表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『西国最強の夫婦まかり通る! 〜旦那様は今日も素敵です〜』  作者: 平子 天陽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/31

境目

こんにちは! あまはる です!

この物語を手に取っていただきありがとうございます。

※本作は史実を元にしたフィクションです。

 実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。

心にゆとりを持ってお読みください(^^)

更新は21:00になります

 鍋の夜から、しばらく経っていた。


 立花山城には、いつもの風が吹いている。

 誾千代は縁側に寝転がりながら、文を書いていた。


「……よし!」


 満足そうに顔を上げる。


「何を書いているんですか」


 近くを通った宗茂が声をかけた。


「義久ちゃんへの手紙!」


 即答だった。

 宗茂は少しだけ黙る。


 島津義久。

 島津家当主。


 そして誾千代の文通相手。

 未だに慣れない情報だった。


「今回は何を書いたんです?」


「わらすぼの感想!」


「……なるほど」


「“見た目は妖怪だったけど味はおいしかったです”って書いた!」


 誾千代は楽しそうに笑う。


「あとね、義弘ちゃん、大根しか引いてなかった!」


「それは見ていました」


「絶対へこんでると思う」


「でしょうね」


 穏やかな時間だった。

 少なくとも、この場所だけは。


 だが、九州の空気は少しずつ変わっていた。


 小さな小競り合いは、もう珍しくない。

 荷駄が襲われる。

 村が焼かれる。

 境で槍が交わる。

 戦にならない程度の争いが、日常のように増えていた。

 そして、その“日常”が、ゆっくり広がっている。




 ある日の昼。


「宗茂様!」


 若い武士が駆け込んできた。


「境で衝突があったとの報です!」


 宗茂が振り向く。


「規模は」


「小競り合い程度かと」


 最近よく聞く言葉だった。

 小競り合い。

 だが、その“小さな争い”で人は死ぬ。


「わかりました。向かいます」


 宗茂は立ち上がる。

 すると。


「私も行く!」


 後ろから即座に声が飛んだ。

 誾千代だった。


「駄目です」


「なんで!」


「危ないからです」


「見るだけ!」


「なおさら駄目です」


「えー!」


 不満そうに頬を膨らませる。

 だが、その目は真剣だった。

 好奇心だけではない。

 何かを確かめたがっているようにも見える。


 宗茂は少し考えた。

 そして、短く息を吐く。


「……離れた場所からなら」


「やった!」


 表情が一気に明るくなる。

 その変わり身の早さに、宗茂は少しだけ頭を押さえた。


 ◇


 現地へ着いた頃には、戦はもう終わっていた。


 あまりにも短い衝突だった。

 勝った負けたというより、ぶつかって散っただけ。


 だが。

 空気だけが違った。

 焼けた木の匂い。

 土に混じる血の臭い。

 折れた槍。

 倒れた馬。

 崩れた荷車。

 誰かの草履。


 ついさっきまで人がいた気配だけが、生々しく残っている。


 誾千代は、何も言わなかった。

 さっきまでの勢いが嘘みたいに静かだった。


 宗茂は、その横顔を見る。


 目は動いている。

 焼け跡を見ている。

 血を見ている。

 運ばれていく負傷者を見ている。


 そして。

 地面に伏せたまま動かない人影を見た時。

 誾千代の足が、ぴたりと止まった。


「……寝てるの?」


 小さな声だった。

 近くにいた武士が、少しだけ視線を伏せる。


「違います」


 短い返答。

 それだけで十分だった。

 誾千代はその場から動かなかった。


「起きないの?」


 返事はない。


「怪我してるだけじゃなくて?」


 武士は困ったように口を閉ざした。


 誾千代は、その人を見た。


 若い男だった。

 顔には土がついている。

 手には傷もあった。

 だが、それだけだ。

 眠っているようにしか見えない。


 なのに。

 誰も起こそうとしない。

 誰も名前を呼ばない。

 誰も助けようとしない。


 風が吹いた。

 焦げた匂いが流れていく。

 遠くで誰かの怒鳴り声がした。

 だが、それもどこか遠かった。


「……死んだの?」


 今度は誰にも聞いていない。

 自分で答えを確かめるような声だった。


 宗茂は何も言わない。

 言葉にするには、まだ早い気がした。

 誾千代も、それ以上は聞かなかった。


 ただ。

 その人を見続けていた。


 ◇


 帰り道。

 誾千代は珍しく静かだった。


 いつもなら何かしら喋っている。

 道端の花とか。

 空の色とか。

 晩ごはんの話とか。


 だが今日は違った。

 馬の足音だけが続く。


 やがて。


「旦那様」


 不意に誾千代が口を開いた。


「なんですか」


「……怖くないの?」


 宗茂は少し考えた。

 そして静かに答える。


「怖いですよ」


 誾千代が足を止める。

 少し意外そうだった。


「怖いの?」


「怖いです」


 宗茂は前を向いたまま続ける。


「死ぬのも怖いですし」


 一拍。


「大切な人が死ぬのも怖いです」


 風が吹く。

 夕日が山を赤く染めていた。


「じゃあなんで戦うの?」


 小さな声だった。

 宗茂は少しだけ目を細める。


「守りたいものがあるからです」


 それ以上は言わなかった。

 誾千代も何も言わなかった。


 ただ。

 その言葉だけは胸に残った。



 立花山城へ戻ったあとも、誾千代はどこか静かだった。


 机に向かい、文を書こうとして。

 しばらく筆を止める。


「……義久ちゃんになんて書こう」


 小さく呟く。


 宗茂は、その言葉を聞きながら思う。

 この人は、まだ戦を知らない。


 だが。

 今日、初めてその“入口”を見たのだろう。


 外では、風が鳴っていた。

 九州の空気は、少しずつ変わり始めていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

やっと戦国っぽくなってきました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