「それでも、アイシテル」 7 #ルート:S
素直に気持ちを伝えて、口づけた。
ジークの襟を引っ張って、自分へと顔を寄せてもらうようにして。
本当は死ぬほど恥ずかしいけど、あたしにしては頑張れた方じゃないかと思った。
ふにゅんと触れた唇が離れた瞬間から、胸の奥が切なくなる。
あぁ、こんなにもこの人のことが好きだったんだ…と思って嬉しさを感じながら、目を開けた瞬間だった。
ジークの瞳が、あたしを見ているようで見ていない。
(なんで? どうして? もうあたしのことが好きじゃなくなってしまったの?)
焦りは、体に現れてしまう。
小さく震える体に、ジークがそっと腕を回して抱きしめてくれた。
そのぬくもりにホッとするはずなのに、どうしてか不安の方が増していくばっかりだ。
そういえばと思い出して、「ジーク?」と彼の名を呼ぶ。
「ん? なぁに?」と声だけはいつもの彼の声に聞こえるのに、不安さがぬぐえない。
彼の胸元へ腕を伸ばして、腕一本分だけ距離を空けて彼を見上げる。
その瞳の色は、さっきと変わらないままだ。
――あたしは、まだ、彼にすべてを話せていない。もしもそのせいで彼に不安を与えていたんだとしたら? と話を切り出した。
「さっきの話の続きをしても、いい?」
即答してくれると思ったのに、思いのほか長い間の後に「どんな話でも聞くよ」と答えた彼。
“どんな話”とあえてつけてきたことで、彼の瞳を曇らせるものの存在を確かめた。
(ちゃんと話そう。……もしも、これで彼があたしから離れてしまうことになっても)
浄化を終わらせるまで、いくつものことを諦めて、自分を慰めて、そしていろんな覚悟をしてきたじゃない。
この場所に喚ばれてから、何度も、頼れる相手がいなくなったって顔を上げようって決めたでしょ。
(最後になってもいい。ごまかさず、大事なことを伝えよう。どうしてここに残ると決めたかと、ジークだけにあの場面を任せたのかは、ジークも気にしているようだから)
「最初にね、先入観とか決めつけで話を聞かないって約束してほしい」
これは大事だ。
さっきからジークが嫌がっているのは、多分カルナークが絡んだ話だから。
ジークが放心していた時、アレクからも念押しされたもの。ジークが話を聞く準備を整えてから話せって。
そんな話をしていたこと自体ジークは耳に入っていなかったくらいだから、慎重にいかなきゃ。
(でも……ジークやアレックスみたいに上手く出来るかな。コミュ障こじらせた人間が、自分の気持ちを伝えるなんて…かなりハードだよ)
あたしの願いを聞き、よくわからないとでも言いたげに首をかしげるジーク。
「何も余計なことを考えないで、まずは話を聞いてほしいの。……どうかな?」
言い方を変えてみる。先入観云々は別にして、なにも考えないで聞いてもらうのは絶対大事だ。
「んー……、うん。わかった。“がんばってみる”よ」
ジークの中に、どうしても消せないものがある。
その原因はあたしがした選択のせいなんだろうなと、唇を噛む。
――泣きたい。
本当は、なにも説明なしに自分を信じてほしいと言って終わりにしたいくらい。
ジークに信じてもらえていない現実を知り、信じさせられなかった原因が自分にあることも知る。
だから話すことから逃げちゃダメなんだ。
このままじゃ、あの時に選んだことが間違いになってしまう。
(そんなのは、嫌だ)
離したくない人がいるなら、今度こそ…自分の力だけで向き合わなきゃ。
元いた世界で出来なかったことを、こっちに来てからすこしずつやれる勇気をもらった。経験もしてきた。
涙が浮かびそうになっても、泣くのは今じゃないと自分の背中を押す。
ゴクッと唾を飲み、緊張をどうにも出来ないままに話をはじめた。
「まずは謝らせて。ジークとカルナーク、どっちもを選んだことを」
そういうと、あたしと合っていたはずの目が逸らされてしまう。
