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雑用係の私ですが、草刈りしながらのんびりレア薬草を摘んでいます!2  作者: 志摩


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2/12

第二話 運ばれた招待状と甘やかな朝

 

 国営婚約発表パーティーの開催決定から、まだ数日。



 王都の街中には「あの魔導の至宝・アルディス閣下が平民の薬草収集家と婚約する」という驚愕の報せが瞬く間に広がり、お祭り前夜のような独特の熱気に包まれていた。




 王宮の文官たちが連日徹夜で書き上げた黄金の封蝋付きの招待状は、各貴族家門や有力な機関へと次々に発送されていく。


 それらは祝福だけでなく、羨望や強烈な嫉妬の渦を王都中に巻き起こしていた。



 一方、当事者であるエルネは、王立騎士団長の執務室で慣れないパーティー準備の第一歩を踏み出していた。



「あ……アルディス様、あの! 立ち方ってこれで合っていますか……!?」



 頭の上に分厚い魔法薬の図鑑を載せたエルネが、足元をプルプルと震わせながら背筋を伸ばしていた。



 普段のエプロンドレスではなく、動きやすい練習用の簡易ドレスを纏っているが、慣れない姿勢に必死な面持ちだ。



「完璧だよ、エルネ。君の立ち姿はどんな高貴な令嬢よりも美しく、凛としている」



 ソファに腰掛けたアルディスは、書類を手にしたまま、うっとりと肘をついてエルネを見つめていた。


 その金色の瞳には甘い愛おしさが満ちあふれている。


「もう……褒めすぎですアルディス様! 立ち振る舞いのマナー講師の先生が来られる前に、少しでも練習しておこうと思ったのに……緊張して頭が真っ白になっちゃいます……っ」



「ふふ、素直な君が一番愛らしい。……少し休憩しようか」



 図鑑を頭から降ろしてあげるついでに、アルディスはごく自然にエルネの腰を引き寄せ、膝の上にちょこんと座らせた。


「きゃっ!? あ、アルディス様……っ!」

「静かに。君の匂いを補給させてくれ」



 首筋にそっと顔を埋められ、耳元に温かい吐息が吹きかけられる。

 アルディスの大きな手が優しくエルネの手を包み込み、指先の藍色の婚約指輪を愛おしそうに撫でた。



「各家門へ招待状が送られた。……これで君は名実ともに、俺の唯一無二の伴侶となる。もう誰にも君を奪わせないし、蔑ませもしない」



 一途で重すぎるほどの溺愛。


 その温もりに包まれるたび、エルネの胸はギュッと締め付けられるような幸福感でいっぱいになった。


 ただの薬草収集家だったエルネが、こんなにも大切にされ、愛されていると改めて実感していた。



(私、頑張らなくちゃ。アルディス様の隣に立っても恥ずかしくないように……!)



 小さな拳を握りしめ、エルネが決意を新たにした、まさにその時であった。



 トントン。




 執務室の扉がノックされ、浮かない顔をした騎士が足を踏み入れた。



「閣下、失礼いたします。各家門へ招待状が届いた直後なのですが……。王立薬学・鉱物院より、魔法の速達便にてエルネ様宛に公式の書状が送られてまいりました」



「王立薬学院から……?」


 エルネが首をかしげると、アルディスはエルネを膝から降ろさぬまま、冷ややかな手つきで書状を受け取り、開封した。



 次の瞬間——。



 ゾクッ……!



 部屋の温度が瞬時に数度下がったかのような、圧倒的な氷の威圧感が室内を支配した。



「……愚か者が」




 地獄の底から響くような低く冷徹な声。

 アルディスの指先から青白い霜が走り、羊皮紙の端がパチパチと凍りついていく。



「ア、アルディス様!? 一体何が書いてあるんですか!?」



 慌てるエルネに、アルディスは極寒の殺気を吐き出しながら書状の内容を読み上げた。


『王立薬学・鉱物院長マルクス・マロンシュの名において通知する。各家門への婚約発表招待状の発行に伴い、平民エルネ氏の行う鑑定行為に対し、学術的根拠の欠如および詐称の疑いが寄せられた。国家の秩序を鑑み、パーティー開催前に王立薬学院本堂にて「鑑定資格の再評価試験」を執り行う。出頭に応じぬ場合、これまでの鑑定結果を偽装とみなし、相応の処処置をとる』



「鑑定資格の再評価……? 詐称の疑い……!?」


 エルネは驚きに目を見開いた。


 エルネがギルドや避暑地で行ってきた鑑定は、すべて目の前の素材と誠実に向き合い導き出した真実ばかりだ。

 それを偽装と決めつけられるなど、思いもよらなかった。



「招待状が届いてすぐにこれか……下らん嫉妬と嫌がらせだ」



 アルディスの瞳に、氷の刃のような冷酷な光が宿る。



「エルネの鑑定が偽装だと? 彼女がどれほどの知識で人々を救ってきたか、あの老いぼれどもは何も理解していない。……いいだろう、俺が今から薬学院へ乗り込み、マルクスと関係者の首をすべて撥ねてこよう」



「あ、アルディス様! 待ってください! 首を撥ねちゃダメです!!」



 本気で腰の剣に手をかけるアルディスを、エルネは慌てて引き留めた。


 相変わらずエルネに対する侮辱には容赦がないが、ここでアルディスが暴れてしまっては余計に話がこじれるだろう。



「私……行きます。薬学院へ行って、ちゃんと説明してきます」



「何……!? なぜだ、エルネ! あそこは敵地だ。権威に狂った者たちが、君を陥れようと待ち構えているんだぞ!」



「分かっています。でも……」



 エルネは伏せかけていた目を上げ、まっすぐにアルディスを見つめた。



「逃げたくないんです。招待状が配られて、みんなが私たちの婚約に注目している今、私が黙って引き下がったら……私を信じてくれたギルドの人たちや、パーティーを許してくれた陛下、そして何より、私を誇らしく思ってくれたアルディス様の顔に泥を塗ることになっちゃいます」



