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第3話 順番

教会の鐘の音が、腹の底に響く。ヴォルガが率いる騎士団は、黒い装束で身を包み、棺を運んでいる。後ろには、レグルスの鎧を掲げた騎士が続く。

 礼拝堂で、ハルは棺をただ見続けている。兄は眠っているように見える。今にも、自分の前を歩き出しそうだった。司祭が語る、形式通りの弔事は耳をすり抜けていく。次、という言葉だけが耳について離れない。

 隣に座る父は、少し小さくなったようだ。もう、頼れる背中ではない。礼拝堂の明かりに照らされて、目の下の黒ずみが際立って見えた。

 反対側には、姿の変わらない弟がいる。気の抜けた様子で腰掛け、大あくびをしている。弟が、小さく言う。

「ようやく順番が来たな」

 後ろから尖った咳払いが飛んでくる。

 

 哀悼の会食には、父と第3王子は出席しなかった。体調が優れないため、と来賓には謝罪をした。弟の顔色は良かったが、誰もそのことには触れなかった。

 ハルは各国からの使節の間を歩き、弔いの言葉を受けたが、何も心に引っかからなかった。次の後継者という視線だけが絡みついて息苦しかった。兄は死んだばかりなのに、もう次が始まっている気がした。周りの視線が、離れない。

 

 全てが終わった後、父の寝室へ向かった。

「父上、葬儀は全て滞りなく終了いたしました」

 返ってくる言葉はない。目は開いている。だが、その目には何も映していない。

 ベッド脇の椅子に腰掛ける。膝の上にある自分の手をただ見ている。

「小さいな……この背に、代わるのか……」

 見つめた手は、震えていた。その手で自らの顔を覆った。



 ハルの前に、一枚の紙が仰々しく置かれる。薄い紙のはずなのに、やけに重い音がした。

 数字の並んだ書類に目を落とす。

「なぜ、防衛費にこれほどの額が必要なのだ」

 前に座る政務官を見る。

「喪が明けたら、エルアール国は、すぐにでも攻め込んでくるでしょう。」

「攻め込まれる前に、制圧することを考えておかなければなりません」

 別の政務官が口を挟む。

 書類に目を戻す。握ったペンが重い。書類の上に、ペン先を落とす前に、後ろから声がした。

「それは、防衛費ではありません」

 政務官たちの視線が、一斉に後ろの男に向く。

「その額は、戦い続けるための費用です」

「付き人風情が知ったような口を利くな。我々は、陛下の不在を任されているのだぞ」

「……そうか」

 ハルの右手にあったペンが、机に置かれる。

「誰に任されたのだ。陛下は、判断できる状態ではないはずだが」


 

「レヴィアス、先ほどの発言の意味を説明しろ」

 執務室の椅子に、腰掛けると同時に疑問を投げかける。

「戦い続けるとは、どういう意味なのだ」

 レヴィアスは、顎に手を当てている。何かを考える時の、この男の癖だ。

「あの書類に書かれた防衛費は、長期戦を見込んだ額でした。」

「戦争がどれほど続くかなど……誰にも分からないはずだ」

「先日の、アッシュクラウン平原での戦いは、短期間で我が国が優勢となっています。そして、エルアール国は、あの戦いで大きな損害が出ています。いくら、この停戦で、時間の猶予ができたとしても、長期戦には耐えられないでしょう」

 「そうか……そういうことか」

 レヴィアスは黙って、こちらを見ている。ハルは顔を上げなかった。


「失礼します」

 レヴィアスは、ソファーに座っている人影を見て止まった。

「入れ」

「ベルム殿、お久しぶりです」

 レヴィアスが一礼する。

「何かあったのですか」

 ハルはこめかみを押さえている。開いた口から出たのは、大きなため息だった。

 ハルは、言葉を選びながら昨夜の父親の様子を伝えた。レヴィアスの顔は、みるみる強張っていく。

「陛下が……そんな……殿下のことも分からなくなるなど……」

 レヴィアスの小さな呟きは、宙に浮いたまま、誰にも拾われなかった。外で騎士団が訓練している声がかすかに聞こえる。

「このままでは、国が止まります」

 ベルムは静かな口調で話す。その目はまっすぐハルを見ている。

「分かっている」

「貴族たちも、もう勘付いている頃でしょう」

「分かっている」

 二度目の言葉は、消え入りそうな声だった。

「レヴィアス」

 こめかみを押さえていた手が下がる。隣に座る男を見る目は揺れて、視線が落ちる。

「……私はお前を宰相に任命する」

 レヴィアスはポカンと口を開けたまま、動かない。

「聞いているのか」

「は、はい……え……私をですか……」

「……そうだ」

「いや……私は男爵家の出の者で……」

「だからどうした」

「ベルム殿がいらっしゃるではありませんか」

「申し訳ありません。私は、陛下と共に引退させていただきます。老体には少々荷が重くなりましてね」

 レヴィアスは、口を開けたまま、言葉が出てこない。その姿を見て、ハルは目を伏せる。

「次の議会で、戴冠の儀の日程を決める。もう……次が来ているのだ」

 

 


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