第九話 絶対零度の討伐撃破
「エルネ……ッ!!」
魅了の胞子が渦巻く中、アルディスが一歩前へ踏み出した。
妖しい桃色の粉末がアルディスの肌に触れた瞬間。
バキバキバキッ!
音を立てて、彼の全身から湧き出る極寒の魔力が魅了の胞子ごと空気を凍りつかせた。
魅了など、エルネへの絶対の愛と氷の意思の前には、微風ほどの意味もなさなかった。
「私のエルネに、その汚らわしい触手で触れようとするなっ!」
ズバァァァンッ!!
アルディスが一閃させた氷の斬撃が、迫り来る触手をまとめて凍結、粉砕する。
「ギルバート! 正気を失った者は殺すな、脚を凍らせて動きを止めろ!」
「ハッ! 了解です!」
ギルバートもまた、エルネから預かっていた清涼なハーブのお守り袋を噛み締め、魅了を耐え抜きながら操られた騎士たちの足元を的確に叩いて無力化していく。
「エルネ! あの魔物どもの弱点は!?」
アルディスの問いに、エルネは戦場全体を見回した。
シリルが雷のバリアを張り、エルネに近づこうとする敵を払った。
エルネはその攻撃に怯えながらも、辺りを見る目を閉じることはなかった。
「サキュバス・ロータスの核は、ユリア様の胸元で輝く紫色の果実です! 周りの魔物たちは、あの果実から伸びる魔力の糸で動いているだけです! 魅了の胞子を放っているのは、魔物たちの頭上にある桃色の花弁。……あそこを氷で塞げば、魅了は解除されます!」
「見事だ、エルネ!」
弱点はすべて暴かれた。
「ギルバート、花弁を叩け!」
「うおおおっ!!」
ギルバートの疾風の如き剣技が魔物たちの頭上の花弁を正確に刈り取り、アルディスの極寒の魔力がそれを逃さず凍結させていく。
魅了の源が絶たれたことで、毒気に当てられていた騎士たちが次々と意識を失い、崩れ落ちた。
「全く世話の焼ける……」
シリルは魔道具の小さな箱を取り出し、中から爪ほどの大きさの蜘蛛の形をした機械をばら撒く。
「アルディス! 有り余った魔力を放出して!」
シリルの声に、アルディス振り返り、蜘蛛たちのところへ怒りを投げるように魔力を投げつけた。
蜘蛛は魔力を吸って大きくなるとガサガサと動き出す。
「よし! 倒れている人は私に任せて!」
シリルは雷の糸のような魔力を蜘蛛に繋げると倒れている人々を安全地帯へ動かし始める。
「すごい! シリル様」
「エルネ。私は少し離れます、何か危険がありそうならすぐにアルディスを呼びなさい」
シリルは颯爽と駆け出し、救助に向かった。
これでもう、ユリアを倒す準備が整っていた。
「なぜ、私に従わない……!?」
ユリアが呆然と叫ぶ。
「私のアルディス様への想いは、そんな不純な毒などに揺らぐものではありません!」
エルネが強く告げると、アルディスの胸の中に温かくも激しい歓喜の炎が燃え上がった。
「聞いたか、愚か者。……俺とエルネの絆を、舐めるな」
アルディスが氷の長剣を構え、疾風のごとく踏み込んだ。
一閃。
「凍てつけ『絶対零度』」
狙いは寸分違わず、エルネが指摘したユリアの胸元の紫色の果実へ。
サキュバス・ロータスの核の中心を穿つ。
パキィィィィンッ!!
氷の剣先が核を貫くと同時に、絶対零度の冷気が核の内部から暴走する魔力を一瞬にして凍結させていく。
ホールを覆っていた異形の魔物たちが、悲鳴を上げながら次々と結晶化し、ガラスのように砕け散っていった。
「あ……あぁぁぁ……ッ!!」
体内の魔物と毒を完全に凍結破砕されたユリアは、血の気を失ってその場に崩れ落ち、二度と魔力を使えない体となって意識を失った。
これ以上動かないように、氷の魔法で床ごと拘束された。
静寂が、再びグランドホールを包み込む。
中心部に近いものはその冷気に身を震わせる。
呼吸する肺が冷気で傷んだ。
妖しい桃色の霧も黒い毒煙も消え去り、砕けた氷の結晶が、まるで星の瞬きのように優しく舞い降りていた。
「……見事でしたわ、お二人とも!」
離れて隠れていたセシリアが恐る恐る歩いてきた。
扇子を握りしながら歩み寄り、心からの拍手を送る。
静まり返った会場内、凛とはった声が響く。
怯えながら歩くセシリア、流石王女と言うべき様子だった。
会場を包んでいた怪しい気配は消え去り、脅威は全て消えたように見える。
「勝った、んだよな?」
ざわざわと、入るに入れなかった衛兵や冒険者たちが様子を伺っていた。
そこらで倒れていた者たちも少しずつ目を覚まし始めた。
シリルの動かす蜘蛛たちも、次第に人の救助から壊れた壁やパーティの装飾を撤去する動きに変わっていく。
「よかった。みなさん無事ですね」
辺りを見まわし大きく手を振るエルネの一言。
「やったー!!」
正気を取り戻した貴族や騎士たちからも、嵐のような歓声と称讃の声が湧き起こった。
「怪我はないかい、エルネ?」
アルディスはすぐさまエルネを抱き寄せ、その頬を優しく撫でた。
「はい、アルディス様。私は大丈夫です……! 」
エルネが掲げた水晶ケースの中では花びらが騒動を乗り越えていっそう気高く輝いていた。
「……ああ、君の鑑定眼と強さに、今夜も救われた。愛しているよ、エルネ。一生、俺の側でその瞳で俺を見ていてくれ」
「はい……! 私も、ずっとアルディス様の隣にいます!」
大勢の歓声に包まれながら、ふたりはそっと重なるように唇を寄せ合う。
二人の魂を繋ぐ月見草の光に見守られながら、完璧で幸福な勝利の宴が幕を開けるのだった。




