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星屑の冒険者たち Re:Quest  作者: 臥裳斗真


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2/11

第1話 はじめての依頼は、迷子探し ②

 荷車屋の主人は、大商人には見えなかった。服も、手も、腰に下げた道具も、全部現場仕事のものだ。港町で資材や荷を運んでいるらしい。


「六本脚。灰茶色。まだ幼い」


 主人は予備の首輪を三人へ見せた。革製に金具、そこへ三日月形の小さな刻印が入っている。


「まだ買って半月だ」


「どこから逃げたんですか」


 フィオが聞く。


「裏の柵だ。朝見たら壊れてた。森側へ出たと思う」


「分かりました」


 ルカはもう動きかけていた。


「じゃ、行ってきます」


「いや、まだ話が――」


「歩きながら聞く!」


「いや聞けないだろ!」


 フィオに腕を掴まれた。


「痛い」


「最後まで聞いて」


「……はい」


 主人が呆れた顔をする。


「とにかく、見つけたら連れ戻してくれ。無理に追い回すなよ。まだ人に慣れてない」


「はい」


「あと――」


 ルカは今度こそ待った。


「……何ですか」


 主人は一瞬だけ言葉を迷ったように見えた。だが、結局は首を振る。


「いや。頼む」



 港町の外へ出ると、潮風街道が森の方まで続いていた。魚箱を積んだ荷車。木材。港へ向かう商人と、町へ戻る職人。


 前方から、大きな荷車獣が来た。太い胴体に六本の脚、その後ろには荷車。かなりでかい。


「これの子どもか」


 ルカはすれ違いざま、思わず見上げた。


「もっと小さいはず」


「じゃあ上から見た方が早いな」


「飛んで見てくる」


「飛べんの?」


 フィオが止まった。


「鳥人なんだけど」


「それは見れば分かる」


 助走して、翼を広げる。ふわっ、と浮いた。


「おお」


 次の瞬間、街道を横切った風に流された。


「うわっ」


 数歩分だけ横へ押され、すぐ着地する。


「……飛んだ?」


「飛んだ」


「三歩くらい」


「風が悪い」


 そんな二人をよそに、ボルはすでに街道脇でしゃがんでいた。柔らかい土に小さな跡が続いている。一つ、二つ、三つ。六本脚。


「……こっち」


 小声だった。ルカには届いていない。


「森だろ!」


 ルカが前へ走り出す。


「待ちなさい!」


「早い方が――」


「……逆」


「え?」


 ルカが止まって振り返る。ボルが路肩を指していた。


 戻る。


「……あ」


 フィオがしゃがみ込んだ。


「開始数分で先頭交代ね」


「まだ五分経ってない」


「そこ数えるのか」


「でもこれ、確かに森側だな」


 足跡は、ルカが向かおうとしていた道とは少し違う方向へ伸びている。


「ボル、よく見つけたな」


「柔らかかったから」


 ボルは地面を見たまま答えた。


 同じ場所に立っていたのに、自分は森しか見ていなかった。ボルは土を見ていた。


「じゃ、今度こそ」


「今度は足跡見ながらね」


「分かってる」


「多分って顔してる」



 帆葉の森は、港町からそれほど離れていない。大きな葉の間から光が落ちている。湿った土。露出した根。遠くにはまだ街道の音が聞こえていた。


 それでも一歩入ると、潮の匂いが薄れて、土と葉の匂いに変わる。


「足跡、続いてる」


 フィオが言う。


 ボルはずっと地面を見ながら進んでいた。途中で半分土へ埋まった鉄のようなものを見つけ、自然に避ける。


「何それ」


「……罠」


「新しい?」


「たぶん」


 鈍い鉄色。固定杭。閉じれば脚を挟む顎。側面には、小さな三日月形の刻印。


「踏まなくてよかった」


「今の顔、ちょっと踏みそうだった」


