10. 第6章 2度目の展示会
フリントムーア連邦首都の港湾都市は陽光に輝いていた。
いつもと変わらず、雲1つ無い青空が広がり、暖かい日差しが街に降り注ぐ。
ガラスがふんだんに用いられた展示会場は、まるで巨大な水晶のように光を反射し、内部では各国の特産品が差し込む光に照らし出されていた。
ネイトとラッセルは新作の兎のぬいぐるみを出品するため、再びこの地を訪れた。
会場へ向かう車の車輪が石畳を叩き、開けられた窓から風と共に海の塩気が車内に漂う。
陸軍所属のゴードンは、今回も護衛として同行していた。
彼は「ネイトがまたしょぼくれていたら、尻を蹴り飛ばしてやろう」と意気込んでいた。
嫌がらせが目的ではない。
これまでの経験で、「意気消沈している兵はすぐに死ぬか失敗する」と嫌ほど理解しているからだ。
能力があろうとも、士気が低ければ全てを台無しにする。
また兵士だろうが職人だろうが、自分の仕事に自信が持てないようでは話にならない。
そして、職人が自信を持っていない商品を買おうとする客はいない。
商品に問題があっても、せめて作った本人だけでも堂々とこれは良い商品だと言えなくては、商売人として失格である。
だからゴードンは以前のネイトを見て、物の売り方も知らない素人だと判断したのだ。
しかし、ホテルに着いたゴードンは自分の目を疑った。
そこには胸を張って堂々としたネイトがいたのだ。
着ているスーツは前回と同じだが、受ける印象は全く違う。
ネイトは展示会に行くのが待ち切れないという様子で、文字通り別人のようだった。
ゴードンは呆気にとられて、「こいつに何があったんだ?」とラッセルに聞くが、曖昧な回答しか返って来ず困惑した。
ネイトらが展示会場に着くと、ティムが展示会の入口に立っていた。
彼はネイトを見つけ、穏やかに微笑んだ。
「君だけの可愛いぬいぐるみはできたかね?」
ティムの声は低いが、会場の騒ぎを切り裂いてネイトらに届いた。
「案内してやるからついてこい」
ネイトは赤い髪を揺らし、淡褐色の目を輝かせながら、自信満々にニヤリと笑った。
それを見たティムは眉を上げて口元を少し歪めて笑い、ステッキで軽く地面を突いた。
「ほう。では、エスコートをお願いしようか」
彼の琥珀色の目が期待に輝き、ネイトの後に続く。
ラッセルは少し遅れて歩き、灰色の目で2人の背中を見守る。
ゴードンは雰囲気に飲まれて額に汗を浮かべ、心を落ち着けるようにサーベルを握りしめた。
会場は熱気に満ちていた。
区切られたブースごとにテーブルが置かれ、その上には様々な特産品が並んでいる。
金箔のジュエリーが光を反射し、見知らぬ果実や香料の瓶が甘い香りを放つ。
貴婦人たちは扇を振り、商人たちは算盤を弾く。
子供たちが笑いながら走り回り、家族連れが商品を手に取る。
だが、ネイトたちのブースは、他の展示とは一線を画していた。
ブースには、運営の用意した簡素なテーブルではなく、事務机とガラス張りの棚が設置されていた。
机にはまさに仕事用と言わんばかりに書類やペンが置かれ、棚には本やウイスキー瓶が並ぶ。
そして、机の隅や棚の一角に、兎のぬいぐるみがさりげなく飾られていた。
手足をちょこんと伸ばして座る全長10センチの兎は、丸い顔、短い耳、小さな尻尾、丸みを帯びた胴体が愛らしい。
机の上に置かれた兎は軍服や儀礼服を着込んで整列し、棚の兎はお揃いのドレスとスーツを着込んでいる。
インテリアの1つとして存在感を放ちながら、それでいて生活の邪魔にならず、主張しすぎないサイズ感。
まるで服のショーケースのように、ぬいぐるみが輝いていた。
そして、ぬいぐるみの1体が首から下げたプレートにはこう書かれている。
「ぬいぐるみの服は特注で対応します。ご希望のデザインや、ご家族の格好をイメージした一着をぜひお着せください」
他のブースは、商品をテーブルに並べるだけだった。
しかし、ネイトは「ただ置いても意図が伝わらねえ」と考え、飾り方にも拘った。
子供が抱きしめるだけでなく、大人が棚に飾り、愛着のある服を着せる。
そんなぬいぐるみの在り方を、展示で体現したのだ。
ブースの脇にはテーブルが置かれ、様々なぬいぐるみが数列に渡って並べられている。
事務机と棚とは違い、こちらは兎の種類や色、服飾品のバリエーションを示すためのものだった。
色違いや品種違いの兎たちに加えて、フォーマルな格好だけではなく、カジュアルな服を着込んだぬいぐるみが数多く並んでいる。
これを見た者たちは、思い思いの組み合わせを作るなどしており、まとめて買いたいという要望を伝える者も多かった。
ティムはブースに立ち、兎のぬいぐるみを手に取った。
白手袋の指がぬいぐるみが着ている服を撫で、琥珀色の目が縫い目を追う。
彼は棚の配置、机の雑多な雰囲気を見渡し、感嘆の息を漏らした。
「素晴らしい。…モノマネではない。君の理想のぬいぐるみがここにある。展示の仕方も見事だ。これなら、どんな客にも意図が伝わる」
ティムは満足げに頷いた。
「良いぬいぐるみだ」
ネイトは腕を組み、淡褐色の目でティムを見た。
「あんたの作品を本気で越えようとした時、ベアトリスの凄さが分かった。大したもんだよ」
