第18話 茨の道
ハルが一段低い声で問いかける。
「……証拠は掴んでいるのか」
サイラスは黙ったまま、綴られた紙の束をテーブルの上に置く。ハルは、サイラスに視線をやり紙の束を手に取り、ゆっくりとめくっていく。レヴィアスが横からのぞき込む。
「帳簿……!こんなものどうやって……」
レヴィアスは口走った言葉の先を飲み込む。レヴィアスの視線が一瞬こちらに向く。ハルの視線は動かなかった。サイラスはもうひとつ、丸まった羊皮紙をテーブルに置く。ハルがそれを広げる。
「……地方の供給量だけを操作していたのか……」
「公爵領は、戦時中、軍需輸送で利益を得ていました。和平条約の締結で、失業者が増加。公爵は、その者たちを雇用していたようです」
サイラスの声が、妙に耳に残る。
執務室でハルは天井を眺めたまま時間が過ぎていく。レヴィアスは下を向いたまま動かない。ようやく、レヴィアスが口を開く。
「公爵が関わっているとなると、一筋縄ではいきませんね……議会への影響が大きい……」
最後の言葉は独り言のようだった。ハルは天井を見たまま、つぶやく。
「……表に出せば国は混乱するな」
「そうでしょうね。ですが、致し方のないことです。一から立て直すことを考えましょう」
ハルは答えない。レヴィアスがハルをじっと見る。
「……陛下……何をお考えですか」
レヴィアスの視線は外れない。その目が鋭くなる。
「表に出せば国は混乱する」
同じ言葉を繰り返す。レヴィアスの顔が険しくなる。
「それでは、陛下はどうなさるおつもりですか」
「公爵を罪に問うのは簡単だ。だが、その後はどうする」
「誰か他の者に領地を与えて立て直しを……」
最後まで言い切らないうちに、ハルが言葉を被せる。
「それには、どれほどの時間がかかる?今飢えている者たちがいる。公爵から領地を取り上げれば、失業者があふれ出す。そこを立て直すのに何年かかる」
「では、どうなさるのですか」
レヴィアスの声に尖った音が混ざる。
「……公爵の罪は問わない」
レヴィアスの息が止まる。手が震えている。ようやく絞り出した声は震えていた。
「陛下……ご自分が何をおっしゃっているか分かっているのですか」
「……ああ」
「そんなことをすれば、陛下の立場はどうなりますか。表に出た時には、陛下への信用は地に落ちます。それこそ、国が崩れます」
「だから表に出さないと言っているのだろう。公爵の首根っこを押さえればいい」
「関わっているのは公爵一人ではありません。御用商人、南域回送組合の者たち……多くの者が関わっています。表に出さないなど不可能です」
「御用商人は公爵と共に沈む。公爵を抑えれば問題ない。今後のことを考えれば、公爵のところにいた方が役に立つだろう。南域回送組合の男は……サイラスに任せる」
最後の言葉の温度に、レヴィアスは何も返せなかった。ハルは、沈んだ声で続ける。
「……正しいだけでは、国は回らない」
レヴィアスの顔が苦しそうに歪む。絞り出すようにハルに語りかける。
「それが、茨の道で地獄に続くとしてもですか」
「……ああ……国を守れるなら……地獄にでも落ちよう」
レヴィアスが両手で顔を覆い、大きく息を吐き出す。苦しそうな顔をあげて、まっすぐにハルを見つめる。
「……私も地獄にお供いたしましょう」
ハルの顔には泣きそうな、それでいて微笑んでいるような表情が浮かんでいた。
執務室を出ると、ハルは静かな足取りで階段を上がっていく。扉を開けた先には、誰の姿もなかった。ハルは、そのまま進み、バルコニーへ出る。温室の扉を開けて、自然とイスに腰を下ろした。温室の屋根からは、青白い月が見える。ハルは、ただじっと見つめていた。




