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父が認めた男

こんにちは! あまはる です!

この物語を手に取っていただきありがとうございます。

※本作は史実を元にしたフィクションです。

 実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を

 多く含みます。

心にゆとりを持ってお読みください

 立花山城は、平地の城とはまるで違う。

 門を一つ越えるたびに坂があり、曲がり角があり、狭い通路が続く。

 敵が攻め上がれば、そのたびに迎え撃てる造りになっていた。

 誾千代(ぎんちよ)は慣れた足取りで石段を上がっていく。

 だが後ろのたまは違った。


「ま、待ってください姫様……!」


「たま遅いー」


「姫様が速すぎるのでございます!」


 誾千代はけろりとしている。

 薪運びの後とは思えない元気さだった。

 途中、鍛錬場の脇を通る。

 そこでは若い兵たちが木槍を振っていた。


「お、姫様だ!」


「姫様ー! 今日は何往復運んだんです?」


「薪? 三往復くらい!」


「ははは! 俺ら負けてるじゃねぇか!」


 兵たちが笑う。

 たまは頭を抱えた。


「姫様を基準にしてはいけません……!」


 しかし兵たちは楽しそうだった。

 誾千代は立花家の姫であると同時に、家中にとって身近な存在でもある。

 気軽に声を掛けられる。

 一緒に笑える。

 それでいて、いざ槍を持てば誰より強い。

 だから皆、彼女を慕っていた。


「姫様、今度また手合わせしてくださいよ!」


「いいよー」


「この前みたいに投げ飛ばさないでくださいね!?」


「え、あれはそっちから突っ込んできたじゃん」


「普通の姫様は受け止めません!」


 どっと笑いが起こる。

 その時だった。


「……騒がしいな」


 腹のそこまで響くような低い声。

 空気が変わった。

 兵たちの背筋が一瞬で伸びる。


 鍛錬場の奥から現れたのは、一人の武将だった。


 白髪交じりの髪。

 鋭い目。

 そして片足を引きずりながらも揺るがぬ威圧感。


 立花道雪。


 その姿を見ただけで、場が静まり返る。

 誾千代だけが、いつも通りだった。


「父上!」


「お前はまた山を駆け回っていたのか」


「薪運んでた!」


 即答だった。


「薪だと!?」


 道雪の少し裏返った声に、兵たちは必死で笑いを堪える。

 道雪は娘の格好を見下ろした。

 裾には土がつき、髪も少し乱れていた。


「たま」


「は、はい!」


「苦労を掛けるな」


「本当にでございます……」


 たまは半泣きで答える。

 誾千代はむっとした。


「なんで私が悪いみたいになってるの」


「どう見てもお前が悪い」


「えぇー」


 道雪は小さくため息をついた。

 だがその目は、どこか柔らかい。

 家臣たちは知っていた。

 雷神と恐れられる道雪は、娘にだけは甘い。

 もちろん本人は認めない。

 だが誾千代が熱を出せば城中が慌ただしくなり、怪我をすれば名医を呼び寄せる。

 それを知る家臣たちは、密かにこう囁いていた。


 ――立花家で一番逆らってはいけないのは姫様である。


「誾千代」


「なに?」


「これより客人に会う」


「……うぅ」


「立花の名を背負う自覚を持て」


 誾千代は苦い顔になる。


 父がこういう口調の時は、本当に大事な話なのだ。


「……その人、強い?」


 道雪の片眉がわずかに上がった。


「なんでだ?」


「だって弱い人やだし」


「お前はそればかりだな」


「大事じゃん」


 誾千代は当然のように言った。

 戦の時代だ。

 強さは、生き残る力でもある。

 誾千代にとって武とは、ただ人を傷つけるためのものではなかった。

 守るための力。

 立花を守るための力。

 父と並ぶための力。

 だからこそ、隣に立つ相手にもそれを求める。


 道雪は娘をじっと見た。

 そして。


「……弱くはない」


 短く答えた。


 誾千代は少しだけ目を丸くする。

 道雪は滅多に他人を褒めない。

 その父が認めるということは、本当に実力があるのだろう。


「わぁ」


 少しだけ興味が湧いた。

 たまはその反応にほっと胸を撫で下ろす。


「姫様、とにかく失礼のないようお願いいたしますよ?」


「分かってるって」


「本当でございますか?」


「たぶん」


「不安しかありません……!」


 再び兵たちから笑いが漏れた。

 道雪は鍛錬場を見渡す。

 若い兵たちは慌てて槍を構え直した。


「鍛錬を止めるな」


「はっ!」


 鋭い返事が響く。

 誾千代はその光景を見ながら、小さく笑った。

 立花家は厳しい。

 だが嫌いではない。

 皆が戦い、生きようとしている。

 そんな空気が好きだった。




 城の奥へ進むにつれ、空気は少しずつ静かになっていく。

 侍女や小姓たちが慌ただしく動き回り、広間の準備を進めていた。


「姫様、お美しいです!」


「髪、もう少し整えますか?」


「帯は苦しくありませんか?」


「苦しい」


「我慢してくださいませ!」


 誾千代はげんなりした顔をする。

 普段ならもっと楽な格好をしている。

 だが今日は違った。


 小袖は淡い生成りに近い白。

 そこへ細く織り込まれた青海波の文様が、光の加減で静かに浮かぶ。


 袴は深い紅ではなく、やや落ち着いた蘇芳色。

 武家の姫らしく動きやすさを残しながらも、決して質素には見えない。


 肩には薄紫の小袖羽織を軽く重ね、袖口と裾には立花の杏葉紋。


 髪は長く艶やかで、後ろでゆるくまとめられている。

 飾りは銀の笄が一本だけ。

 余計な宝飾はない。


 だが、その控えめな装いがかえって、彼女自身の気高さを際立たせていた。

 立花家の姫として、人前に出る日。

 それを理解しているからこそ、文句を言いながらも逃げ出さない。

 その時だった。


 廊下の向こうから声が聞こえてくる。


「宗茂様は、もう広間へ?」


「はっ。先ほど到着されたとか」


「少し見たけど、さすが名高い武将よな……」


 誾千代の耳がぴくりと動く。


「そんなに有名なの?」


「はい。若くして数々の武功を立てられております」


「ふーん」


 誾千代は腕を組んだ。


「でも顔がいいって話、まだ半分しか信じてない」


「姫様はそこを疑っておられるのですか!?」


「だってそんな全部そろってる人いる?」


「おります!」


 たまは今日だけで何度目か分からない力説をした。


 誾千代はくすりと笑う。

 心のどこかで、少しだけ胸が高鳴っていた。


 どんな相手なのだろう。

 父が認めるほど強い男。

 そして、立花家へ来る人。


 ふと。


 山の外から風が吹き込んできた。


 秋風だった。

 木々がざわめく。

 戦乱の時代の風。


 九州では今も各地で戦が起きている。

 明日には誰が死ぬか分からない。


 そんな時代の中で。

 誾千代は、まだ見ぬ相手との出会いへ向かっていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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