6. 第4章 展示会と決意-1
フリントムーア連邦の国土は東西に長い形をしており、北部は山間部に、南部は海に面している。
国土の西側はロックミア共和国に、東側はヘザーリン帝国に地続きで、その立地の良さから交易によって栄えた国家である。
そして、フリントムーア連邦の首都は、ロックミア共和国の南方に位置する温暖な港湾都市だった。
抜けるような青空が広がり、空を舞う海鳥の鳴き声が時折聞こえる。
石畳の道は海風に磨かれ、色とりどりの旗が街路に揺れる。
海へと目を向ければ、大小様々な形の船が往来しており、港に停泊している船の側には荷の積み込みや荷下ろしの人足が集まっていた。
市場では喧騒が止まず、誰も彼もが利益を稼ごうと必死に駆け引きを繰り広げている。
ロックミア共和国とヘザーリン帝国が互いに貿易規制をかけている中、行き場のない商品や資源の受け皿になっているせいか。
この街の商いは至極好調そうだ。
高台から街を見渡せば、街の中央に位置する一際大きい建物が目に入る。
ガラスが豊富に用いられた壮麗なその建物は、ネイトらが参加する展示会の会場だった。
陽光がガラスを透過して会場内を明るく照らし出す。
会場の周りでは多くの人々が歩き回っており、場外の市場にも負けないほどの喧騒と混み具合だった。
ネイトとラッセルは展示会に参加するため、この異国の地に降り立った。
2人は滞在するホテルのロビーで待ち合わせの約束をしていた。
ホテルロビーは大理石の床に赤い絨毯が敷かれ、シャンデリアが柔らかな光を放つ。
ラッセルは窓際の革張りのソファに腰かけ、コーヒーを飲みながら新聞を広げてネイトを待っていた。
新聞には展示会の記事が大きく掲載されており、注目の目玉商品が取り上げられている。
しかし、ラッセルらの作ったぬいぐるみはその中には含まれていなかった。
(まあ、この程度の扱いだろうな…)
ラッセルはため息をつきながら新聞をテーブルの上に置く。
そして立ち上がり、窓に映る自分の姿を見ながら身だしなみを再確認する。
ブラウンチェックのスリーピーススーツは固めの生地で仕立てられ、肩パッドが重厚感を強調する。
ウエストが少し低めかつ、Vゾーンが浅くかっちりとしたデザインで、スーツのラインはまるで鉄板を打ち出したような立体感と力強さがある。
薄い黄色のチェックシャツと深緑の無地ネクタイは威圧感を適度に削ぎ、フォーマルではあるが人当たりの良さそうな印象を与えていた。
黒の革靴は磨き上げられ、陽光に鈍く光っていた。
これなら展示会に参加しても問題ないだろうと判断し、ラッセルは軽くネクタイを締め直してからソファに座り直した。
ロビーは多くの人で賑わっているが、その多くが展示会を目的としているらしく、先程から着飾った人々が案内人を従えて出ていくのをラッセルは眺めていた。
自分たちの荷物の搬出と展示の手配は既に済んでいる。
後は現地に行って、客たちの実際の反応を自分の目で見るだけだ。
ちらりと時計に目を向ける。
待ち合わせの時間まではまだ余裕はあるが、ネイトが素直に出てきてくれるかどうか、それが若干の不安材料だった。
再び新聞に目を落とせば、今日もロックミア共和国とヘザーリン帝国の関係悪化の記事が載っている。
この調子では、ぬいぐるみで揉めている場合ではなくなるかもしれない。
ページをめくれば、ハーディプールに命令を出した大臣の姿が掲載されていた。
昨日の新聞では、「断固として共和国の貿易権利を主張する!」と発言していたにも関わらず、今日は「両国の繁栄を周辺国も望んでいる」と全く逆のことを言っている。
連日のように手のひらをクルクルと回すその姿はこれ以上ないほど潔く、硬軟織り交ぜた国益第一の姿勢は頼もしい。
だが、この手のタイプは信賞必罰を厳しく行うため、展示会の結果次第では笑っていられなくなるだろう。
(問題が山積みだな......)
