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第1話 誰だ、貴様は

 静まり返った夜の空気を、ドアを叩く音が破る。

「殿下、ハル王子殿下」

 

 ガウンに片方の手を通しながら、扉を開ける。青ざめて引きつった顔が明かりに浮かび上がる。

「何があった」

「陛下のご様子が……。すぐにお越しください」

 胸の奥が、小さく軋む。無言で走り出すと、従者の声が後ろから追いかけてくる。

「殿下、そちらではありません。こちらです」

 従者が走り出したのは、父の部屋とは逆方向だった。足が一瞬止まる。

 

 従者に追いつくと、引きずるような足音が聞こえる。低く湿った声がそれに重なる。廊下の角の前でハルの足が止まる。

「レグルス……レグルス……」

 胸の軋みがゆっくりと広がる。大きく息を吐き出し、足を前に出す。

 角を曲がると、寝間着の前が大きくはだけ、片肩を露わにした父の姿があった。かつては、体躯に恵まれていた父の肩は、痩せて薄かった。

 「急に、レグルス王子殿下の声が聞こえた、と……。お止めしたのですが、我々の声は聞こえないようでして……」

 従者は、うつむいたまま顔を上げない。

「父上」

 震えた声で呼びかける。反応はない。

「父上、そのような格好で出られてはお体に障ります。部屋に戻りましょう」

 肩を抱くように手をかける。ゆっくりと父がこちらを見る。空洞のような、真っ黒な目が向けられる。見ているはずなのに、何も映していない目に鳥肌が立つ。

「レグルスはどこにいる。レグルスはどこだ」

「父上、兄上はここにはおりません。お体が冷えています。部屋に戻りましょう。」

 肩を引き寄せ、部屋の方に体の向きを変えようとした。次の瞬間、体が弾き飛ばされた。足がもつれて壁にぶつかる。肩に鈍い痛みが走る。

「何をするか、無礼者。」

 とがった声が飛んでくる。

「父上、私です。ハルです。」

 父の口が、ゆっくりと動くのが見えた。嫌な予感が遅れて形になる。

「誰だ、貴様は」

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