第1話 はじめての依頼は、迷子探し ①
冒険者登録の初日。
ルカは、自分の名前を探していた。
港町冒険者ギルドへ入ってすぐ右側の石壁いっぱいに細い木製のレールが渡されていて、そこへ横長の名札が何枚も並んでいる。
下からE、D、C、B、A。上へ行くほど札の位置も高くなり、最上段は見上げるだけで首が疲れそうなくらい遠い。
「……ない」
下から順番に見た。
E。
ない。
その上のDにも、当然ない。
「何探してんの」
フィオが横から覗き込んできた。
「俺たち」
「あるわけないでしょ」
「なんで」
「今日来たばっかだから」
「登録しただろ」
「見習い登録ね」
言われて、ルカは壁を見上げた。
「……でか」
感想としては、それしか出なかった。名前の数が多い。上の方が、妙に遠く見える。
一番上の列に、レオとミナという二つの名前が並んでいた。金色でもないし、光ってもいない。ただの木札だ。それなのに、やたら目に入る。
「……高いな」
「位置が?」
「ランクが」
「そっち」
あそこまで行けば、どんな依頼を受けられるのか。考え始めればいくらでも出てくる。そのどれも、今の自分には関係がない。
思いつくものを勝手に並べていると、後ろから声が飛んできた。
「ルカ」
「ん?」
ボルに呼ばれて振り返る。受付カウンターの上に、小さな金属章が三つ並べられていた。
「見習い章です」
受付係が言った。
Aランクの名札から、自分の現実まで。距離にして、だいたい三メートル。
「これが冒険者章ですか」
「見習い章です」
「……見習い」
「はい」
受付係は普通に頷いた。
「冒険者じゃないんですか」
「まだ、正式には」
さっきまで見上げていたAランクの名札が、急に遠くなった気がした。
「Eになったら?」
「正式な冒険者登録になります。パーティ名で依頼を受けられるようになり、通常依頼も選べます」
「どうしたら上がれますか」
「依頼の数と、報告の中身です」
「強い魔物を倒したら?」
「それだけでは上がりません」
即答だった。
ルカは少し黙った。
「じゃあ、何を見られるんですか」
「仕事を任せられるかどうかです」
受付係はそう言って、次の書類を手に取った。
ルカはもう一度、名札の壁を見る。
一番下はE。
その下には何もない。
札を置くレールすらなかった。
「……俺たち、どこですか」
受付係が壁を見る。
「まだ、そこにはいません」
フィオが吹き出した。
「壁にも入れてないじゃん」
「笑うなよ」
「だって、さっきA見てたし」
「見るくらいいいだろ」
「はいはい」
ルカはもう一度だけ、Aランクの二枚を見る。
レオ。ミナ。
その名前を覚えてから、視線を一番下へ戻した。
まずはE。そこへ自分たちの札を置く。話は、それからだ。
今の三人はまだ、冒険者の壁の外にいる。
カウンターへ戻る。見習い章は思っていたより小さい。六角形の金属で、中央に粒のような膨らみが一つあるだけだ。
それでも、朝までは持っていなかったものではある。
ルカは一つ手に取ると、すぐ胸元へ当てた。
「これ、つける場所って決まりある?」
「見える位置なら大丈夫ですよ」
即決して胸へ留める。
「……どう?」
フィオがじっと見る。
「見習いに見える」
「そこじゃなくて」
「新品には見える」
「悪化した」
「じゃあ何て言えばいいの」
「似合ってる、とか」
「似合ってる」
「今言われても遅い」
言わせたみたいになって、あまり嬉しくなかった。
横では、ボルも自分の章を手に取っていた。大きな手の中にあるせいで、同じ章なのにルカのものより一回り小さく見える。
その時、近くを通りかかった先輩冒険者が足を緩めた。犬系の獣人だ。立ち耳と尾。腰に手斧。二十代の半ばくらいに見える。その視線が、ボルの角と腕の鱗から胸元の章へ移った。
「つーか、なんで竜人が見習いなんだ?」
ボルが少しだけ視線を下げた。
「……うん」
返事になっていない。
「あ」
先輩は自分でも気づいたらしく、耳が一度だけ動いた。それ以上は何も言わずに去っていく。たぶん、考えるより先に口から出ただけだ。
それでもルカには引っかかった。見た目で何ランクだと思ったのかは知らないが、今日から始めるなら全員ここからでいい。
「依頼、見に行こうぜ」
ルカは先に歩き出した。フィオがすぐ追いつく。
「切り替え早」
「最初の依頼だぞ」
「だから?」
「だから早く見たい」
「理由になってない」
なっている。少なくともルカの中では。
依頼掲示板は、入口から見て左側にある。こちらも上へ行くほど難しい依頼が並んでいた。
その掲示板の、さらに下。壁ではなく脇の小さな板に、見習い向けの依頼が貼られている。採集、配達、清掃、見回り、倉庫整理。夢に見ていた冒険とは少し違う。
「……荷物運び」
「安全」
「下水口の詰まり確認」
「安全」
「倉庫裏の害獣避け」
「安全」
「何その言い方」
「いや、悪いとは言ってない」
「顔が言ってる」
悪い仕事だとは思っていない。ただ、記念すべき一件目だ。もう少し、後で人に話せる感じが欲しい。
そう思っていた時、一枚の依頼票が目に入った。
迷子になった荷車獣の幼獣を探し、連れ戻すこと
「これ」
ルカはすぐ手を伸ばした。
「待って」
「何」
「報酬見る」
「そこ?」
「そこ大事でしょ」
フィオが依頼票の下へ目を落とす。
「……低い」
「見習いだし」
「よくはないけど、妥当」
その時、離れたところから声がした。
「迷子探しか」
中堅らしい女性冒険者が、掲示板の横からこちらを見ている。
「初仕事?」
「そうです」
「なら、ちょうどいいんじゃない」
悪意はなさそうだった。ただ、その口元には笑いがある。
「迷子なら、噛まれなきゃ死なないし」
隣の冒険者が笑った。フィオの目が細くなる。
ルカは依頼票を持つ指へ力を入れた。
探して、連れ戻して、依頼達成。それで終わりだ。初依頼として十分だろう。
「これ受けます」
受付へ持っていく。
「はい」
受付係が依頼票を確認した。
「依頼主の方が待っています」