ラッセルは前途多難な状況に深くため息をついた。
「おい、調子悪いのか?」
ネイトの声がロビーに響き、ラッセルは新聞を畳んだ。
顔を上げれば、いつの間にか目の前にネイトが立っていた。
その表情は渋々命令に従っているのが手に取るように分かる。
ただ、身なりはいつもと違って、展示会に参加しても恥ずかしくないものだった。
ネイトはライトグレーのスリーピーススーツを身に着けており、スーツのデザインもラッセルと同じ力強さと重厚さを主張するものになっている。
薄い青のシャツと白黒チェック柄のネクタイが、若々しい鋭さを際立たせる。
黒の革靴もきちんと磨き上げられ、普段は乱雑な髪も整えられていた。
ネイトとラッセルのスーツはクラシックスタイルだが、元々持っていたラッセルとは異なり、ネイトのスーツはスチュアートに言われて慌てて仕立てたものだった。
「そこまでする必要があるのか?」
「みっともない格好で展示会に出るつもりか?」
そうスチュアートに叱られ、好きでもないデザインのスーツを用意させられたのも不満の要因かもしれない。
「時間通りだな」
ラッセルは内心考えたことを口には出さず、軽く肩をすくめた。
その時、ホテルの正面に車が停まり、ロックミア共和国の軍服を着た男が出てきた。
男はそのままホテルのロビーへと進み、ネイトとラッセルの前で止まった。
「準備は出来ているな?」
この男はゴードン・イザード。
ネイトらの護衛として同行した、ロックミア共和国の陸軍曹長である。
ゴードンの姿を見て、ラッセルは道中で得た彼の情報を反芻する。
ゴードンは32歳。身長168センチ。
深緑色の髪は短く刈り込まれ、緑色の目は鋭い。
経験豊富な叩き上げと言っていたが、その割には小太りで腹が突き出て、軍服のボタンが窮屈そうに光っていた。
そして、道中ではゴードンの大声と怒鳴り癖に辟易させられた。
「返事はどうした貴様ら! 準備が出来ているならさっさと乗れ!」
ゴードンの声がロビーに響き、ホテルの店員や客たちが振り返った。
ネイトは舌打ちし、ラッセルは苦笑しながら立ち上がる。
これ以上ゴードンの鼻息が荒くならないよう、一行は手早くホテルを出て、ゴードンが手配した車に乗って展示会の会場へと向かう。
道中から見える景色は曇りがちなオックストンとは違い、鮮やかな青空と陽光が煌めいていた。
その光景を見て、ラッセルは娘たちを一度連れてきたいと考えるが、そのためには目の前の仕事を片付けなければならないという事実がのしかかる。
周囲を見ると高級車がいくつか目に留まった。
そして、その高級車たちはネイトらと同じく展示会の駐車場で止まり、中からいかにもな高級服を着た女性が降りてきた。
会場まで距離は無いというのに、わざわざ日傘を持つメイドも傍に控えている。
目当ては化粧品か、それとも装飾品か。
ネイトらも同じように車から降りて、会場に向かう。
しかし、ネイトはまだ不満を抱えているのか、ぶつくさ呟きながらダラダラと歩いていた。
それを見たゴードンがネイトを怒鳴りつけ、尻を叩き上げた。
「なんだそのしょぼくれた姿は!背筋を伸ばせ!」
「なにしがやる!」
ネイトは激昂するが、ゴードンは無視してネイトを叱りつけた。
「貴様は職人のくせに物の売り方も知らんのか!」
ネイトはゴードンの言葉の意味が理解できず、ショックを受け足を止めた。
スチュアートも同じことを言っていた。
職人として自分に何が足りないのかを学べと。
その言葉を思い出し、ネイトは黙って会場へと再び歩き出した。




