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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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23/122

23 知らぬが仏


「そうか……。分かった…」



 フローラの相手をすることに、リアムはもうだいぶ疲れてきていた。


 悪用されればやっかいなあのハンドサインはどうせフローラの領地の人間しか使えまい、放置でいいだろう。



 リアムはフローラの秘密を探ることに再び意識を向ける。



 お行儀よく膝に手を置いたまま口だけを動かし食事をするフローラ。


 必ず侍女に扉を開けさせると意見書には書かれていたな…。


 手を使えない理由がある?触れたものをどうかしてしまう?


 だが、先ほどエスコートのためにトーマスがフローラの手を取ったが何も起きなかったはず。



 情報が少なすぎて正直分からない…。




 だが、試す方法はある。


 あの高速ハンドサインを見切れる動体視力ならば恐らく問題はないだろう。


 そんな雑な根拠で、リアムは手にしていたナイフをフローラへと徐ろに投げつけた。



 一応刃の部分ではなく、ナイフの持ち手部分が当たるように配慮はしておいた。

 女性にナイフを投げつけておいて配慮もなにもあったものではないが。



 ビュンッ!と風を切る音がしたかと思えば瞬き一つの間にナイフはフローラの眼前へ。



 ―――ぱしんっ



 フローラは一切動じることなくナイフを右手で掴み自分の額に当たる寸前で止めてみせた。

 …が、掴んだ後でびっくりするほど動揺し始めた。


 真っ青になりながら自分の右手を凝視して冷や汗をダラダラと流している。



 九十パーセント大丈夫だろうとは思っていたが、実際に難なくナイフを防いだフローラの身体能力の高さにリアムは感心する。


 だからこそ、今動揺を見せるフローラの様子に違和感を覚えた。



 「ナイフが急に飛んできて反射的に掴んだものの後から怖くなってきちゃったんですぅ〜」というタイプでは絶対に、ない。


 後ろに控える主に似て無礼な侍女もひどく動揺してオロオロとしているではないか。




 これは―――ビンゴだ。



「ブラウン嬢、悪かったな。手が滑った。―――ナイフをこちらへ」


「はえぇっ!??!?」




 フローラは尋常じゃなく焦っていた。


 なぜなら、条件反射で掴んだナイフの持ち手部分を……さらっさらに粉砕してしまったからだ。


 掴んでいないナイフの刃の部分はかろうじて小指に引っかかりポロリと落とすことはなかったが、それも時間の問題。


 フローラはナイフを持った手をとりあえずそろっとテーブルの下に隠した。




「っ、王太子殿下、これはあまりにも、なんといいますか、そう、非道な行い。か弱き女性にナイフを投げつけるなど鬼畜の所業であるとしか…えっと、それに、もう少しナイフを投げる際の手の角度を、こう内角にした方が飛距離が伸びるかと…」


「侍女、黙れ。時間稼ぎが下手すぎる」


「……」


 ララは項垂れた。



 だが下手だと言われた誤魔化しで、フローラがこの場を乗り切る為の時間をなんとか稼げたようだ。



「キラキ、リアム様…。どうぞ。お気をつけ下さい、ね」


 フローラはスッと立ち上がり、手にしたナイフをリアムに差し出す。



「……」


 リアムは無言で受け取ったナイフをいろんな角度から検分した。



 刃に欠けた部分もなし、持ち手部分に彫刻された模様も投げる前と相違なし。手触り形も他のナイフとまったく同じ。


 なにかしらの変化が起きたとは考えにくい。




 では、先ほどの焦りようは一体なんだったんだ?




「ナイフをうっかり飛ばすほど手を滑らせてしまうなど、リアム様はどうやらお疲れのご様子…。わたくしはこれにて失礼させて頂き、ます」


 リアムが考え込んでいると、フローラが退室を告げ、そして不敬にもリアムの返答を待たずして王族専用個室を一瞬にして後にした。

 



「…隠密か。あいつらは」



 リアムは呆れた。


 一度ブラウン男爵の領地を調査した方がいいのかもしれない。平和ボケしてるだの、なんの旨味もないだのと放置していたが、フローラを見ていると村人全員が特殊戦闘員にでもなっているんじゃないかという疑惑が生まれてくる…。




「殿下、いかがでしたか?」


 トーマスが席を立ちリアムの側までやってきた。



「なにもなかった。あの女は徹底的に物に触れないようにしているから何かあると思ったんだがな…」


 とにかく、逃げられてしまったのではどうしようもない。

 また日を改めて追いつめることにしてリアムも立ち上がり、扉へと向う。



 ―――キラ…



「?」


 フローラが座っていた椅子の下になにか光るものが見えた気がしたリアムは、椅子を退けてしゃがみ込み人差し指で床に触れた。



「殿下?どうなさいました?なにかあるのなら私が…」


「…トーマス。これは何に見える?」


 徐ろに立ち上がったリアムは、指についた()をトーマスに見せる。



「…?銀粉、でしょうか?なぜこんなところに…」   


「……ふっ、はは、くっ」


「殿下?」



 リアムはどこか熱に浮かされたような、高揚した気持ちになり思わず笑いが溢れる。



 少量の銀色の粉。



 王族専用の部屋にこんな怪しげな銀色の粉を落としたまま給仕係が食事を提供することなど、まずあり得ない。



 ならば考えられる原因は、なにも触ろうとしなかったフローラが掴んだナイフ。

 

 そのナイフから出た粉だ。



 だが、返却されたナイフにおかしなところはなかった。


 今となっては()()()()()()()()のだが。



「ははっ…。はぁー…。仕方ない、腹をくくるか…」



 リアムは諦めたように、だが美しいエメラルドグリーンの瞳の奥にギラギラとした意思を揺らめかせながら独りごちた。




 リアムが自らの人生を賭けた決断をしたことなど知らないフローラは、特別室を出た先でララと呑気に勝利のハイタッチをキメていた。


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