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『西国最強の夫婦まかり通る! 〜旦那様は今日も素敵です〜』  作者: 平子 天陽


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17/31

旦那様と戦場の匂い

こんにちは! あまはる です!

この物語を手に取っていただきありがとうございます。

※本作は史実を元にしたフィクションです。

 実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。

深呼吸~(∩ˇωˇ)∩スゥ…(⊃ˇωˇ)⊃ハー

更新は21:00になります♬.*゜

 南関峠の戦から数日。


 立花勢は、立花山城へ戻っていた。


 山の上へ築かれた城は、湿った夏の風を受けながら、静かに霧へ沈んでいる。


 ――だが、中は静かではない。


 槍が運ばれる。

 矢束が積まれる。

 火縄が干される。

 兵糧俵が転がる。


 兵たちの足音が、昼も夜も止まらなかった。


 戦は終わっていない。

 誰もが、それを分かっている。


「島津氏、さらに北上中!」


「肥後方面、複数の城で交戦!」


「撤退兵、再集結との報も!」


 報せが届くたび、城の空気が少しずつ重くなる。

 勝ったはずなのに。

 立花山城には、“次が来る”空気だけが満ちていた。


     ◇


「はいはい! 使える矢はこっち!」


 そんな中でも、薦野増時の声は今日も響いている。


「矢柄折れてないの分けて! 槍先は研ぎ直す!」


 南関峠から回収された武具が、広間いっぱいに並べられていた。


「薦野殿ー! これ使えますか!」


「使える!」


「こっち血が――」


「洗えばいい!」


 ものすごく現実的だった。

 十時連貞が豪快に笑う。


「いやぁ! 島津、やっぱ強ぇな!」


「楽しそうに言わないでください!」


「強い相手のほうが燃えるだろ!」


「だから前へ出すぎるんですよ!」


 薦野の胃は、今日も痛そうだった。


     ◇


 少し離れた場所では、誾千代が回収された槍を興味深そうに見ていた。


「へぇ……」


 指先で、そっと柄へ触れる。

 長い。

 重い。

 実戦用だとすぐ分かった。


「島津兵の槍ですね」


 小野鎮幸が静かに言う。

 相変わらず表情は薄いが、視線だけは鋭い。


「押し合い向きです」


「重そう」


「その分、前へ出る力があります」


 誾千代は穂先を見る。

 刃こぼれ。

 削れた跡。

 血の染み。

 本当に、人を斬ってきた槍だった。


「……これで戦ってたんだ」


 南関で見た。

 押し寄せてくる島津兵。

 崩れない列。

 退きながらも乱れない動き。

 あれを思い出す。


「島津、強かったね」


 ぽつりと零す。

 小野は少し考えてから答えた。


「そうですね」


「特に島津は、“退いた後”が厄介です」


「退いた後?」


「はい」


 小野は槍を一本手に取った。


「島津は、わざと退く」


「え?」


「追わせるためです」


 誾千代が目を丸くする。


「追ってきたところを伏兵で挟む。反転して叩く」


「それが島津の得意戦法――釣り野伏せです」


「うわ、嫌な戦い方」


「非常に嫌です」


 珍しく小野が即答した。


「南関で宗茂様が深追いしなかったのも、それを警戒したからでしょう」


 誾千代は少し黙る。

 戦って、勝って終わりじゃない。

 退く時すら罠になる。

 その現実が、少しずつ分かり始めていた。


 そこへ、一人の男が入ってくる。


「旦那様!」


 誾千代の顔がぱっと明るくなった。


 立花宗茂。

 今日は具足ではなく、黒の小袖姿だった。

 長身。

 涼しげな目元。

 戦場では鬼みたいに鋭いのに、今は少し肩の力が抜けている。


 十時が姿勢を直し、薦野が一歩下がる。

 宗茂は武具の並ぶ広間を見回した。


「回収数は」


「槍二十七、刀六、弓十数張りです」


 薦野が即答する。


「使えるものは再利用します」


「分かった」


 短い返事。

 だが宗茂は、そのまま一本の槍を手に取り、穂先を確かめた。


「……島津らしいな」


「分かるの?」


 誾千代が覗き込む。

 宗茂は少し笑った。


「重い」


「押し切るための槍だ」


「へぇ……」


 誾千代は感心したように槍を見る。

 その横顔を見て、宗茂はわずかに口元を緩めた。


「楽しそうだな」


「だって知らないことばっかりだもん」


「戦は楽しい場所じゃないぞ」


「それは分かってる」


 誾千代は少しだけ真顔になる。


「……怖かったし」


 一瞬だけ、空気が静かになる。

 南関で見た血。

 倒れる兵。

 槍の音。

 あれは忘れられない。


「でも、目は離せなかった」


 宗茂は、その言葉に少しだけ目を細めた。


「そうか」


 短い。

 けれど、否定はしなかった。


     ◇


「旦那様って寝てる?」


 突然、誾千代が聞く。


「寝た」


「絶対うそ」


 即答だった。

 机には地図。

 書状。

 配置図。

 どう見ても寝ていない。


「また地図見てたでしょ」


「見る必要がある」


「でも倒れたら意味ないよ?」


 宗茂が誾千代を見る。

 そして小さく笑った。


「……お前、最近やたらうるさいな」


「心配してるの!」


 誾千代は頬を膨らませた。

 十時が吹き出す。


「夫婦っぽいなぁ」


「黙ってください」


 薦野が即座に止めた。

 だが少しだけ、広間の空気が緩む。


 その時だった。


「報せ!!」


 兵が駆け込んでくる。

 一瞬で空気が変わった。


「島津軍、さらに進軍!」


「筑前方面、各地で接触開始!」


 広間が静まり返る。

 宗茂の視線が上がった。


「……どこだ」


「岩屋方面です!」


 空気が重く落ちる。


 岩屋城。


 立花山城へ至る道を塞ぐ前衛の城。

 そこが崩れれば、敵は北へ流れ込む。

 宗茂は静かに地図へ触れた。


「……早いな」


 ぽつりと呟く。

 誾千代も、もう笑っていなかった。


 南関で分かった。

 戦は、一度勝てば終わるものじゃない。

 次が来る。

 もっと大きいのが来る。


 湿った夏の風が吹き抜けた。

 宗茂は、ゆっくり顔を上げる。


「準備しろ」


 短い。

 それだけで全員が動き出した。


 槍が持ち上がる。

 鎧が鳴る。

 足音が重なる。

 立花勢が、再び動き始める。

 北へ迫る島津を止めるために。


 誾千代は、ぎゅっと手を握った。


 怖い。

 でも。


 ――また旦那様の隣へ行きたい。


 そう思った自分が、少しだけいた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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