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赤毛の職人とぬいぐるみの戦争  作者: 牛熊


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12. 第7章 家族の絆と策略の果て-1

展示会場は熱気と喧騒に満ちており、密談を行うには少々不適切だった。


そこで、ネイトらは展示会に用意されていた会議室へと移動した。


会議室はテーブルと革張りの椅子が並び、窓からは港の青い海が見える。


商談用の部屋だけあって遮音性には優れており、それなりの人数が入るだけの広さもあった。


当然のように予約者で列をなしていたが、ティムが展示会のスタッフに声をかけたところ、利用者を追い出すようにして部屋を手配してくれた。



ネイトはテーブルに両手を置き、赤い髪を揺らして淡褐色の目でラッセルやティム、付き人らを見据えた。


「話は単純だ」


ネイトの声が会議室に響く。


「新作のぬいぐるみを権力者の家族に贈って、戦争回避に協力させりゃいい。つまり、贈賄と扇動だ。分かりやすいだろ?」


部屋は静まり返ったままだが、ネイトは気にせず話を続ける。



「新作は...そうだな、2体の兎のぬいぐるみが左右から支える写真立てにしよう。客の家族をイメージした衣装やアクセサリーを特注で作って、ぬいぐるみに着せて納品するんだ」


ネイトの説明を聞いてティムは手を上げ、疑問を口にした。


「その商品にした理由は何かな?」


「これなら両親や妻子の組み合わせができるだろ?1体だけにするより、家族愛に訴える効果がありそうだ。それに写真立てなら、男の権力者でも事務机に飾るのは珍しくない。売るなら商品名があった方がいいな。そうだな......平和維持ってことで、ピースキーパーにしよう」


「なるほど。そういう狙いなら問題ないだろう」


ティムは納得したように頷く。



「まず、ロックミア共和国とヘザーリン帝国で、軍部を中心に家族思いな権力者をリストアップする。その権力者の家族をモチーフにしたピースキーパーを作り、家族に配る。そして、『誰も戦争を望んでいない。また、戦争を回避できないと今後商品の提供は不可能になる。権力者に戦争回避を訴えかけて欲しい』というメッセージを添えて、家族に依頼する」


ラッセルはネイトの説明に納得できず、おずおずと手を上げた。



「…流石に子供だましの策じゃないか? それで戦争が止められるのかい?」


「あいつら軍人は、敵と戦って死ぬ覚悟は出来てるかもしれねえ。死んだとしても名誉の戦死扱いだしな。だけど、家族と戦う覚悟は出来てるのか?」


その言葉にラッセルは黙り込む。


そもそもの全ての発端が家族からの要望なのだから、権力者であっても逆らいきれないことは確かだった。


そして、ラッセルが何か言うよりも先に、ティムが口を挟んだ。



「狙いは悪くない。そもそも、両国共に本気で戦争をしたいわけではない。単に引き時を誤っただけだ。理由さえ作れば手を引くという見込みは間違っていない。そして、妻や娘に頭の上がらない軍人は意外と多い。刺さる相手には刺さる策だろう。軍部以外も巻き込めば圧力は更に増す。分の悪い賭けではない」


