第12話 差し出すもの
執務室の机を挟み、レヴィアスと向かい合っていた。ハルは手に持った紙の束をめくっていく。最後の一枚をめくり、顔を上げる。資料を机に戻し、口を開く。
「問題ない。これで進めていい」
「ありがとうございます。交易路はルナティアで管理とします。委任も可能な形で進めてまいります」
「ああ、それでいい」
「管理権は誰に委任されますか」
「……まだ決めてない」
「かしこまりました」
レヴィアスがメモをする。
「武力の不可侵の保証は何としましょうか」
「親善使節を双方に派遣でいいだろう」
「使節は辺境伯に依頼でよろしいですか」
ハルは腕を胸の前で組み、視線を落とす。
「……いや、カシオンに行かせる」
「は……?カシオン第3王子ですか」
「ああ」
レヴィアスは視線を落とす。ひとつ大きく息を吸う。
「……私は反対です。派遣先で問題を起こせば、和平が崩れます……それでも行かせるのですか」
「監視はつける」
「しかし……」
そのまま、レヴィアスは口を閉じる。視線は下に落ちている。ハルは、静かに口を開く。
「……あれを国内に置いておくのは危うい……駒にされる」
レヴィアスは、握りしめた手帖を見つめていた。
「エルアール国との和平交渉は、以上の内容で進めてまいります」
会議室に、レヴィアスの声が響く。
「親善使節として、カシオン第3王子を派遣なさるのですか」
政務官たちの目は、ハルに向けられる。
「和平の保証として派遣するのだ。相応の立場の者が出向くのは当然だろう」
「たしかに。お立場には不足ありませんがね」
「賠償金のことが何も書かれておりませんが……」
別の政務官が、口を挟む。ハルは机の上で手を組んだまま、視線を向ける。
「賠償金は請求しない」
「請求しない?我が国は戦勝国ですぞ」
「ずいぶんと弱腰な交渉ですな」
誰かがため息をつく。ハルが片手を上げる。ざわめきの波が引いていく。
「賠償金は短期的な利益でしかない。私はもっと長期的な利益を取る」
政務官たちが目配せする。一人が口を開く。
「国益を損なう結果とならないことを祈りますよ」
ハルの組んだ手が固くなった。
大広間の中央で、ダークウッドのテーブルにシャンデリアの灯りが映っている。テーブルの上には羊皮紙が広げられている。レヴィアスは、流れるように言葉を紡いでいく。エルアール国外務卿は、羊皮紙の文面を食い入るように見ている。
「ルナティア王国との交易が再開できることは、我が国にとっても有益です。ぜひ、この内容で進めさせていただきたい。一点、確認したいのですが、親善使節に第3王子を派遣されるのですか」
「はい。和平の象徴となる大切な使節ですので」
外務卿は後ろのハルを見る。ハルは動かない。
「そうですか。では、大切な使節をお迎えするための住まいを用意せねばなりませんな。王都にご用意いたしましょう。こちらからは、辺境伯を派遣いたします」
「恐れ入ります」
レヴィアスは、肩越しにハルに視線を送る。ハルは小さく頷く。
「では、調印に移らせていただきます」
レヴィアスと外務卿は、席を開ける。ハルは、わずかな衣擦れの音と共に立ちあがり、進み出る。
ペンを握る手に、重みが加わる。正面にいるエルアール国王へ一瞬視線を送り、羊皮紙にペンを落とす。
レヴィアスにより印章が押される。
ハルは立ち上がり、エルアール国王と握手を交わす。湿った感触がした。




