転機は突然に
ぽかぽかと陽気な日差しが差しているなか彼、吞土 交《てんと こう》は寝ていた。
仰向けのまま腕を頭の後ろで組みすー、すーと寝息をたてている彼に近づく影が一つ。
そろりそろりと足音や気配を完全に消したまま頭の方から近づく。
すると、まだ10mは離れているというのに腰に差していた刀に手をかけ、そのまま抜き放った。
抜き放たれた刀はやはり届かなかった。
だがしかし、確かに殺気は込められており、なぜか間にあった草が切り刻まれていた。
それはあまりの速さで抜き放たれた刀により、いわゆる剣圧というものがはなたれたからだった。
そしてそれは、そのままいけば彼の体を切り刻むはずだった。
だがその光景は起きなかった。
剣圧が彼に届く、まさにその瞬間に、腕を解き、そのまま頭の横に手をつき、バック転をしながら襲撃者から距離をとったからだ。
そのまま着地の勢いを殺さずに屈伸をし、地面と平行に地を蹴り飛び出していった。
襲撃者の手前で一旦止まり身を屈ませると拳を作り鳩尾へと放った。
それを襲撃者は全く避けずに受けた。しかし、襲撃者にはわずかばかりのダメージもなかった。
そしてそんなことは百も承知とばかりに交はそのまま襲撃者の側頭部に脚で回し蹴りを放ち、そのまま連撃をぶちかました。そして、3分程続けると後ろに飛び退いた。
「ふぅ、いきなり襲いかかってくるとかどこの星の戦闘民族だよ」
そう息を吐き出しながら呟くと、言われた相手は豪快に笑いながら返してきた。
「ガハハハハッ!構わんだろう。お前ならあの程度の事では当たっても傷一つ付かんだろう。なにより攻撃とすら思えんだろうが!」
「ちっ、そういう問題じゃなくてだな。仮にも息子の寝込みを殺気を出して襲うなってことだ」
「そうねぇ、私もそう思うわ〜」
横から唐突に会話に入ってきた声の方を向くと、土御門 結《つちみかど ゆい》こと、交の母親がいた。
綺麗な黒髪を腰まで伸ばし先の方で軽く纏め、ザ・和風美人といった整った顔立ちに、そつなく着こなした鮮やかな朱色の巫女服が映えていた。
和傘をさし下駄をからん、ころん、からん、ころんと鳴らしながら歩いてくると、襲撃者−交の父であった−に微笑みながら言った。
「ふふふっ。酒呑さんったら、何で交ちゃんを起こしにきたかのか、忘れてるようね〜」
「むっ。確かにそう言われてみると何故俺は交を襲ったのだったか?」
「忘れるような適当な理由で俺の時間を奪わないでくれないかなっ?」
少しあきれながらそう言い父を見るが、当の本人はそんなこと知らんなーとばかりにそっぽを向いていた。ここでこの駄父に構ってしまい、調子に乗ってきて、とてもとてもうざったくなったことがあった交は、視界と聴覚から酒呑だけを消し去ると結に尋ねた。
「んで、結局何のようなのさ?」
「実はね、私達すごく大切なことを忘れてたの」
いつにもなく真剣な表情をした母の姿にゴクンっと唾を飲み込み身構える交。
息子と旦那が殴りあっていたとしても、にこにこほわわーん(たとえやり過ぎて説教になったとしても)、を決して崩さないこの母親が真剣な表情をしている。それだけで交が思わず生唾を飲み込んでしまうほど真剣になる必要があるのだ。
「実は・・・・・・あなたに伝えないといけないことがあるの」
そう話を切り出し、決意を固めるためか一度深く呼吸をすると一息で言い切った。
「私達、あなたに常識を教えることを忘れていたの!」
「・・・・・・・・・・・はあっ?!いやいやいや、こんだけためといてそれっ?!どこら辺が大事な話なのっ?!」
そう言ってくる交に対し、いえいえそんなことで済ませられることではないのよとばかりに首を左右に振りながら交に問いかけた。
「じゃあ聞いてみるけど、もしあなたが街で人に話しかけられたら、どうする?」
「ん?そんなの決まってるじゃん。機巧剣【千変万化】をタイプ・レイピアにして喉元に突きつけて、土の陰陽術で拘束して身ぐるみ剥ぐ、かな?」
「そこ!そこがいきなりおかしいのっ!」
「?何でさ。だって一撃で確実に仕留めれるようにしないと危ないよ?それにとれるものはとっとかないともったいないじゃん」
そう本心から言っているのが簡単に分かってしまうほどきっぱりと言い切られ、交ならば必ずやってしまうだろうことも容易に想像出来てしまった結は、また一つため息をついた。
しかしため息をつかれた交自身は、何がいけないのか本気で分かっておらず、ただ首を傾げていた。4、5分たち、やっと復旧した結は交に改めて向き直るとまた話始めた。
「いくつか言いたいところがあるから分けて言うわよ」
そう前置きすると先ほどの交が言った対応の仕方の問題点について話始めた。
「まず最初に街中で武器をいきなり抜くのは禁止。人がたくさんいる場所で武器を振り回したら危ないからね」
「え、何で?いつもおっさんやおばさんたち魔法とか陰陽術とか剣とか槍とか振り回してるよ」
そう交が言うと、結は
「あっちゃー、そっちの方もあったわね〜」
そう額を押さえながら呟いた。話せば話すほど話さなければならないことが増えていくこの状況に、結は後悔していた。




