旦那様と戦場の匂い
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます。
※本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
深呼吸~(∩ˇωˇ)∩スゥ…(⊃ˇωˇ)⊃ハー
更新は21:00になります♬.*゜
南関峠の戦から数日。
立花勢は、立花山城へ戻っていた。
山の上へ築かれた城は、湿った夏の風を受けながら、静かに霧へ沈んでいる。
――だが、中は静かではない。
槍が運ばれる。
矢束が積まれる。
火縄が干される。
兵糧俵が転がる。
兵たちの足音が、昼も夜も止まらなかった。
戦は終わっていない。
誰もが、それを分かっている。
「島津氏、さらに北上中!」
「肥後方面、複数の城で交戦!」
「撤退兵、再集結との報も!」
報せが届くたび、城の空気が少しずつ重くなる。
勝ったはずなのに。
立花山城には、“次が来る”空気だけが満ちていた。
◇
「はいはい! 使える矢はこっち!」
そんな中でも、薦野増時の声は今日も響いている。
「矢柄折れてないの分けて! 槍先は研ぎ直す!」
南関峠から回収された武具が、広間いっぱいに並べられていた。
「薦野殿ー! これ使えますか!」
「使える!」
「こっち血が――」
「洗えばいい!」
ものすごく現実的だった。
十時連貞が豪快に笑う。
「いやぁ! 島津、やっぱ強ぇな!」
「楽しそうに言わないでください!」
「強い相手のほうが燃えるだろ!」
「だから前へ出すぎるんですよ!」
薦野の胃は、今日も痛そうだった。
◇
少し離れた場所では、誾千代が回収された槍を興味深そうに見ていた。
「へぇ……」
指先で、そっと柄へ触れる。
長い。
重い。
実戦用だとすぐ分かった。
「島津兵の槍ですね」
小野鎮幸が静かに言う。
相変わらず表情は薄いが、視線だけは鋭い。
「押し合い向きです」
「重そう」
「その分、前へ出る力があります」
誾千代は穂先を見る。
刃こぼれ。
削れた跡。
血の染み。
本当に、人を斬ってきた槍だった。
「……これで戦ってたんだ」
南関で見た。
押し寄せてくる島津兵。
崩れない列。
退きながらも乱れない動き。
あれを思い出す。
「島津、強かったね」
ぽつりと零す。
小野は少し考えてから答えた。
「そうですね」
「特に島津は、“退いた後”が厄介です」
「退いた後?」
「はい」
小野は槍を一本手に取った。
「島津は、わざと退く」
「え?」
「追わせるためです」
誾千代が目を丸くする。
「追ってきたところを伏兵で挟む。反転して叩く」
「それが島津の得意戦法――釣り野伏せです」
「うわ、嫌な戦い方」
「非常に嫌です」
珍しく小野が即答した。
「南関で宗茂様が深追いしなかったのも、それを警戒したからでしょう」
誾千代は少し黙る。
戦って、勝って終わりじゃない。
退く時すら罠になる。
その現実が、少しずつ分かり始めていた。
そこへ、一人の男が入ってくる。
「旦那様!」
誾千代の顔がぱっと明るくなった。
立花宗茂。
今日は具足ではなく、黒の小袖姿だった。
長身。
涼しげな目元。
戦場では鬼みたいに鋭いのに、今は少し肩の力が抜けている。
十時が姿勢を直し、薦野が一歩下がる。
宗茂は武具の並ぶ広間を見回した。
「回収数は」
「槍二十七、刀六、弓十数張りです」
薦野が即答する。
「使えるものは再利用します」
「分かった」
短い返事。
だが宗茂は、そのまま一本の槍を手に取り、穂先を確かめた。
「……島津らしいな」
「分かるの?」
誾千代が覗き込む。
宗茂は少し笑った。
「重い」
「押し切るための槍だ」
「へぇ……」
誾千代は感心したように槍を見る。
その横顔を見て、宗茂はわずかに口元を緩めた。
「楽しそうだな」
「だって知らないことばっかりだもん」
「戦は楽しい場所じゃないぞ」
「それは分かってる」
誾千代は少しだけ真顔になる。
「……怖かったし」
一瞬だけ、空気が静かになる。
南関で見た血。
倒れる兵。
槍の音。
あれは忘れられない。
「でも、目は離せなかった」
宗茂は、その言葉に少しだけ目を細めた。
「そうか」
短い。
けれど、否定はしなかった。
◇
「旦那様って寝てる?」
突然、誾千代が聞く。
「寝た」
「絶対うそ」
即答だった。
机には地図。
書状。
配置図。
どう見ても寝ていない。
「また地図見てたでしょ」
「見る必要がある」
「でも倒れたら意味ないよ?」
宗茂が誾千代を見る。
そして小さく笑った。
「……お前、最近やたらうるさいな」
「心配してるの!」
誾千代は頬を膨らませた。
十時が吹き出す。
「夫婦っぽいなぁ」
「黙ってください」
薦野が即座に止めた。
だが少しだけ、広間の空気が緩む。
その時だった。
「報せ!!」
兵が駆け込んでくる。
一瞬で空気が変わった。
「島津軍、さらに進軍!」
「筑前方面、各地で接触開始!」
広間が静まり返る。
宗茂の視線が上がった。
「……どこだ」
「岩屋方面です!」
空気が重く落ちる。
岩屋城。
立花山城へ至る道を塞ぐ前衛の城。
そこが崩れれば、敵は北へ流れ込む。
宗茂は静かに地図へ触れた。
「……早いな」
ぽつりと呟く。
誾千代も、もう笑っていなかった。
南関で分かった。
戦は、一度勝てば終わるものじゃない。
次が来る。
もっと大きいのが来る。
湿った夏の風が吹き抜けた。
宗茂は、ゆっくり顔を上げる。
「準備しろ」
短い。
それだけで全員が動き出した。
槍が持ち上がる。
鎧が鳴る。
足音が重なる。
立花勢が、再び動き始める。
北へ迫る島津を止めるために。
誾千代は、ぎゅっと手を握った。
怖い。
でも。
――また旦那様の隣へ行きたい。
そう思った自分が、少しだけいた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