ティムはステッキを軽く叩き、笑った。
「互いに高め合えるライバルができた。感謝するよ...そう言えば名前を聞いてなかったな。申し訳ない。私はティム・ネヴィルだ。君の名前は?」
「ネイト、ネイト・コーニッシュだ。育ちの悪さは大目に見てくれ」
2人は笑い合い、固い握手を交わした。
会場の人混みの中で、職人同士の絆が輝く瞬間だった。
ラッセルはブースの後ろで静かに微笑み、ゴードンはいつもの大声を封印するように黙って見ていた。
だが、和やかな空気は長く続かなかった。
ゴードンの元に、陸軍の連絡員が息を切らせて駆け込んできたのだ。
20代の若い兵士で、軍服の襟が汗で濡れている。
兵士はゴードンに近寄って、声を潜めて耳打ちする。
「曹長、 大変です! ロックミア共和国とヘザーリン帝国の会談で問題が起きました」
「何!?どういうことだ!?」
ゴードンは緑の目を見開き吠え、その大声を聞いたネイトらが一斉にゴードンの方を振り返った。
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連絡員が伝えた情報はこうだ。
先程まで、ロックミア共和国とヘザーリン帝国の会談が開催されていた。
その場でモーリス元帥が、事前に送られた新作のぬいぐるみをドルフ元帥に自慢した。
そして、勢い余って「最早ヘザーリン帝国のぬいぐるみなど時代遅れだ。お前たちの軍と同じようにな」と言い放ったことがきっかけとなり、罵り合いが加速し会談が決裂。
両国の関係が更に悪化し、遂に軍部主導による戦争開始まで幾ばくもなくなった。
次回の会談で関係改善がなければ、その場で開戦の宣言が行われる可能性が極めて高い。
その情報を聞いたゴードンとラッセルは顔をしかめる。
ネイトは黙って腕を組んでいた。
見知らぬ人物と話をしていたティムはため息をついた後、ネイトらの方を振り返る。
ティムはステッキを強く握り、琥珀色の目が冷たく光った。
「...こちらでも確認した。その情報は事実のようだ」
この場において情報漏洩は問題視されない。
なぜなら、この場にいる全員が共通の被害者だからだ。
自分たちが作ったぬいぐるみが戦争のきっかけになるなど、不名誉にもほどがある。
陸軍所属のゴードンは若干立場が異なるが、これまでのやり取りを見てきただけに、ネイトらに同情的だった。
「馬鹿馬鹿しいにもほどがある」
ティムは吐き捨てるように言う。
子供の喧嘩と同レベルで国家間の戦争が起きるなど、後世で笑いものにされること間違いなしだ。
一堂はどうしたものかと頭を抱える。
そんな中、ラッセルは騒ぎ出しそうなネイトが大人しいことに不自然さを感じ、慌ててネイトの方を見た。
ネイトはティムの側に近寄り、ティムの肩に手を回しながら耳打ちしていた。
「あいつらに痛い目を見せてやろうぜ?」
その言葉を聞いてテイムは眉を上げた。
「国家間の戦争を一介の職人が止められるとでも?」
不可能だと言いたげにティムはネイトに視線を向けるが、ネイトの淡褐色の目に宿る確信を見て硬直した。
「止めるのは俺じゃねえ。あいつらの家族だ」
ネイトの声は低く、どこか楽しげだった。
ティムは一瞬沈黙し、ネイトが何をやりたいのかを察してゆっくりと笑った。
悪そうな、実に貴族らしい笑顔だった。
「悪くない。久々に血が騒ぐな」
ティムは溢れ出すやる気を抑えるようにステッキを振った。
「いいだろう。協力しよう」
「爺のくせに好戦的だな」
その変貌ぶりにネイトは驚くが、ティムは楽しそうに笑いながら答える。
「覚えておけ、若造。権謀術数は貴族の嗜みだ。誰かを罠にかけるなど、赤子の手をひねるより容易い」
その言葉を聞いて、ネイトは悪友に出会ったかのようにニヤニヤと笑い出した。
話についていけていないラッセルとゴードンは、2人の様子を見て慌て出す。
2人が何をしようとしているのかを問いただそうとするが、それよりも早くネイトが口を開いた。
「ゴードン、情報部のクライヴに連絡しろ。ロックミア共和国内で、妻や子供に頭が上がらない権力者をリストアップしろってな。ヘザーリン帝国の方は、こっちの爺さんに任せるから大丈夫だ」
ゴードンは緑の目を見開き、反論する。
「情報部がそんな命令を聞くはずがない!」
ネイトはニヤリと笑い、赤い髪を揺らした。
「問題ねえ。あいつとは顔見知りだ。喜んで協力してくれるぜ」
ゴードンは呆気にとられ、言葉が出てこず口をパクパクとさせる。
ネイトはそんなゴードンを見て、からかうように口元を歪めた。
「尻を蹴り上げられないと動けねえのか?さっさと行動に移れ!」
「...クソッタレ! どうなっても知らんぞ!」
ゴードンは叫びながらサーベルをカチャリと鳴らし、連絡員を連れて会場を駆け出した。
革靴の音が展示会場に響き、人混みが道を空ける。
あの様子なら仕事を果たしてくれるだろうと、ネイトは満足げに頷いた。
そして、ネイトは呆気にとられているラッセルの方を向いて笑いかける。
ラッセルはネイトの顔を見て、悪戯を仕掛けている娘たちの顔を思い浮かべた。
「さあ、今までの鬱憤を晴らすいい機会だ。思う存分やり返してやろうぜ」




