誾千代、初陣暴発
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます。
※本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
心にゆとりを持ってお読みください(^^)
更新は21:00になります
山は、まだ静まり返っていた。
つい先ほどまで槍がぶつかり合っていたとは思えない。
湿った土。
折れた矢。
ぬかるみに残る足跡。
戦の跡だけが、そこに残っている。
「……終わった?」
立花誾千代が、小さく呟いた。
槍を握ったまま、山の下を見る。
だが。
「まだだ」
立花宗茂は即座に答えた。
視線は、一度も山の下から外れていない。
「引いただけだ」
低い声。
その隣で、小野鎮幸が静かに目を細める。
「撤退の列が整いすぎていますね」
「ああ」
宗茂は短く返した。
敗走ではない。
押し返されながらも、最後尾が綺麗に残っていた。
退きながら、追撃を防ぐ形。
島津の軍は、まだ死んでいない。
その時だった。
山の下。
木々の奥が、再び揺れた。
「――来るぞ」
宗茂の声と同時。
空気が変わった。
「弓、構え!」
小野が即座に声を飛ばす。
前列が動く。
弓が上がる。
十時連貞は槍を肩へ担ぎ直し、
豪快に笑った。
「よぉし!! 二回戦だ!!」
「嬉しそうに言わないでください!」
薦野増時が怒鳴る。
「こっちは矢数計算してるんですよ!!」
「細けぇ!!」
「細かくなきゃ全員死にます!!」
そのやり取りの最中。
黒い影が、一気に山道へ現れた。
さっきより速い。
迷いがない。
「放て!!」
矢が走る。
悲鳴。
転倒。
だが止まらない。
島津勢は、そのまま突っ込んできた。
「槍!!」
宗茂の声。
立花勢の前列が、一斉に槍を揃える。
細い山道を塞ぐ、槍の壁。
直後。
激突した。
金属音が山へ響く。
槍が滑る。
鎧がぶつかる。
泥が跳ねる。
距離が近い。
息がかかるほど近い。
「押せぇぇぇ!!」
十時が最前列へ飛び込んだ。
巨大な槍を横薙ぎに振るう。
一人弾き飛ばす。
そのまま踏み込む。
「下がんな!! 押し返せ!!」
豪快な怒声。
前線が、一気に押し返し始める。
「十時殿! 前出すぎです!!」
薦野が叫ぶ。
「死ぬぞ!」
「死なん!!」
「どっからその自信来るんですか!!」
後方では、
薦野が走り回っていた。
「火縄隊、右寄せろ!」
「矢束こっちだ!」
「負傷者下げろ! 道塞ぐな!!」
誰よりも忙しい。
崩れかける場所を、
必死に立て直している。
一方。
小野は静かだった。
「宗茂様」
「左は引け」
「はい」
それだけ。
次の瞬間、
小野は無言で左列を下げさせた。
直後。
ぬかるんだ山肌が崩れる。
島津側の数人が足を取られた。
そこへ。
「今だ、押せ」
宗茂の声。
立花勢が、一気に押し返した。
誾千代は、その全てを見ていた。
人が倒れる。
血が飛ぶ。
槍が刺さる。
悲鳴が響く。
怖い。
本当に、人が死ぬ。
なのに。
胸の奥が熱かった。
恐怖と、
興奮が、
ぐちゃぐちゃに混ざっている。
「……すごい」
思わず漏れる。
その時。
前列が、一瞬だけ揺れた。
敵が押し込んできた。
槍の隙間が開く。
誰かが倒れる。
空気が乱れた。
そして。
誾千代は考えるより先に動いていた。
「行く」
一言。
ぬかるみを蹴る。
「あっ」
薦野が固まる。
「姫様ぁぁぁぁ!!?」
十時の絶叫が山へ響いた。
だが、もう遅い。
誾千代は槍の間へ飛び込んでいた。
速い。
小柄な体が、兵の隙間を抜ける。
敵の槍を避け、踏み込み、
そのまま突き出した。
鈍い感触。
止まる。
人を突いた。
一瞬だけ、
時間が止まった気がした。
だが。
次の瞬間には、
もう身体が動いている。
「邪魔ぁ!!」
押す。
突く。
前へ出る。
戦の流れを、無理やり掻き回すみたいに。
宗茂が、小さく息を吐いた。
怒ってはいない。
止めても無駄だと、分かっていた。
「十時」
「はい!!」
「死なせるな」
「お任せを!!」
十時が笑う。
そのまま誾千代の横へ飛び込み、敵を弾き飛ばした。
「姫様! 前出すぎです!!」
「十時もでしょ!!」
「俺はいいんです!!」
「なんで!?」
「俺だからです!!」
意味は分からない。
でも、
その勢いのまま。
立花勢が押し返す。
槍が前へ出る。
島津側の動きが止まった。
そして。
少しずつ、下がり始める。
今度こそ、本当の撤退だった。
山の下へ、黒い影が消えていく。
やがて。
静寂だけが残った。
荒い呼吸。
血の匂い。
湿った火薬の臭い。
誰もしばらく動かない。
本当に終わったのか、
確かめている時間だった。
「……終わった、か」
小野が静かに呟く。
薦野はその場にしゃがみ込んだ。
「胃が痛い……」
「戦場で胃痛くなる人初めて見た」
十時が笑う。
「姫様のせいです!!」
即答だった。
誾千代は、自分の槍を見ていた。
穂先に、血がついている。
さっきの感触が、まだ手に残っていた。
怖い。
でも。
「……戦った、って感じ」
ぽつりと呟く。
その横で、
誰かが大槍を持ち上げた。
「これ、まだ使えます!」
誾千代の目が、そちらへ向く。
長い。
大きい。
重そうだ。
「……やっぱりさ」
少しだけ笑う。
「日本号みたいなの、欲しいよね」
宗茂が横目で見る。
「名前では強くならん」
「でも、かっこいいじゃん」
誾千代は、そう言って笑った。
その笑顔の向こうで。
南関峠には、
まだ湿った火薬の匂いが残っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
宗茂の兜、「月輪」は“満月の輪”みたいな意匠です(^^)




