第4話 知らない顔
鏡の前に立つハルは、窮屈そうに襟に指をかける。首元をほんの少しずらしただけだが、すぐに従者の手によって直された。後ろから青いマントがかけられる。揺れるマントの下には、白い王衣にあしらわれた、金の装飾が透けて見える。軽やかな見た目に反して、重みが肩にのしかかる。鏡に映るその姿は、知らない誰かだった。
礼拝堂へと向かう扉を開けると、肌を刺すような冷たい風が入ってくる。空は雲ひとつなく、抜けるような青空が広がっていた。青いマントをまとった騎士団が整列している。細槍を掲げた団員の間を抜けて、礼拝堂の入り口の前に立つ。
ハルは目を閉じて、静かに息を吐き出す。扉が開く。ゆっくりと目を開き、前を見る。黒と白の床を踏みしめるように歩く。足音だけが静寂に沈んでいく。
「ルナティアの王家の血を引く者よ、誓いの言葉をここに」
祭壇の前に膝をつき、首を垂れる。
「私ハル・フィンレイア・ルナティアは、ルナティア王国のため、この命を懸けて法と秩序を守り、慈悲を持って統治することを誓う」
「そなたに神のご加護があらんことを」
司祭の手で、王冠が頭に載せられる。続けて、指輪が差し出される。指輪に触れた瞬間、冷たさが走る。かすかに震える手で指輪を通そうとして止まる。刺すような視線が視界の端に引っかかる。何かを振り切るように、指輪を押し込む。その感触だけが、はっきりと残った。
司祭の声が響く。
「神の御意思により、ハル・フィンレイア・ルナティアはルナティア王国国王に任じられたことを宣言する」
それを否む者は、誰一人としていなかった。
王冠の重みをそのままに、礼拝堂を後にする。騎士団の列を抜けた所で立ち止まる。来た時と変わらない空が見える。
貴族たちの歩きながら話す声が、途切れ途切れに後ろから流れてくる。
「急で…」
「……第2王子でまだ良かった……」
「第3王子ではないのが……」
ハルは後ろを振り返ることなく、歩き出した。




