第19話 代償
レヴィアスは震える手で、羊皮紙を広げペンを握る。その動きは、普段より緩慢に見える。執務室の空気が重くなったのは、ハルの一言からだった。レヴィアスは何も返せていない。
「……アルリック公爵を呼べ」
ペン先が、羊皮紙の上で止まる。レヴィアスは、ひとつ息を吐き出してペンを動かす。部屋には、ペン先の擦れる音だけが響いていた。ハルは、それをじっと見たまま動かない。
レヴィアスが、ペンを置く小さな音がする。王家の印章を手に取る。紙面の上で手が止まる。
「……陛下……よろしいのですね」
「……ああ」
レヴィアスが下を向いたまま小さく落とした問いに、ハルも小さく答える。
印章を握る手に力がこもり、羊皮紙に押し付けられる。印章を戻すと、レヴィアスの左手は、右手を握りしめた。顔を上げてハルをまっすぐに見るレヴィアスの顔は、こわばっていた。
「召集理由は、地方政策の確認としてあります」
「……それでいい」
――2週間後の夜。
執務室に侍従の声が響く。
「アルリック・ド・グレイモン卿が来城されました」
ハルの視線が下に落ちる。口は堅く結ばれる。レヴィアスの背筋が伸びた。
別の侍従に案内されて現れた公爵の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。レヴィアスが、手で合図をすると、侍従たちは全員外に出ていく。ハルが手でイスを指し、座るよう促す。公爵はゆったりとした動きで、イスに腰を下ろした。背中を預けて座る公爵の姿には、優雅さが見える。
ハルは、机の上で手を組み、静かな声で話し始める。
「今日は、公爵に地方政策に関わることで確認したいことがある」
公爵の表情は変わらない。穏やかな笑みを浮かべたまま答える。
「私が存じていることでしたら、何でもお答えいたしましょう」
ハルの組んだ手に力が入る。静かな声が続く。
「食料流通を整え、王都では安定したようだ。だが、地方に食料が回っていないことがわかった」
「……ほお……それはどういうことなのでしょう」
「王都の外れにある倉庫に、食料が運び込まれていて、流通が止められていた」
「何と、そんなことが……しかし、その件では、私からお答えできることはなさそうですね」
公爵はハルをまっすぐ見たまま、悠然と答える。
ハルの目が細くなる。静かに机の上に帳簿を置く。公爵の目が鋭くなり、声が低くなる。
「……それを、どこで手に入れられたのですか」
ハルは何も答えない。レヴィアスの喉が鳴る音が聞こえる。公爵の表情に、また笑みが戻る。
「その帳簿が何か」
「南域回送組合に資金が動いているようだな」
「はて……私の預かり知らぬところで、何か動いたようですな」
ハルは小さくため息をつく。羊皮紙を広げて、公爵に見せる。
「これも預かり知らぬと?」
公爵が、羊皮紙を見る目が険しくなる。下唇を噛んでいる。小さく舌打ちする音が聞こえた。
「陛下もお人が悪い。分かっているなら最初から出せばいいものを……」
公爵が言い捨てる。レヴィアスの足が一歩前に出る。ハルがそれを手で制した。
「アルリック公爵、お前の狙いは何だ。国民を飢えさせて何をしようとしている」
「狙い?そこはお分かりにならないのですか。今起こっていることは、すべて陛下、あなたが行った政策の結果ですよ」
アルリック公爵は薄く笑みを浮かべた。
最後が切れておりました。大変失礼いたしました。




