第1話 はじめての依頼は、迷子探し ③
夕方、港町冒険者ギルド。
三人が戻ると、受付係はまず顔、手、足を順番に確認した。
「怪我は」
「ないです」
「対象は」
「見つけました」
その言葉で、待っていた荷車屋の主人が立ち上がった。
「どこだ」
「森です」
「連れてきたのか」
「いや」
主人の顔が変わる。
「……なんでだ」
ルカは順番に話した。幼獣。母獣。罠。傷。そして、置いてきたこと。
主人は最後まで黙って聞いていた。
「連れ戻してくれと頼んだ」
「はい」
「あれはうちの荷車獣だ」
「……はい」
「半年分の稼ぎを使ったんだぞ」
声は大きくない。だが、強かった。
「一頭戻らなきゃ、荷車が一台止まる」
ルカは何も言えなくなった。
「明日から港の木材運びが入ってる。間に合わなきゃ、俺だけの話じゃない。雇ってる連中の仕事も減る」
「……」
「荷車獣一頭ってのは、そういう金だ」
ルカは初めて、ちゃんと依頼主を見た。
怒っている。当然だった。半年分の稼ぎも、明日の仕事も、雇っている人間も、全部があの幼獣に繋がっている。
母獣を助けたことが間違いだったとは思えない。でも、だからといって、目の前の主人が間違いになるわけでもない。
受付係が依頼票を見る。三人の報告。依頼条件。確認。
「事情は分かりました」
一拍。
「ただ、依頼内容は幼獣を連れ戻すことです」
ペン先が帳簿へ触れる。
依頼結果:未達成
さらに。
報酬:なし
ルカは無意識に胸元の章へ目を落とした。朝と同じだ。何も変わっていない。
「今回は未達成として記録します」
「……はい」
ルカは主人の方へ向き直った。
「明日の朝、もう一度見に行きます」
「何を見るんだ」
「母獣の脚です。歩けるなら、親子ごと連れてこられないか確かめます」
「無理だったら」
「無理だったと報告します」
主人は少し黙った。
「報酬は出ねえぞ」
「要りません」
「……勝手にしろ」
受付係がもう一行書いた。
翌日、現場再確認の申し出あり。報酬なし。
「分かりました」
フィオが言い、ボルも小さく頷いた。
主人は帳簿を見て、それからその横に置かれた布包みへ目を移す。
「それは」
「罠です」
「母獣にかかってた」
主人の視線が止まった。
「見せろ」
布を開く。鉄製の捕獲罠。土。血。側面の、三日月形の小さな刻印。
主人の目が、そこへ落ちた。
「……これ」
「知ってるんですか」
「うちの首輪にも付いてる」
「同じ印ですか」
「よくあるやつだろ」
主人は布を戻した。それ以上は見なかった。
主人は何か言いたそうにして、やめた。背を向け、出口へ向かう。
「でも」
ルカの声で、主人の足が止まった。
「迷子じゃなかった」
主人は振り返らない。
「あいつ、逃げたんじゃなくて」
ルカは続ける。
「母親のところに戻っただけだった」
沈黙。納得したわけでもない。許したわけでもない。ただ、一度だけ足を止めた。
「……そうか」
それだけ言って、出ていった。
ルカは机の上の罠を、もう一度布で包み直した。
「未達成」
ギルドを出てから、ルカが言った。
「未達成ね」
「報酬なし」
「なし」
「初依頼」
「失敗」
「言い方」
「記録上はそうでしょ」
「……そうだけど」
ルカは胸の章を見る。朝、受け取った時は、それでも何かになった気がした。今も同じ章が同じ場所にある。
「冒険者って、依頼を達成する仕事だと思ってた」
「違うの」
「……違わない」
「じゃあ何」
「分かんない」
「分かんないんだ」
「でも、次は最後まで見る」
「何を」
「全部」
「……次」
ボルが言った。
「ん?」
「次の依頼」
「受ける?」
「受ける」
即答だった。フィオが呆れる。
「未達成の五分後なんだけど」
「じゃあ明日」
「反省する時間そこ?」
「した」
「短い」
「でも」
ルカはギルドの扉へ目を向けた。その向こう、右側の名札の壁。
朝は、一番上しか見ていなかった。Aランク。レオ。ミナ。あそこまで行けばどんな依頼を受けられるのか、そればかり考えていた。
今は、そのずっと下を見る。一番下の段より、さらに下。板も何もない、ただの石壁を。
「……まず、ここからか」
「何が」
「いや」
ルカは笑った。
「次の依頼」
「条件は」
「見る」
「何を」
「最後まで」
「……よし」
「何でお前に合格出されるんだよ」
「誰のせいだと思ってるの」
横で、ボルがほんの少し笑った。
帳簿に残ったのは二行だけだ。未達成。報酬なし。
ルカの頭に残ったものは、もう少し多かった。