「踏まない」


「言い切るには、今日の実績が危ないけど」


「まだ半日も経ってないだろ」


 足跡を追って森の奥へ進む。


 そして。


「……あれ?」


 小さく開けた場所に、一頭の幼獣がいた。六本脚、灰茶色、まだ角も小さい。首には革の首輪。


「いた!」


 ルカは反射的に縄へ手を伸ばした。


「待って」


「何」


「あの子」


 幼獣は逃げなかった。というより、こちらをほとんど見ていない。ずっと同じ方向を見ている。


 その先。草。木。さらに奥から、低く荒い呼吸音。


 三人が少し位置を変える。そこで初めて見えた。


「……でか」


 大きな荷車獣が倒れていた。成獣。六本脚。額、耳、毛色。幼獣とよく似ている。


 右後脚には、鉄の罠が深く食い込んでいた。


「母親……?」


 幼獣は母獣の前から動かない。


「迷子じゃない」


 フィオが小さく言った。


 ルカにも分かった。


「戻ってきたんだ」



 依頼は、幼獣を連れ戻すこと。その対象は目の前にいる。


 縄をかける。引く。町へ戻る。それで達成。やることだけなら、ものすごく簡単だった。


 ルカは手にした縄を見る。これを首輪へ掛ければ初仕事は成功で、報酬も出る。帳簿には達成と書かれる。朝、掲示板の前で笑われたことも、どうでもよくなる。


「ルカ」


「何」


「連れて帰るだけなら、今できるよ」


「……うん」


 言われなくても分かっていた。フィオは急かさない。ただ、事実として置いただけだ。


 幼獣は一度もこちらを見ない。母獣の顔へ鼻先を寄せて、少し離れて、また寄る。耳はずっと下がったままだった。


 ルカは縄を握ったまま、今度は母獣を見た。罠が脚へ深く食い込み、土には血が混じっている。このままなら、たぶん長くはもたない。


 依頼達成は、すぐそこにある。その横で、別のものが死にかけていた。


「どうする?」


 ルカは少しだけ考えた。長くはなかった。


「……先に、こっち」


 縄ではなく、母獣の脚を指す。


「罠、外す」


 フィオが少しだけ眉を上げた。


「依頼は」


「あと」


「あと?」


「まずあれ」


 ルカは母獣を見る。


「死にそうじゃん」


 フィオは数秒だけルカを見て、それから小さく息を吐いた。


「了解」


 反対もしない。褒めもしない。それでよかった。


 ボルはすでに大盾へ手をかけていた。


「……近づくと、来る」


「だよな」


 母獣はこちらを見ている。痛くて、怖くて、子どもがいる。だから逃げない。というより、逃げられない。


「ボル」


「……うん」


「盾、頼める?」


「やる」


「フィオ、上から見て」


「何を見るの」


「俺が踏まれない位置」


「雑」


「今決めたから」


「それ、自慢じゃないよ」


 フィオは低い枝へ向かって助走し、今度は翼をしっかり広げて飛び上がった。枝へ着地する。


「右側、根が少ない!」


「了解!」


 ルカは縄を出し、二本の木の間へ張った。母獣を捕らえるためではなく、前へ出すぎないためだ。


 ボルが大盾を構える。


「……行く」


 一歩。母獣の耳が立ち、低い唸りが出た。


 前へ出てくる。ボルの大盾へ体当たり。ガン、と鈍い音がした。


「ボル!」


「……大丈夫」


 押し返さない。ただ耐える。壁になって、進ませない。


「今!」


 ルカは横から罠へ滑り込んだ。留め具を探す。あった。ただ、固い。


 ボルが右腰のポーチから細い鉄の工具を投げた。ルカが受け取る。


「これどう外す!」


「そこ!」


「どこ!」


「……横!」


「横だけじゃ分からん!」


 フィオが上から叫んだ。


「下! 金具の内側!」


「あった!」


 押す。動かない。


「くっそ……!」


 母獣がさらに暴れ、ボルの盾がずれる。


「ルカ!」