ティムは愉快そうに手を叩いて笑う。


権力者たちに嫌がらせできることが、楽しくて仕方がないといった様子だ。


ネイトもティムの説明を聞いてニヤリと笑った。



「だろ? お偉い元帥閣下も、家族の前じゃただの親父だ」


相手の弱みを徹底的に叩く。


悪人のように邪悪な笑みを浮かべる2人を前に、ラッセルはため息をついて渋々頷いた。


「………分かった。この作戦でいこう」



**********



ハーディプールの工房は、未曾有の忙しさに包まれていた。


ネイトとラッセルがロックミア共和国に戻った後、ピースキーパー制作の大量生産のため、工房の職人たちを総動員したからだ。


次回の両国の会談まで時間がないため、2人だけでは手が足りないのだ。


だが、巻き込まれた職人たちは不満を隠さない。


既に抱えている仕事がある上、ぬいぐるみ作りは彼らの専門外だからだ。



「なんで俺たちがぬいぐるみなんか作らなきゃいけねえんだ!」


職人たちはそう叫んで、当初は断固反対する様相を見せた。


しかし、「ぬいぐるみを作るか、戦争を始めるか。好きな方を選べ!」とネイトに言われて渋々と従うことを決めた。


ネイトとラッセルに仕事を押し付けて安堵していた職人たちは、遂に自分たちも巻き込まれる日が訪れてしまったのだった。



「縫い方が適当すぎる。やり直せ」


ネイトはある職人が作ったぬいぐるみを手に取って、遠慮なく不良品扱いした。


「ぬいぐるみなんか作ったことねえんだよ!」


言われた職人は顔を赤らめ、作業台を叩きながら叫んだ。


やりたくもない、それでいて慣れない仕事に前向きに取り組めるはずもない。


しかし、ネイトは淡褐色の目でその職人を睨み、静かに、だが鋭く言い返した。



「それがどうした。そんな理由でテメエはみっともない商品を客に売るのか?」


そう言われて職人は言葉に詰まり、目を逸らした。


悔しそうに拳を強く握った後、ネイトの手からぬいぐるみを奪い返す。


「…やればいいんだろ! やれば!」


彼は乱暴に生地を手に取り、作業に戻った。



「あいつ、変わったな…」


その光景を遠巻きに見ていたヒューは、信じられないものを見たように呆然として、茶色の髪をガシガシとかいた。


隣に座るブレンドンは、茶色の兎のぬいぐるみを縫いながら鼻で笑う。


「あの野郎が一端の職人らしいこと言うようになったもんだ」


ハーディプールの職人たちはぬいぐるみ作りなど初めての経験だった。


だが、彼らの培ってきた技術力と、ネイトの用意した手本があればそう難しい話ではなかった。


本気になった職人たちは、すぐにネイトが作ったぬいぐるみと全く同じものを作り上げていった。


出来上がった兎の縫い目やフォルムは完璧で、ぬいぐるみに着せる服も設計通りに仕上がっていく。



作業台には、軍服やドレスを着た兎が並び、写真立てのフレームに固定されていく。


赤いリボン、紺と白のネクタイ、金のボタン。


家族をイメージした装飾が、ぬいぐるみに命を吹き込んでいく。


代償は職人たちの睡眠と健康だが、彼らは文句を言いつつもどこか楽しげだった。



そんな工房の喧騒とは別に、ネイトとラッセル、スチュアートは作戦の進捗を確認し合っていた。


ラッセルは手元の書類を2人に見せながら指差す。


「ティムからの連絡が届いた。ヘザーリン帝国を担当しているティムクラフトは、経験豊富な職人を動員したので、生産の問題はないとのことだ。展示会で型紙と見本を渡したかいがあったな。配送もベアトリスの流通経路を利用するらしい」



ラッセルに続いて、今度はスチュアートが書類の束を机の上に置いた。


「大臣が支援してくれたおかげで、資金や資源は潤沢にある。ロックミア共和国内の配送に関しては、大臣の使者が責任を持って担当すると約束してくれた。完成したピースキーパーから順に発送の手続きを始めている。影響力のある人物や遠隔地を優先しているが、やはり時間ギリギリになりそうだな」


書類には宛先の住所や氏名、経由する予定集積地などがリストになっている。


上流階級相手に宛先を間違えるようなことがあってはならず、スチュアートと大臣の使者はかなり神経質になっていた。


特に今回は特注品であり、見知らぬ家族の格好をしたぬいぐるみなど、贈られても機嫌を損ねるだけだからだ。



ネイトは2人の話を聞いて満足そうに頷き、懸念事項の1つに触れた。



「ラッセル、お前が言ってたイベントの方はどうなんだ?」


「あれはゴードンに依頼して、場所と警備も手配済みだ。必要なぬいぐるみと衣装も作っているけど、問題なく間に合う見込みだ」


「参加者はこの前の下町のガキ共が中心なんだろ?ちゃんと覚えてたか?」


そう言ってネイトは以前会った子供たちを思い浮かべる。


引き換えだと言って渡したぬいぐるみを、未だちゃんと保管してるか疑問を持っていた。



「それがね、意外と皆覚えていたよ。君に話しかけてきた少女がいただろ?彼女が中心となって取りまとめてくれている。下町の大人たちも協力してくれるし、後は当日晴れるのを期待するだけだ」


