24 野生の嗅覚
「フローラ様ぁ…っ、ララは、ララは感動致しました!!あのような追いつめられた状況で『創造』の力を完っ璧にコントロールし粉砕したナイフを創り直すだなんて……天才ですか!?達人ですか!??」
「ふっふっふっ、照れるべ照れるべ!最初創造さしたら、ナイフ素材のヒヨコさ出来て絶望したけんど、ギリギリでなんとか復元出来ただ。それもこれも、ララが素晴らしい話術で時間を稼いでくれたおかげだべ」
「フローラ様ぁぁ」
そもそもフローラが怪力をコントロール出来ていれば起きなかった悲劇だし、ララの援護もまったく時間稼ぎになってはいなかった。
二人は低い次元でお互いの健闘を讃え合う。
「それよりご飯あんまり食べれなかったからお腹空いたべ。急いでお弁当食べるど!」
「そうですね」
いつもお弁当を食べている空教室を目指し、二人は早足で廊下を進んだ。
その途中、黒髪の長身の男とすれ違う。
すれ違う時、懐かしいような安心するような、それでいて泣きたくなるような甘い香りがふわっと流れてきた。
歩きながらチラッと後ろを振り向けば、黒髪の男もこちらを見ていたような気がしたが、すぐに興味を無くしたフローラは前に向き直り歩き続けた。
黒髪の男は廊下を少し進んでからピタ、と立ち止まる。
振り返ると、茶色の髪を今時どこに行っても見かけないおさげにした女の子が、廊下の角を曲がり見えなくなるところだった。
「…?」
よく分からない感情が湧き上がって来るのを感じ思わず立ち止まってしまったが、女の子の姿が見えなくなるとその感情も消えたので、不思議に思いながらも黒髪の男はまた歩き出した。
***
それからしばらくの間、フローラの学園生活は平穏だった。
クラスメイト達に影でひそひそと噂されることもないし、クスクス笑われることもない。
フローラは「快適だべ〜」とご満悦に学園生活を送る。
女帝アマンダを筆頭とした女子達は、リアムが許可を出した以上侍女を連れ歩くフローラを表立って非難することは出来なくなってしまった。
だが、いまだ婚約者を決めていないリアムの名を田舎の男爵令嬢の分際で馴れ馴れしく呼び、しかもリアムだけでなく、リアムと人気を二分する伯爵子息であるトーマスと共に、王族専用特別室で食事をしたという噂で持ち切りの図々しいフローラのことを決して許してはいない。
アマンダ達は実に貴族の女らしい、陰険で回りくどいやり方でフローラに嫌がらせをすることにした。
「フローラ様、くじ引きで今週の教材準備担当者に決まりましてよ」
「クラス委員長は満場一致でフローラ様に決まりました。公平なる多数決での決定ですので拒否権はありませんわ」
「歴史、数学、物理学の提出物の回収、本日中に頼みますわね、委員長?」
「学園の美化向上月間に、我がクラスは花壇の手入れを担当することになりましたの。みなさん忙しいみたいで…お暇なフローラ様、お願い致しますね」
「ぇ……、わ、わかり、ました?」
なにがなにやら分からないうちに、フローラは色々なことを押し付けられてしまった。
平穏な日々は短かった上に環境は前より悪化した。
「なしてこんなにやることが多いんだべ…??」
放課後、フローラは頼まれた花壇の手入れをしながらぼやく。
軍手とほっかむりをつけて日焼け対策をしたフローラの姿は紛うことなき「どっかの農村にいる村人」だ。
ちなみに、やることが多すぎてフローラとは別行動になってしまったララは、今頃鬼のように仕事を片付けていることだろう。
ララは最後までフローラを一人にすることに難色を示していたが、祝福の力が制御出来なくても比較的問題のない花壇の手入れをフローラが担当することでなんとか受け入れてくれた。
だって、タラタラやっていると寮の夕食の門限七時を越えてしまいそうなほどやる事が多いのだ。効率よくやらねば夕食抜きになってしまう。
人気のない校舎裏、おそらく誰も見ないであろう場所に、放置されてしばらく経っている大きめの花壇が三つ。花壇は雑草パラダイスと化している。
こんな人が絶対来ないような場所にある花壇まで手入れをするだなんて学園の美化向上意識って高いんだべな、とフローラは感心する。
そもそも、常に美しい状態が保たれているのだから、学園に美化向上月間など存在しない。
ここは取り壊す予定の場所の為、放置されているだけ。
つまり全部アマンダ達の嫌がらせだ。
それらしいことを言われれば「そうなのか」とすぐに信じてしまうフローラを騙すことなど朝飯前だったことだろう。
ほっかむりで流れる汗を拭い、引っこ抜いても引っこ抜いても終わりの見えない雑草と格闘していると、雑草に紛れて見えていなかったが白いベンチが置かれていることに気がついた。
しかもそのベンチに横になり、顔の上に本を被せ居眠りをしている男までいるではないか。
驚いたフローラはガサガサと雑草を掻き分けベンチに近寄り男を観察する。
フローラはこういう自然が大好きだったし、こんなところにベンチを発見したら間違いなく横になっている。この人と同じように。
つまり、親近感が湧いた。
それに…なんかいい匂いがするだ。
この匂い、どこかで…?と考えたところで男が身じろぎ、顔の上に置かれていた本がバサッと落ちた。
起きた男と目が合う。
目の前にフローラがいて驚いたのだろうか、吸い込まれそうなほどの漆黒の瞳は大きく見開かれている。
黒い髪は貴族男性にしては短めで、フローラ的に清潔感があって良いと感じた。
「切れ長の目はパッチリしてるし鼻は高いしなんかモテそうな男だべな〜」と思ったフローラだが、そこで男に対する感想は途切れた。
なぜなら急にきつく抱きしめられ、それ以上男の顔を見ることが出来なくなってしまったからだ。




