grace 6 #ルート:S
~ジークムント視点~
目の前で起きたことを、信じたくない。
シファルの大声で俺たちを呼ぶ声に、急いでひなの部屋に飛び込んだ俺たち。
ひなが真っ黒なモヤに包まれて、なんで? どうして? と思う間もなく、俺の知るひなの姿じゃなくなった。
漆黒の髪が腰まで伸びていて、ひなの幼さをすこしだけ残した大人の顔つきとボディライン。
起きたことも目の前にいるひなの姿も、夢みたいな光景で。
「……ひな?」
確かめるように愛しい彼女の名を呼んだのに、ひなが応える隙などなくて。
「さぁ、迎えに来たよ」
って、うっとりした目のカルがひなの手を取っていて。
変わりように部屋に入ったまま、足を杭か何かで留められたように動けなくなっていた。
動かなきゃと思う心のままに、体が動く前に…彼女はカルと一緒にどこかに消えた。
「…ゲホ……ッ。なんなんだ、ここ…」
ナーヴも飛んできてくれたけど、ひなが纏っていたモヤのようなものは結局瘴気だったようで、ナーヴは部屋に入ってこられない。
でも一番力を貸してほしいのはナーヴ。
「ナー…」
ナーヴを呼びかけた俺を、ナーヴの手がそこに止まれと制するように向けられる。
廊下にいるままで、宙にいつものように光で魔方陣を型作っていく。
今までにない速さで描かれた魔方陣を、指先で軽く弾いて俺に飛ばしてきた。
「それ、消えた場所に置いて。すぐに展開させて、残滓を追う」
いいながら指した場所は、ひながいたはずのベッドの上。
ゴクッと唾を飲み、魔方陣に軽く触れると俺と一緒に移動する。
「…配置したよ、ナーヴ」
「見てた…っつーの。……展開、索敵…………っと」
そういいながら、もう一つの魔方陣を描いたかと思えば、シファルを呼びつけて何か話している。
「…………この辺?」
「あー…もうちょい真ん中」
魔方陣をなにやら部屋の真ん中に配置して「オッケ」と呟いたと同時に、指を鳴らす。
パチンと高い音が響いて、部屋の中ほどの魔方陣が弾けて消えた。
廊下で立ったままのナーヴが、魔方陣が消えて間もなく部屋の中に入ってきた。
「え? え? ナーヴ」
瘴気のことがあって驚く俺を尻目に、「邪魔」と俺に視線だけで退けろと言う。
「今のは、残った瘴気の浄化は出来ないけど、俺のと中和みたいな感じにするやつ。アイツに頼まれて考えた魔法が、本人不在でお披露目とはな」
今なにが起きたのかの説明をしてくれる。口は悪いけど、こういうところがあるんだよな。ナーヴって。
ひなからはナーヴに頼んだことの概要は聞いていたけど、どこまでそれが実用化されるまでになったかまでは把握していなかった俺たち。
ふんふんと何度かうなずいて、ナーヴはベッドの上にある魔方陣を見つめつづける。
すこしして、「さっき展開させていた索敵が完了した」とナーヴが告げた。
「陽向はどこにいる」
アレックスもひなのことが心配なのか、自然と声が大きくなっている。
ナーヴは、まるでその場所を知っていたかのように、ひなの枕の下に手を突っ込んで。
「これ。ここの城の地図なんだけど、さ」
城内の地図を取り出して、ベッドの上に大きく広げてから一か所を指さした。
「ここ、地図には部屋はないけど、もしかして隠し部屋とかあったりするか?」
と、言う。
アレクと目を合わせ、同時にうなずく。
王族以外には明かせない部屋の存在だ。
「その中…というよりも、そこの上なのかな? 異空間みたいになってて、そこに二人でいるみたいだ。見た目では分かれないかも。とにかく城内に二人はいる。それと……」
そこまで言いかけて、ナーヴが渋い表情を見せる。
