「それでも、アイシテル」 5 #ルート:S
~ジークムント視点~
「そんなやりとり、一切なかったよな」
アレクが聞き返すと、一度うなずいて話を続ける。
(っていうか、今、このタイミングで初めて呼んだんじゃない? ひなのことを名前で)
会話の最中の小さな爆弾に焦れつつ、俺は続きを待つ。
「実は選んだものによって、誰が剣を突き刺すかが違ってたんだ」
意外な話が飛び出して、俺は反射的に立ち上がってしまう。
「でも、ひなによって選ばれたのは俺だっただろ?」
ナーヴは何も悪くないのに、すこしキツめに聞き返してしまった。
「それは何回かある選択肢の先の方。剣を突き刺す時の選択肢は、その前の段階で選ばれたやつだけか本人も…の二択」
俺か、ひなと一緒か?
「はぁ? それってある意味、自害じゃないかよ! え? え?」
あったかもしれないその場面を、たやすく想像できてしまう。想像したくもないのに。
「…でも、二つになってでもカルナークとの旅を選んだ」
「そう、だね」
ナーヴの低い声に、シファルがどこか穏やかな声で相槌を打つ。
「選択肢がどっちだったのかがわかるタイミングは、突き刺す瞬間。まばたきをするような時間だ。ジークが剣を突き刺す時、直前で魔方陣が展開しただろ? あの時に、ジークの手だけなら分離で、ジークの手にひなの手が重なっていたら分離はなし」
あのわずかな時間に、そんな重要なことが隠されていたのかよ。
「……本人にどうしてそっち? と聞きたいところだけど、聞くことも難しいよな。聞けても、教えてくれるかわかんねぇけど」
話を聞きながら、胸の中がちょっとずつ乱されている気がする。なんだか、気持ちが悪い。
俺が選ばれたのに。カルじゃなく、俺がひなと生きることを望まれたはずなのに。
どうしていいかわからなくなって、ソファーにドスンと力を失ったみたいに腰を下ろす。
わかんない。
わかんないよ、ひな。
ねえ、どうして? どうして俺だけを選ばなかったの?
頭を抱えたくなる。満たされるはずの心が、軋んで痛い。
「あのさ……俺ね、思うんだよ」
シファルがさっきと同じく、穏やかな声で話し出す。
「ひなが、カルナークに連れていかれる前のことなんだけど、泣きながらカルナークのこと…呼んでたんだよね。カルの水だとか、カルナークのばかとか言いながら」
俺はそこにいなかったのに、その時の光景が浮かびそうだ。
「ひなは、その直後に連れていかれた。あの時は、ひながカルナークを欲していたというか話がしたいって思ってたんだと俺は思ってて。……他の誰よりもひなにかかわってきてて、風呂上がりとかに下着姿の女の子の部屋に乱入するのはどうかと思うけど、異世界に来ていろんなことを思うこともあっただろうひなが、カルナークに振り回されている時間だけは余計なことあんまり考えずにすんでいたんじゃないかって思うんだよねぇ。ほんと、やり方と時間は選べって何回も思ったけど。盗聴したからだとしても、ひなが寂しがってたら会いに行って、食べたいものの愚痴が聞こえたら作ってやって。時々一緒に星を見ながら元いた世界の話なんかも聞いていたらしいし。――たとえどんなことをしてきたって、嫌いになれなかった。なりきれなかったから、二人を…選んだんじゃないかって俺は思ってる。どっちかへの方が想いが強いんだろうけど、完全に切り離すとかあのままほっとくっていう選択肢は、あの時のひなにはなかった…気がしてる」
黙ってシファルの話を耳にするけど、俺の心の中は激しく揺さぶられている。
俺が選ばれたと思っていたのに、本当は二人を選んでた? 俺がカルに勝ったわけじゃなく?
「ほんと、俺の憶測だから」
なんてことをシファルがおまけのようにつけてきたけど、心は認めろと言っている。多分。
憶測なんかじゃなくてそうなんじゃないかと、きっと俺もどこかで思ってたんだろう。
ただ、認めたくなかっただけの話で。
(――今すぐ答え合わせがしたい)
そう思うのに、顔を上げて眺めてみてもひなは寝たままだ。
奥歯を噛んで、口から出そうな何かを堪える。
「俺は」
不意にアレクが口を開き。
「それを優柔不断な決断だとは思わない」
と言い切り、そしてひなの方を眺めて続けた。
「ただ、優しいだけなんだ。……誰にでも。それと、一度つないだ手は離したくないんだろうな。寂しがり屋だから」
アレクが告げた言葉はひどく残酷で、俺だけを愛してほしいと望んでいた俺の胸に深く突き刺さった。
うつむきかけた俺の耳に「あ!」とナーヴの声がして、顔を上げるとナーヴがひなの方を指さしている。
「髪から色が」
と呟くナーヴの声を待たずに、その変化は進んでいく。
ベッドの方で体を起こして眠るひなの髪から、蒸発していくように黒い色が抜けていき。
「……あっちのひな、あんな感じの色合いじゃなかったか?」
数分で、黒髪じゃなくなっていた。
ごくりと唾を飲み、また別の変化があるのかとそれぞれひなを眺めていたら。
「……ジ…ク」
俺の名を呼ぶ、すこし掠れたひなの声がして。
「ひなっ」
急いでベッドへと駆け寄ると、ひなが自分の髪色に気づいたようで指先で髪をつまんでいた。
「……ひな」
起きるまでに話していたいろんなことが頭から離れないけど、それでも生きていてくれたことが一番嬉しくて。
「おはよう、ひな」
おかえり…なのか、おはようなのか。迷ったけど、早朝から起きたあの出来事を思い出して、おはようにしたら。
「えへへ。…おはよ、ジーク」
いつものように、ふにゃりと笑って返してくれる。
指先でつまんだ髪を見せて、「ふふ」と頬を赤らめるひなに「どうしたの?」と聞けば、こんなことを言うんだもん。
「髪……ジークとおそろいだ」
そう言われたら、俺の銀髪に近い色合いといえばそうなんだけど。
「おそろい、嫌?」
俺が何も返さなかったからか、不安そうに聞き返してくる。
「違う! おそろい、嬉しいよ?」
ぎこちなく返すと、部屋の奥の方。みんながいる方に視線を向けて、キュッと唇を噛み。
「カルナーク……いないね?」
と、何かを察したように悲しげに笑った。