胸が痛むけど、まだ…話は始まったばかりだ。
「あたしにとって、この場所で出会った誰もに大事にしてもらったって思ってる。カルナークとは年齢が近かったこともあったし、訓練の先生でもあった。好き…って言われていたのは、間違いない。でも、あたし的には……その…成立するのかわからないことを今から言うけど、弟とか異性だけど親友みたいな感じで、離れちゃうのは嫌だったの。カルナークがきっと、恋愛での好きって気持ちで伝えてくれたんだとしても、あたしはその枠を外れることがなくって。同じ好きの気持ちにはならなかったから……あそこで、ジークが選ばれたんだと……あたしは思ってる」
自分であって自分じゃなかったあたし。
でも、ジークがかけてくれた言葉は今も胸の中にある。
心だけになっても一緒だ、と。
だから選べたんだよ、ジーク。あたしをこの場所に、ジークのそばに執着させたのは。
「ジークが背中を押してくれたんだよ? たとえあたしが消えても、心だけになっても一緒にいてくれるって言ってくれたよね? もうひとりのあたしの中で、ちゃんと聞いてた。あの瞬間、心が決まったの。――二番目も三番目も選ばない、って。…………だから、残酷なことを…願ったの」
剣を構えたジークの姿を思い出す。
単純に剣を刺せばいいと言われても、すごく悩みながらも剣を突き刺してくれたその姿を。
「ジークがあたしと生きても死んでも一緒にいたいと願いながら突き刺してくれたからこそ、光魔法が中で素早く反応し、カルナークへの気持ちを持ったあたしだけが切り離された。あたしのことを好きだって言ってくれていたのに、そんな相手に剣を突き刺すなんて胸が痛んだよね? 嫌だったよね? ここに…」
指先をジークの胸にあててから、呟く。
「ここに、傷……残しちゃったよね? 好きな子を傷つけた…って」
指先だけだったその手を開き、手のひらで彼の心音を感じる。
そして、反対の手を自分の胸にあててみる。
彼と同じように、トク…トク…と生きている音が響いている。
「これから何年かかるのかわからないけど、その傷が癒えるまででもいい。お願い、そばにいさせて」
それは、あたしにしか出来ない償いだ。
「でも勘違いしないで。罪悪感だけで一緒にいたいわけじゃない。どんな形でも一緒にと望んでくれたのが、他の誰でもないジークだから。だからそばにいたいの。それとも……こんなことをジークに強いたあたしは…もう……愛せない?」
泣くな。
今はまだ、泣いちゃダメだ。
「カルナークも選んだから、愛したく…なくなっちゃ、った?」
最後まで話せ。
「あたしのこと、嫌い?」
やめろ。
マイナスのことを口にするな。
心の中のあたしが叱りつけるのに、どうしても怖さに抗えない。
「嫌いに…なら、な……でぇ」
子どもみたいな自分になっても、話は終われないのに。ジークには、素直に吐き出してしまう。
「ごめ…な……ぃ……ジー…ク」
あぁ、ダメだ。ジークを失うかもしれないと思ったら、必死すぎだ。あたし…カッコ悪い。
「好きになりすぎて…嫌われ、ちゃ…」
胸の中から消えない不安を吐き出してしまった瞬間、彼の胸にあてていたあたしの手に大きな手が重ねられた。
反対の手が背中に回されて抱き寄せられて、あっという間に彼との距離がゼロになる。
心臓と心臓が重なったような錯覚を起こしそう。
彼の匂いがする。こんなにも大事な彼を傷つけてしまった、その事実が重い。
抱きしめられたまま俯いてその身を固くしたあたしの耳の裏に、ちゅ…とリアルな音が聞こえた。
顔を上げると、彼と目が合う。
そこにあった彼の瞳は、いつものまっすぐな瞳だった。
出逢ったあの日、「警戒心強い子、だぁいすき」と囁いて、同じ場所にキスをして笑っていたジーク。
たった三か月くらい前の話なのにすごく昔みたいに感じて、懐かしさに思わず目を細めた。