ナーヴにしては珍しい表情に、あまりいい予感がしない。
「それと、なんだ? ナーヴ」
なかなか続きを言わないナーヴに、シファルが近づき袖を引く。
「あー……いや、その…」
口ごもり、俺を一瞬見てから、視線が合ったはずなのにあからさまに逸らされた。
「ナーヴ?」
悪い予感はきっと当たるんだろうな。
「言っていいよ。どうせ悪い話なんだろ?」
と俺がいえば、後頭部を何度か掻いてから、「怒んなよ?」って前置きして。
「あの姿になって以降、多分だけど、ジークへの気持ちは…ないな。あの姿のアイツは、カルナークのモノになってる。多分だけど」
何度も多分といいながら、残酷な予告をする。
「というか、ある意味モヤがかかったみたいになってて、今まで感じたことがあるアイツの魔力の感じがないんだ。だからもしかしたら、だけど」
「もしか…したら? なんなの? ナーヴ」
自分の声がすごく冷えた感じになっているのがわかる。
悲しい? 腹が立つ? 苦しい? どんな感情なんだ、今の俺は。
「本来のアイツを取り戻すのに、ちょっと骨が折れる事態になるかもしれない。特にジーク、ダメージが一番でかくなりそう」
ちょっと何を言ってるのかわからないや。
「骨が折れたってなんだっていいよ、俺は。ひなが戻ってくるんだったら、やれることはするつもり」
「なんか勘違いしているかもしれないけど、物理的に骨を折らなきゃっていうんじゃなく、相当大変だって話で」
「どっちだっていいよ。物理的だろうが違うんだろうが。骨くらい、くれてやるって」
「だから! ……あぁ、もう。さっき怒んなよって言っただろうが。一番冷静にならなきゃいけねぇの、お前だろ? ジーク」
ナーヴが言ってること、わかってるんだって。
冷静に状況を見て、いつものように立ち回らなきゃってさ。
(これかだら、俺は自分で王にはふさわしくないって思えるんだ)
不動になれない。とっさの判断力と行動力が足りてない。結局いつも誰かに支えられてるじゃないか。
奥歯を嚙み、うつむく俺。
「今の俺が持っている情報、全部書き出すから。それと、今後について有効なことと、カルナークがやりそうなこと。散々戦ってきた相手だからね。やりそうな選択肢はいくつか挙げられる」
まわりは動きだそうとしているのに。
「…ジーク!!」
アレクが大声で俺を呼び、背中を手のひらでバン! と勢いよく叩いた。
「ゲ…ッホ」
反射的にむせた俺に、アレクがニヤリと笑ってみせてきた。
「俺は陽向の父親でな。陽向を護れる者じゃなきゃ、嫁に出す気はない。無論、今のジークなど問題外だ」
「…は?」
それ、今する必要ある話か?
「陽向を嫁に迎えたければ、まずは俺を超えていけ」
って、どういうこと?
「ジークが陽向を迎えに行かぬというのなら、父親の俺が迎えに行くのが筋だろう。…そこをどけ」
そういって、ナーヴが地図で指し示した場所を再確認して、ナーヴがメモしている机へと向かう。
「今すぐ動けないやつや、後で考えれと思うことばかりに囚われているやつは、ずっとそこで黙って寝ていろ」
と、ひなが消えたベッドを顎で指すアレク。
(あぁ、やっぱアレクの方が国王向きだな)
なんて思いながら、「誰が寝てるかよ」といい、ナーヴの元へと集う。
きっと浄化の瞬間は、すぐそこ。
ひなをこの腕で抱きしめるのも、きっとすぐだ。
――もしも、ナーヴが言うように俺が受けるダメージが大きくたって構わない。
ひながいる世界で、一緒に生きようと誓ったから。
彼女の願いを叶えられるのは自分だけなんだと、強く…心に決めた。




