言いながら、俵を抱えたまま歩いていった。
行李を仮の置き場へ運ぶと、今度は女が困った顔で立っている。
家族の荷をどこへ置けばいいのか分からないらしい。
誾千代は近くの者へ声をかけ、空いている一角へ案内した。
一つ片づける間に、二つ困り事が増える。
宗茂の前へ積まれていた書状と同じだった。
忙しい理由が、少しずつ分かってきた。
だが、問題は荷の多さだけではない。
広場の端には、柳河城にもともといた者たちが集まっていた。
荷を運ぶのを手伝いながらも、表情は硬い。
立花や高橋の旧臣が通るたび、誰がどの屋敷へ入るのか、どの役目へ就くのかを探るように見ている。
新しく来た者たちも、相手を見返していた。
これまで柳河城を支えてきた者。
筑前から立花家とともに移ってきた者。
中には、かつて敵味方に分かれていた者もいる。
今日から同じ城で働けと言われても、すぐに肩を並べられるわけではない。
「殿」
柳河の城方を代表する男が、宗茂の前へ進み出た。
「我らの役目は、いかがなりましょう」
低い声だった。
その問いに、周囲のざわめきが少し弱くなる。
「これほど多くの方々がお入りになれば、これまでの屋敷も、詰所も足りませぬ。我らは明け渡すべきでしょうか」
新しく来た家臣たちの顔にも、緊張が走った。
宗茂は、すぐには答えなかった。
柳河の者。
筑前から来た者。
その両方を見渡す。
「屋敷も役目も、どちらの家に仕えていたかだけでは決めない」
静かだった広場へ、宗茂の声が届く。
「この土地を知る者には、その知識が要る。兵を動かせる者には兵を任せる。蔵を扱える者、水路を知る者、馬を見る者。それぞれ、できることを見て決める」
「しかし――」
「立花から来た者だから上に置くことはしない。柳河にいた者だから遠ざけることもしない」
宗茂の目が、双方へ向けられる。
「今日から、同じ家中だ」
誰も、すぐには声を上げなかった。
互いへの警戒が、それだけでなくなるわけではない。
それでも、柳河の者たちの肩から、ほんの少しだけ力が抜けた。
誾千代は、宗茂の横顔を見た。
戦場では、敵と味方ははっきりしている。
けれど領主となれば、それまで立場の違った者たちとも、同じ城を支えていかなければならない。
城を攻めるより、そこに暮らす人々を一つにする方が、よほど難しいのかもしれない。
「薦野」
「はい」
「まず二人一組にしろ。城内の道と水路は柳河の者に教えさせ、こちらの役目と決まりは旧臣から伝えさせる」
「承知しました」
薦野が帳面へ書きつける。
城門の外には、まだ人の列が続いている。
荷も、馬も、これからさらに増えるだろう。
ようやく落ち着き始めた柳河城は、また一気に騒がしくなった。
けれど、それは立花家がここで新しく始まるための騒がしさでもあった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
戦の中の癒しNIKU!




