第21話 覚悟
部屋の中の空気は、張り詰めた静けさで満ちている。ハルの息遣いが、静かになっていく。
公爵は静かにハルを見ている。その目には、すべてを失う覚悟と静けさがあった。
レヴィアスの視線が、ハルに向けられる。ハルの組んだ手の指先が、小さく動いていた。やがて、ハルの口がゆっくりと動く。
「……そうではない」
公爵の眉間にわずかなしわが寄る。ハルの沈んだ声が続く。
「お前を裁くことは簡単だ。証拠もある。議会も動くだろう」
ハルの視線は、真っ直ぐに公爵へ向けられている。
「だが、その後はどうする」
公爵の目が、細くなる。言葉は出なかった。
「お前の領地は、流通を担っている。職を失った者も多く抱えている。ここで、公爵領を崩せば、さらに混乱は広がるだろう。国に飢える者が増えるだけだ」
ハルの視線が、机の上に落ちる。静かな言葉の中に、わずかな揺らぎが混ざる。
「今、国に必要なのは断罪ではない……立て直しだ」
レヴィアスが、顔を背ける。口は堅く結ばれ、歪んでいる。肩は小さく震えていた。
公爵の口元から、笑みが消える。目が細くなり、探るようにハルを見ている。
「……それで、陛下は私に何をお望みですか」
ハルは顔を上げる。
「食料流通を正常に戻せ。倉庫の食料もすべて放出しろ」
公爵は、じっと動かない。ハルの声が一段低くなる。
「その代わり、お前の罪は私が預かる」
レヴィアスの息を吞む音が聞こえた。
静寂の時間が続く。ようやく、公爵の口から掠れた声が出る。
「……なぜ、そこまでされるのですか」
ハルの視線は落ちたまま動かない。公爵は、何も言わずにハルを見つめている。ハルは小さく息を吐きだした。
「……国を守るためだ……正しいことをしていれば、それで守れると思っていた」
ハルの口元が自嘲するように歪む。
「だが、そうではなかったのだ」
ため息と共に言葉が零れる。
「この国は、これ以上失うことができないのだ」
押し殺した重さのある言葉が、部屋の空気を覆う。
公爵はハルから目を逸らさずに、静かに尋ねる。その目からは、先ほどまでの嘲りは消えている。
「……ご自身のことは、お考えにならないのですか」
ハルは目を伏せる。
「私一人のことなど、大した問題ではない」
憂いすら感じない声の温度に、レヴィアスが目を見開く。手がわずかにハルに向かうが、その手は握りしめられ下に垂れた。




