第十一話 王女の暴走突撃劇
万雷の拍手と祝福の中で無事に幕を閉じた、仕切り直しの婚約発表パーティー。
主役としての務めを果たし、ようやく王宮の奥にある豪華な控室へと戻ってきたエルネとアルディスは、長椅子に深く腰を下ろして息を吐いていた。
「……ふう。無事に終わってよかったです」
「お疲れ様、エルネ。本当によく頑張ってくれたね」
アルディスが愛おしそうにエルネの肩を抱き寄せ、その髪に優しく口づけを落とした、まさに甘い雰囲気が完成しようとしていた時。
バンッッ!!!
「ちょっと待ちなさいなーーーッ!!!」
重厚な控室の木製扉が、爆音と共に力任せに蹴破らんばかりの勢いで開け放たれた。
「キャーッ!?」
「何事だッ!?」
跳ね起きたエルネと、瞬時に剣の柄へ手をかけたアルディス。
せっかくの甘い時間を邪魔された殺気で瞳を凍りつかせたが、入ってきた人物の顔を見て固まった。
肩で息をし、額に青筋を浮かべ、豪奢なドレスの裾を豪快に両手で持ち上げたセシリア王女その人であった。
「せ、セシリア様……!? どうされたのですか、そんなに息を切らせて……!」
「どうされたのですか、ではありませんわエルネ!!」
セシリアはドカドカと激しい足音を立てて室内に踏み込むと、優雅な扇子を音を立てて勢いよく閉じた。
「なんなのですかあの生意気な双子のガキどもはーッ! 式典の途中で乱入してきた挙句『安っぽい』だの『秘密の魔導植物を育てに国へ来い、拒否権はない』だの……!! わたくしの大切なエルネに向かって、あのような暴言を吐いてタダで済むと思っていますの!?」
「殿下、落ち着いてください! ここは控室です!」
追いついてきたギルバートの制止も耳に入らない様子で、セシリアは「キーッ!」と悔しそうに地団駄を踏んだ。
「だいたい! あの『アトランティクスの双子神子』とか、何が『お遊戯をしよう』ですの!? 式典の最後に捨て台詞まで残して去っていって……! わたくし、パーティー中はずっと王女としての笑顔を張り付かせて耐えていましたけれど、もう限界ですわ! ブチギレそうですわ!!……いいえ、すでにブチギレていますわ!!」
「あ、圧倒的ですわ、セシリア様……」
エルネはセシリアの怒りっぷりに圧倒されつつも、自分たちのためにここまで本気で怒ってくれているのだと悟り、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「ねえアルディス様! あなた、どうしてあの場で氷漬けにしてお刺身になさらなかったのですか!? いつもの暴走はどうしたのですの!」
「失礼なことを言う。即座にあの二人の首から上を絶対ゼロ度で氷結破砕しようとしたさ」
アルディスは至極真面目な顔で、とんでもなく物騒なことを口にした。
「だが、エルネが前に出て俺の手を止めたんだ。『パーティーを台無しにしたくない』という彼女の気遣いを無駄にするわけにはいかないだろう」
「……チッ、相変わらずエルネのことになると聞き分けが良いですわね」
舌打ちまでしてみせるセシリアに、ギルバートが苦笑しながらフォローに入る。
「しかしセシリア様、お怒りは最もですが……お二人の放つ圧、その魔力、ただ事ではありませんでした。あの若さで帝国最強の兵力と目される『双子神子』……宣戦布告に近い爆弾発言です」
「分かっていますわよ!」
セシリアはガバッとエルネの目の前にしゃがみ込み、その両手を力強く握りしめた。
「エルネ。あの二人が何を企んでいようと、わたくしが……いいえ、我がレグラリア王国が絶対にあなたを守りますわ! あの生意気な双子に一本取られたままなんて、このセシリア・ディル・レグラリアのプライドが許しませんもの!」
「セシリア様……ふふ、ありがとうございます。でも、大丈夫です!」
エルネは握り返された手を優しく包み込み、藍色の瞳を凛と輝かせた。
「あの二人……強い魔力を纏っていましたが、どこか寂しそうで、無理をしているような違和感がありました。私の超絶鑑定眼なら、きっとあの二人の真意や弱点も見抜けるはずです。だから……どれほど恐ろしい企みがあっても、私、負けません!」
「……エルネっ!!」
エルネの頼もしすぎる言葉に、セシリアは感極まったように抱きついた。
「もうっ、どうしてあなたはそんなに可愛くて格好いいのですの!? アルディス様には勿体なさすぎますわ! 今からでもわたくしの姉妹になりませんこと!?」
「ちょっと待てセシリア、俺の伴侶になんという恐ろしい引き抜き口調を」
「うるさいですわね氷漬け男! あなたは黙ってエルネのガードマンでもしていなさいな!」
控室に響き渡るセシリアの怒号と、それに対して冷ややかに応戦するアルディス。
先ほどまでの不穏な爆弾発言の空気はどこへやら、部屋の中は賑やかで温かい活気に満ちあふれていた。
(アトランティクスの双子。本当に私を連れていくのかな……でも、私にはこんなにも心強い仲間たちがいる)
「それにしても、久しぶりに会ったというのに……。わたくしに挨拶もせずに帰ってしまいましたわ」
セシリアの不機嫌の正体は、エルネに関することだけではないようだった。
「あの双子の神子様たち、幼いころはよく遊んでおられましたね。お忙しいのではないでしょうか」
すかさずギルバートがフォローに入った。中間管理職の絶妙な空気読みが発揮されていた。
「そうですわ。交流の多い国で年が近いのはあの二人、レオンとルチアだけでしたから」
「きっと何か訳がおありなのでしょう」
「ええ、私たちも少し調べてみましょう。ね? アルディス様」
「ああ。エルネに害が及ばぬよう、徹底して調べよう」
エルネはアルディスのぬくもりを感じながら、飾られた『星紡ぎの月見草』のペンダントをそっと握りしめた。
どんな困難が訪れようとも、この絆がある限り、絶対に乗り越えていける。
嵐の予感を前に、エルネの心は静かな決意と希望で満たされていたのだった。




