25 はじめてのお友達
見知らぬ男に抱きしめられる―――それはフローラにしてみれば初めての経験だった。
通常であれば顎に頭突きを食らわせ相手が怯んだ隙に背後へと回り込み首を折るところだが、そうはしなかった。
なぜなら、抱きしめられてホッとしたからだ。
その理由を考えても分からずしばらく見知らぬ男に大人しく抱きしめられていると―――
「死ね!!!」
物騒な言葉と共にララから放たれた複数の暗器が男の顔面に突き刺さる……かと思われたが、男はフローラをトンッと手放し最小限の動作で首を捻り暗器を避ける。
男が避けた先、大きな木の幹にカカカッと刺さったのは太めの針状の金属棒。
ララは先ほどまで離れた場所にいたはずなのに一瞬でこちらまで距離を詰めて来た。
器用にも走りながら正確に暗器を投げたようだ。
「ララ!!」
「フローラ様!ご無事ですか!?五秒で殺ります!」
「たった五秒でヤらないでけれ!?」
フローラは侍女の制服のポケットに手を突っ込んだララに慌てて飛びつき、なんとか殺戮を阻止する。
「しかしっ…、フローラ様に不埒を働いたこの無礼な男は存在事態を消去、あるいは最低でも去勢しなければまた絶対同じことを繰り返します!!こういう輩の再犯率は高いのです!!!」
「…いや、悪いのは私なのだがそこまで言われねばならないのか……」
直接頭に響いてくるような、深く低めの声。
フローラがララに必死にしがみつきながら声のした方を見ると、男が落ち込んだような、困ったような顔をしてこちらを見ていた。
「本当にすまなかった。寝ぼけていたとはいえ、女性をいきなり抱きしめるなど決してやっていいことではなかった。何をされても文句は……いや、消去と去勢は受け入れられないが、それ以外なら何をされても文句は言えない」
「では抵抗の意思なしと示すためすべての指を折らせろ」
「ララぁぁ!!発想が怖すぎるべ!!?そんなことする必要ないだ!!」
男が頭を下げ真摯に謝罪しているというのに、まったく聞く耳を持たないどころかぶっ飛んだ誠意の見せ方を要求するララの攻撃性の高い思考にフローラは泣きそうになった。
出会った頃のララは自分が守ってあげなくてはすぐに消えてしまいそうなプルプル震える子兎の如く儚げな雰囲気を纏っており、決して今のように誰かれ構わずいちゃもんをつけるような好戦的な子ではなかったのに。
どうやら育て方を間違えてしまったようだ…とフローラは肩を落とす。
「不快な思いをさせてしまい本当に申し訳なかった。私は三年のレオ・アンダーソンだ。君の望む償いをしよう」
レオはフローラを見ながら「君」を強調してララには聞いていないことをアピールする。
ララはレオに一瞬にしてヤバいやつ認定された。
ちょっと抱きしめられたくらいで償いだなどと大層な話にするほど気にしていなかったフローラは、それなら…と閃く。
「別に償いなんかしていらねぇだ。それよりレオ様、わたすとお友達になってほしいだ」
「…!」
「えぇっ!フローラ様!?こいつは変態ですよ!?」
ララはナチュラルにレオをディスった。
フローラの「お友達になりましょう」発言にレオは何事か思案するように顎に手を当て、フローラを観察するようにじっと見つめる。
「……君は?」
「あ、申し遅れただ。わたすはフローラ・ブラウンだす。隣国オーリアと接する辺境に領地があるけんど、豆粒みたいな領地だからレオ様はたぶん知らねと思うだ」
「…いや、知っている。ブラウン領といえば長閑な田園風景と豊かな森林が広がる風光明媚な美しい領地だろう?」
深慮深いレオにかかれば忘れ去られたド田舎の辺境地であるブラウン領が、貴族に人気の避暑地域であるかのような錯覚を受ける。
フローラとララにしてみれば「「絶対に他の領地と勘違いしてるだ(ます)」」と声を大にして言いたいところだ。
「君は王都には来たばかりなのか?」
「んだ。学園に入学するため王都に出てきたんだべ」
「そうか……」
難色を示すレオにフローラは首を傾げる。
友達、そんなにだめけ?
「アンダーソン様。フローラ様が貴方様とお友達になりたいとおっしゃっているのです。貴方様の返事は“諾”のみですよ、先ほどなんでも言うことを聞くとおっしゃいましたよね!?」
レオが貴族だと思い出したララはかろうじて丁寧な言葉で詰め寄るが、「変態撲滅」と言わんばかりの憎々しげな態度まではまったく隠せていない。
フローラに余計な虫が付くことも許せないが、フローラの可愛い「お友達になりましょう」宣言に即答せず言葉を濁すなどもっと許せない。言語道断!とララは苛つく。
「わたすとお友達は嫌だったけ?」
フローラは若干しょぼつく。
王都の貴族達が通う華やかな学園で一人だけ毛色の違うフローラに友達など出来るはずもなく、また必要だとも感じていなかったが、レオは…レオとは友達になりたい、と初めて思えたのだ。
「そうではないよ。……君は私のことを知らないのだろう?」
「? んだ」
「私は嫌われ者でね、私と友達になると君まであれこれ言われかねない。こんな身で君の申し出を受け入れていいものかと思案していたんだよ」
自分を嫌われ者だと話すレオに悲壮感はない。
だが気にしていないわけでも受けいれているわけでもないのだろう、その漆黒の瞳には諦めの感情が浮かんでいる。
「やめましょうよぅフローラ様ぁ。厄介事に巻き込まれる気配がぷんぷんします」
ララは気持ち良いほどフローラのことしか考えていない。
「レオ様は嫌われ者だべか?わたすも似たようなもんだべ。わたすは誰に何を言われても気にしねぇだ。レオ様とお友達になりたい」
フローラは強い想いに突き動かされていた。なぜこんなにもレオにこだわるのか自分でもよく分からない。
フローラの言葉を聞いたレオがフッと力が抜けたように笑う。
今まではほとんど無表情で顔立ちが美しすぎるが故に冷たく見える印象だったが、気を抜いて微笑む様は老若男女すべて均等に見惚れる魅力があった。
「……ありがとう。私と友達になりたいと言ってくれたのはブラウン嬢が初めてだよ」
「フローラでいいだ」
「フローラ…」
「チィッ!!」
ララの舌打ちがのほほんとした雰囲気をぶった斬る。
フローラに知らない人間が近づくことが本当に嫌なララは、自分が少し目を離した隙にこんな事になってしまい実に痛恨の極みだった。
「レオ様は明日もここに来るけ?」
「フローラが来るのであれば私も来よう」
「よかっただ!わたすは学園の美化向上期間が終わるまでしばらく花壇のお世話でここに来るだよ!」
「美化向上期間……?分かった。じゃあ、また明日」
「んだ!またな」
フローラは手を振り立ち去るレオを見送ったが、長身であるが故に足が長く、あっという間にその姿は見えなくなってしまった。
フローラはなぜかそれを寂しいと思った。




