↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星屑の冒険者たち Re:Quest  作者: 臥裳斗真


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/11

第4話 消えた荷車と三日月の印 ①

 その依頼は、最初から少しだけ変だった。


 なくなったものは、荷車一台と、積まれていた乾物と、荷車を引いていた六本脚の荷車獣。見つかったものは、御者と、その怪我。


「盗賊に襲われた、か」


 ルカは依頼票をもう一度読み直した。


「それだけなら普通じゃない?」


「普通か?」


「依頼としては」


「盗賊に襲われるのが?」


「そこじゃない」


「分かってる」


 たぶん、半分くらいは。


 ボルは依頼票ではなく、受付の奥に座っている男を見ていた。


 三十代の後半くらいだろうか。椅子へ浅く腰掛けて、少し前屈みになっている。御者用の帽子は膝の上。左の膝に布が巻かれていて、右の肘にも擦り傷がある。袖と裾には泥がついていた。大怪我ではなさそうだが、机に置いた水椀を何度も見下ろしている。


「御者のネドさんです」


 受付係が紹介した。


「北街道で荷を運んでいる途中、襲われたそうです」


「依頼主は?」


「荷を預けていた乾物商の方です」


 離れたところに、中年の男が立っていた。生成りのシャツに、くすんだ緑灰色のベスト。作業用の前掛け。短い顎髭。手には使い込まれた帳簿がある。


 大きな商会の主人というより、店先にも倉庫にも自分で立つ人に見えた。扱っているのは塩、乾燥豆、干し果物、薬草。港町の暮らしに要る、ごく普通の品々だ。


 乾物商は荷の説明をしている間も、何度かネドの方を気にしていた。


「荷だけでも回収できるなら頼みたいそうです」


 ルカは依頼票を下まで読む。報酬。危険事項。達成条件。最近は、フィオに言われる前に読むようになった。


「盗賊、まだいる可能性ある?」


「あります。人影を見つけても追わないこと。戦闘になりそうなら撤退してください」


「分かった」


 返事をしてから、ルカは横のフィオを見る。


「今、最後まで読んだ」


「偉い偉い」


「雑」


「褒めたじゃん」


「もっと心込めて」


「そこ要求する?」


 ボルが先にネドの方へ歩き出していた。


「あ、待てよ」


「森から三人……いや、四人だったか」


 ネドは水椀を両手で持っていた。指先が少し震えている。


「武器は?」


 フィオが聞く。


「暗くて、よく……」


 ルカは一瞬だけ窓の外を見た。朝の光が差し込んでいる。事件が起きたのは昨日の昼だと聞いた。


「昼だったんだろ?」


 ネドの返事が止まった。


 本当に一瞬だった。露骨に目を逸らしたわけでも、笑って誤魔化したわけでもない。ただ、それまでより少しだけ答えが遅れた。


「木が多くて……見えづらかったんだ」


「そっか」


 ルカはそれ以上追わなかった。ただ、頭の中には残した。向かいのフィオも、中身より答えるまでの速さを見ている。


「荷車は?」


「横転した」


「どの辺?」


「北街道の……森へ入る少し手前」


「荷車獣は?」


「分からない。逃げる時には見えなかった」


 ネドは膝へ視線を落とした。


「獣の声はした」


「盗賊じゃなくて?」


「何か……鳴いてた」


「荷車獣じゃなくて?」


「違う」


 今度は早かった。ほとんど間がない。


「他にも何かいた?」


「……分からない」


 また少し遅い。


 分からない、が多い。ただ、それだけで嘘だとは決められない。襲われて逃げたなら、混乱していてもおかしくない。


 ボルは話より身体を見ていた。左膝の擦り傷。右肘。左の掌の擦れ。袖口の泥。靴の横についた草。傷は新しいし、泥もまだ乾ききっていない。少なくとも、転んだことまでは作り話に見えなかった。


 だから余計にややこしい。全部が嘘なら、もっと簡単だった。


 何かを隠している人間というより、何かを言わないようにしている人間に見える。本当に逃げた。でも、何から逃げたのか。


「荷はうちのものだが」


 乾物商が積荷一覧を差し出した。


「荷車はネドがいつも使ってるものだ」


 ボルが受け取る。塩袋。乾燥豆。干し果物。薬草。麻布。


「……積荷の重さは?」


「軸が折れる量じゃない。いつも似たような量を運ばせてる」


「じゃあ、盗賊に壊された?」


「そう聞いてる」


 乾物商がネドを見た。ネドは水椀から目を上げなかった。


 北街道は、港町から北へ伸びる生活路だった。荷車二台がどうにかすれ違える幅があって、路肩には低木と草が続く。森へ近づくほど土は柔らかくなり、轍も足跡も残りやすい。


 フィオが少しだけ上へ飛んだ。


「どう?」


「道は一本」


「盗賊いた?」


「まだ見えない」


「痕跡は?」


「上から分かるわけないでしょ」


「いや、何となく」


「何となくで飛ばせないで」


 その横で、ボルはずっと地面を見ていた。一台分の轍が最初はまっすぐ続いて、しばらく行ったところで急に大きく蛇行している。


「……ここ」


「何?」


「急に曲がってる」


「追われたとか?」


 ボルは轍の脇へしゃがんだ。痕跡が二つに分かれている。


 一つは人の靴跡。荷車から離れて、港町の方へ戻っている。もう一つは六本脚。路肩を外れて、低木の方へ。


「……二つ」


「ネドと荷車獣、別々に逃げてる?」


「多分」


「盗賊は?」


 ボルはもう一度地面を探した。草は大きく踏まれていない。路肩も荒れていない。蹄の跡もない。何人分もの足跡もない。刃物を引きずった跡も、争ったような乱れも。


「……ない」


「盗賊四人なら、もっと何か残るよな」


「残ると思う」


「じゃあ盗賊、どこ行った?」


「それを見に来たんでしょ」


 フィオも、もう一度道を見た。何もない。その何もなさの方が目立っていた。


 横転した荷車は、そこから少し先で見つかった。


 四輪の、ありふれた荷車だった。右側へ倒れて、右後輪が外れている。車輪は車体から離れたところに転がっていた。折れた車軸が土の上へ突き出して、積荷が道へ散らばっている。


 近づいてすぐ、ルカが首を傾げた。


「……盗られてない」


 塩袋、ある。乾燥豆も、麻布も、薬草も。干し果物は少しこぼれているが、大半は残っている。


「盗賊って荷物取るよね?」


「普通は」


「じゃあ何しに来たの」


「ネド襲うだけ?」


「効率悪」


「盗賊に効率求めるなよ」


「でも盗賊だって、何か欲しいから襲うでしょ」


「まあ……そうだな」


 ボルは折れた車軸の前にしゃがんでいた。


 木の破断面は平らではない。下側から長く裂けて、上側だけが押し潰されている。横から殴った跡はない。刃物の切り傷もない。壊されたというより、耐えきれなくなった形だった。


「……重さ」


「え?」


 ボルが破断面を指した。


「……下から裂けてる。上、潰れてる」


 フィオが隣にしゃがんで、しばらく見た。


「ああ。上からずっと荷重がかかって、最後に下側が引っ張られて割れた」


「……うん」


 ボルは破断面の端を指でなぞった。


「……ここ、古い」


「どういうこと」


「前から傷んでた。色が違う」


 フィオが顔を寄せる。


「じゃあ、今日のが最後の一押し」


「……そうだ」


「でも、この積み方で折れる軸じゃないんだろ?」


 三人の視線が、荷物ではなく荷車そのものへ戻った。


「つまり、他にも何か載ってた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。