ラッセルは苦笑しながら説明する。


彼も正直なところ、ここまで子供たちが協力的だとは予想していなかったのだ。


新作のぬいぐるみを貰えるという、餌が効いているのもあるだろう。



「よし。それじゃ、後はやるだけだな」


ネイトは右拳を左手にパシッと叩きつけ、勢いをつけて立ち上がった。


ラッセルとスチュアートも立ち上がる。


そして、3人はそれぞれの仕事へと向かっていった。



**********



「どういうつもりだ?」


目の前の壮年の男性からそう聞かれたクライヴは、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。


壮年の男性は情報部の最高責任者であり、クライヴはその男性の執務室に呼び出されたのだった。


男性はどこか面倒そうに重厚な机に肘をつきながら、革張りの豪華な椅子にゆったりと腰掛けている。


対するクライヴは机の前で直立不動の姿勢を崩さない。


早い話が、ネイトらに権力者の情報を流したことを問い詰めるため、上司が余人を交えず詰問しているという状況だ。



「仰る意味が図りかねます」


クライヴは白々しくも堂々と聞き返すが、男性は呆れたように大きなため息をついた。


「貴様は反元帥派だったのか?それとも、火遊びや小銭稼ぎのつもりか?」


軍の最高責任者が開戦する腹づもりなのに、それに逆らう意味を理解しているのかと男性は言外に問うてくる。


しかし、クライヴは怯むこと無く、真っ向から切り返しにいった。



「情報部も戦争がやりたいのでしょうか?」


「.........ふむ」


男性は顎に手を当て、思案するような素振りを見せた。


それが本気なのか、それともただのポーズなのか。


判断がつかず緊張するクライヴの背中に、また1筋の汗が流れた。



「...情報部はあくまでも軍部の1部署に過ぎん。元帥閣下が命令を下せば、それに従うのが道理だ。だが、その上で個人的な所見を述べるのであれば、軍部も政治家も一枚岩ではないとだけ言っておこう」


そう言って男性は目を細め、「戦争したがる馬鹿と一緒にするな」と訴える。


とりあえず上司が敵ではないことを理解し、クライヴは内心で胸を撫で下ろした。



「了解しました。本情報提供に関しましては、新しい特産品の周知と価値向上に資するものであり、大臣と元帥閣下の開発命令に準じたものであると認識しております」


「なるほど。裕福な権力者の家族から好評を得られれば、確かに今後の販売も円滑に進むだろうな。その点から鑑みれば問題なかろう。だが、上司への連絡と報告を怠ったことは看過できん。何をするつもりなのか。洗いざらい喋って貰うぞ」


建前とは裏腹に、男性は冷ややかに笑う。


ろくでもないことを企んでいるなら潰す。


その意図を隠そうともしない男性に対し、クライヴは冷や汗をかきながらネイトの計画を説明した。



「ヘザーリン帝国の重鎮と手を組んだ計画とはな...。服職人が大それたことを考えるものだ」


流石に想定外だったのか、説明を聞いて男性は顔を歪めた。


だが、即座に立ち直り、クライヴを鋭い目で睨みつける。



「貴様もこの計画に加担した以上、責任と出世を覚悟して貰うぞ」


「責任と...出世ですか?」


男性の意図が掴めず、クライヴは眉をひそめて困惑した。


責任は分かる。


切り捨てられる尻尾が必要だからだ。


だが出世とはどういう意味だろうか。



「で、覚悟はあるのか?」


男性はそれ以上の説明をせず、クライヴの回答を求めた。


意図が分からずとも決断しろと迫ってくる男性に対し、クライヴは腹を括った。



「あります!」


「よろしい。では、必要に応じて追加の情報提供などを行え。全て貴様の判断で行って良い。ただし、報告は上げろ」


「了解しました」


クライヴは内心ホッと一息つき、これで要件が済んだと思って敬礼し、退室しようとした。



しかし、クライヴが逃げ出すよりも先に、男性は新しい爆弾を投げ込んだ。


「ところで、一部の過激派やヘザーリン帝国の息がかかった連中が、裏で動いていることを把握しているか?」


唐突に話を変えた男性の口から、決して無視できない情報が零れ出てくる。


クライヴは緊張で表情を硬くする。


「...いえ、初耳ですが」



男性は机を指でコツコツと叩く。


それは苛ついているというより、タイミングを見計らっているようだった。


「今回の荷物はヘザーリン帝国の工房と共同開発だな?それを知った者たちが、敵国のスパイ道具と主張したり、逆に開戦派の賄賂と勘違いしたようだ。各々が配送拠点の襲撃や、配送中に件の荷物を強奪する計画を立てているらしい」



男性は椅子に背中を預け、呆れ果てた表情で大きくため息をついた。


そして、馬鹿どもにはこれ以上付き合いきれん、と言わんばかりに顔を歪める。


「別経路から上がってきた真偽不明の情報だったが、貴様の話を聞いてようやく合点がいった」


「なんと!今すぐ対応しなくては!」



クライヴは慌てて動き出そうとするが、目の前の男性を見てすぐに冷静になった。


男性は平然としていて、むしろ慌てるクライヴを見て楽しげに口元を歪めている。


それはまるで、罠にハマった獲物を見つめる猟師のようだった。



その瞬間、クライヴは上司が全てを承知の上で、これまでの話をしてきたことを察した。


しかし、既に逃げ道は絶たれている。


「手が足りず困っていたところだ。無事配送計画を完了し、話も上手く転がれば、貴様は大臣と元帥閣下の覚えめでたき出世頭になるだろう。先程の言葉に二言は無いだろうな?...さあ、これからが本当の仕事の時間だ。存分に働いて貰うぞ、大尉」

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