「分かってる!」


 力を入れても、この角度では外れない。


 留め具が噛んでいる。なら、少しだけ逆へ。罠を閉じる方向へ戻して圧を抜き、その状態で金具を押す。


「――っ」


 外れた。罠の顎が開き、母獣の脚が自由になる。


「離れろ!」


 三人とも一気に下がった。母獣もすぐには来なかった。傷ついた脚を引きずり、その前へ幼獣が寄っていく。


 傷は深い。それでも、出血は止められる。


 ボルはゆっくり大盾を地面へ置いた。左腰の布を外し、それから手袋も外す。


「……?」


 ボルは何も言わず、空になった両手を母獣へ見せた。武器はない。盾もない。近づくつもりだと分かっているのに、攻撃するものを持っていないと見せている。


 幼獣が一歩だけ下がった。ボルはそこで止まる。


「怖いよな」


 誰に言ったのかは分からなかった。母獣か。幼獣か。それとも自分にか。


 大柄な身体をゆっくり低くし、膝をつく。待つ。


 母獣の耳が動いた。幼獣はボルを見て、母獣を見て、またボルを見る。それから、一歩だけ近づいた。


「……行く」


 ボルがさらに近づく。母獣は唸ったが、動かなかった。


 傷口へ布を巻き、強く締めすぎないよう加減する。大きな手なのに、妙に慎重だった。


「……これで」


 ゆっくり離れる。幼獣が母獣の脚へ鼻先を寄せた。


 ルカは息を吐いた。


「よかった」


「何」


「いや」


「……?」


「なんでもない」


 今言うのは、何となく違う気がした。



 母獣は立ち上がった。右後脚をまだ庇っているが、それでも歩ける。幼獣はぴったり横についていた。


 その姿を見て、ルカはようやく、最初から手にしていた縄を思い出した。


「どうする?」


 今度はルカが聞いた。フィオはすぐには答えない。ボルも黙っている。


 幼獣は母獣へ身体を寄せている。離そうとしたら、たぶん抵抗する。


「連れて帰れば」


「依頼達成」


「うん」


「置いていけば」


「未達成」


「うん」


「報酬もなし」


「多分」


「主人、呼んでくるか」


「往復で半日」


「その間に母獣が動いたら」


「分からなくなる」


「母獣ごと連れてくのは」


「あの脚じゃ無理」


「……初仕事」


「知ってる」


 ルカは縄を持って、幼獣へ近づいた。


 首輪へ輪を掛けるところまでは、できた。


 引いた。


 幼獣が脚を踏ん張る。離れない。


 その後ろで、母獣が立ち上がろうとした。


 右後脚へ体重が乗って、途中で崩れた。


 土に、また血が混じる。


 ルカは引く手を止めた。


 輪を外した。


 外してから、首輪をもう一度見た。


 荷車屋からすれば、買った荷車獣だ。仕事に必要で、いなくなったら困る。だから金を払って冒険者へ頼んだ。それも正しい。


 でも、こいつからしたら、迷子でも何でもない。


 引けば、母獣が追ってくる。追ってくる脚を、今見た。


「……置いてく」


「決めた?」


「うん」


「後悔しない?」


「報酬ないのはする」


「そこはするんだ」


「金は欲しい」


「正直」


 ボルが小さく言った。


「帰ろう」


「ああ」


 三人は少しずつ距離を取る。母獣も幼獣と一緒に森の奥へ向かった。


 幼獣が一度だけ振り返り、そのまま母獣のあとを追って消えていく。


 ルカは、その場に残った罠を見た。


「これ」


 拾う。


「持って帰るの?」


「誰かまた踏むだろ」


 布で包む。


「重」


 ボルが手を出した。


「……持つ」


「助かる」


 渡そうとした時、罠の側面にある刻印がもう一度目に入った。三日月。


 森へ入ってすぐ見つけた罠にもあった。ただ、それ以上は考えなかった。


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