「エルネ……」


 アルディスは怒りをいくらか抑えて、エルネを見つめた。

 エルネの瞳がやる気に満ちていると確認すると、小さくため息をこぼす。




「私には難しい学術の肩書はありません。でも、素材に対する誠実さだけは絶対に負けません! 正々堂々と受けて立って、私の鑑定が本物だって証明してみせます!」



 凛とした強い瞳。


 守るべき存在だと思っていた少女は、自らの誇りとアルディスへの愛のために、自らの足で立ち向かおうとしていた。



 アルディスは胸を突かれたように目を見開くと、深く愛おしそうに自身の胸を押さえた。



「……分かった。君の意思を尊重しよう。だが、俺も同行する。君の横で——」



「ううん、ダメです。アルディス様が一緒だと、きっと周りの人が警戒します。それに威圧感で試験どころじゃなくなっちゃいますから。私一人で、私の力で受けてみたいんです」



 エルネの譲らない笑顔に、アルディスは苦虫をかみ潰したような顔をしながらも、ついに折れるしかなかった。


「……約束してくれ。少しでも危険を感じたら、指輪の魔力を通すんだ。一秒で君のもとへ駆けつけ、薬学院ごと氷漬けにしてやるからね」

「最後の一言が物騒すぎます……! でも、ありがとうございます、アルディス様」


「それと、付添人は出す。それだけは譲れないよ」


「わかりました」



 強く抱き締め合い、絆を確かめ合った二人。


 こうしてエルネは、パーティー準備のさなかに舞い込んだ最初の試練へと向かうこととなった。



 





◇◇◇




 王都の北部に聳え立つ王立薬学鉱物院。



 白亜の石造りの外壁と天を突く尖塔を持つその建物は、学問の最高峰としての圧倒的な威厳を誇っていた。


 重厚な大理石の扉をくぐり、足を踏み入れたのは、すり鉢状になった巨大な円形講堂であった。




 客席には、豪華な長袍を纏った学者や鑑定士たちがズラリと並び、見下ろすようにエルネを見つめている。


 その視線のすべてに、冷酷な嘲笑とあからさまな蔑みが混ざり合っていた。


「おい、見たか。例の平民女だぞ」


「騎士団長様をたぶらかして、自分も貴族の仲間入りをした気でいるらしい」


「今日の再評価試験で、身の程を知ることになるだろうさ」


 不快なひそひそ話が館内に響く。

 部屋の中央には、一つの重厚な実験台。


 そしてその奥の特等席には、王立薬学院長マルクス子爵が、白い髭を撫でながら不敵な笑みを浮かべて座っていた。



「ふむ……よくぞ逃げずに出てきたな、平民の娘よ」


 マルクスは粘つく声で吐き捨てた。



「わしが王立薬学院長、マルクス・マロンシュである。招待状を受け取り、各家門がざわついている中で不本意ではあろうが……そなたのようなギルド出身の泥臭い者が、騎士団長様の伴侶として王宮に出入りするなど、我が薬学院の権威にかけて見過ごすわけにはいかんのだ」


「……私は、自分の目で見た素材の真実をお伝えしているだけです。偽装などしておりません」


 エルネが毅然と答えると、周囲の学者たちから一斉に失笑が漏れた。



「『見た真実』だと? ハッ、笑わせるな!」



 マルクスは机を叩いて立ち上がった。


「我々が何十年もの歳月と莫大な予算を投じ、解明してきた学問を、そなたのような野良の草むしり女が『勘』だけで理解できるはずがなかろう! そなたの行っていることは、ただのペテンだ! 当てずっぽうのインチキに過ぎん!」



 激しい怒号が講堂に響き渡る。



 だが、今のエルネは怯まなかった。

 アルディスの温もりが、左指の指輪が、彼女に確かな勇気を与えていた。




「インチキではありません。素材にはすべて声があります。私のスキルは、鑑定眼は間違っていない。文献に書かれていないからといって、存在しないことにはなりません!」


「ぬぐっ……生意気な……!」


 言い返されると思っていなかったマルクスが顔を真っ赤にした、その時——。



 講堂の側面の扉が、絹の擦れ合う華やかな音とともに開いた。



 縦ロールの金髪を揺らし、眩しいほどの高級ドレスを纏った女性。

 マルクスの娘であり、第一調合法術師のユリア・マロンシュが姿を現したのだ。



 ユリアは手にした高価な扇子で口元を隠しながら、優雅な、けれど冷酷な足取りでエルネの前まで歩み寄ってきた。

 その青い瞳には、隠しきれない強い嫉妬と蔑みが宿っている。



 ユリアはゆっくりと扇子を閉じると、エルネを上から下まで舐めるように見回し、甲高い声で朗々とほほ笑んだ。


「おーほほほほ! 聞いて呆れますわ! 素材の声? ええ、ええ、平民らしいポエティックで無知なお戯言ですことですわね」


 ユリアはエルネの至近距離まで顔を近づけると、会場中に聞こえるように言い放った。


「はじめまして、野蛮で泥臭い平民のインチキ鑑定士さん。……アルディス様にすり寄る厚顔無恥な泥棒猫には、我が王立薬学院の本物の権威というものがどれほど恐ろしいか、今ここでたっぷりと教えて差し上げますわ!」


 エルネはその強気な様子のユリアに驚きながらも、身を引くことはなかった。






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