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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第55話 家族と歩いてきた時間



 無数の白い根が、四方から迫ってくる。


「右!」


 ラベンダーの声が響いた。


 俺は反射的に右へ跳ぶ。


 先ほどまで立っていた場所を、三本の根が貫いた。


「見えているのか?」


「見えてない!」


 ラベンダーは弓を構えたまま答えた。


 《索敵》は奪われた。


 魔力の気配も、遠くの足音も、以前のようには分からない。


「でも、根が動く前に土が盛り上がる!」


 ラベンダーが矢を放つ。


 弓術を失ったはずの矢は、わずかに狙いから外れた。


 それでも、白蝕竜の目のすぐ横へ突き刺さる。


「手が覚えてる」


 ラベンダーは次の矢をつがえた。


「何千回も撃ったんだから、技能が消えたくらいで全部忘れないよ!」


 白蝕竜がラベンダーへ爪を振り下ろす。


「来るぞ!」


「分かってる!」


 ラベンダーは爪が落ちる直前に横へ飛んだ。


 地面が大きく砕ける。


 巻き上がった土の中から、別の根がラベンダーを狙う。


「ラベンダーさん、左へ!」


 ピーチが叫んだ。


 ラベンダーが身体をひねる。


 根が脇を通り過ぎた。


「どうして分かったの?」


「根の先だけ、黒い液体が流れる方向が変わりました!」


 ピーチは薬を作れない。


 薬草の効能も、正確には思い出せない。


 それでも、妖精薬師として何百もの素材を観察してきた目は残っている。


「技能は奪えても、私が見てきたものまでは奪えません!」


 白蝕竜の翼が開く。


 鱗の隙間から大量の胞子が噴き出した。


「ローズ!」


 俺が叫ぶ。


 ローズは杖を掲げる。


 しかし、風は起こらない。


 《精霊対話》も《風域操作》も奪われている。


 白い胞子が迫る。


 ローズは一度だけ目を閉じた。


「精霊さんの声は、聞こえません」


 静かに呟く。


「それでも、私の声は届くはずです」


 世界樹の杖を両手で握りしめる。


「今まで、何度も助けてくれました」


 木の葉が揺れた。


「今度も力を貸してほしいとは言いません」


 ローズの銀色の髪が、わずかに浮かび上がる。


「ただ、私たちと一緒に、この森を守ってください!」


 森の中に、小さな光が生まれた。


 一つ。


 二つ。


 緑色の光が木々の間から集まってくる。


「精霊さん……」


 ローズは呼び出していない。


 技能を使って命じてもいない。


 それでも、これまでローズと共に戦ってきた精霊たちは、自分の意思で集まっていた。


 緑色の光が一斉に舞う。


 強い風が吹き抜け、押し寄せる胞子を空へ巻き上げた。


「なぜだ!」


 白蝕竜が吠える。


「技能は、我が喰らったはず!」


「精霊さんたちは、技能ではありません」


 ローズが杖を構え直す。


「私の大切な友達です!」


 風が白蝕竜の翼を押し上げる。


 巨体がわずかに傾いた。


「今だ!」


 俺は地面を蹴った。


 額にある黒い結晶。


 ピクが残した小さな花の光が、今も消えずに輝いている。


 そこへ近づこうとした瞬間、地面から何本もの根が飛び出した。


「ミント、止まらないで!」


 ラベンダーが矢を放つ。


 一本目の根へ刺さる。


 二本目。


 三本目。


 すべてを切ることはできない。


 だが、矢の衝撃で根の向きがわずかに変わる。


 俺は隙間を走り抜けた。


 白蝕竜の前脚へ剣を振り下ろす。


 硬い鱗に弾かれた。


「傷つかない!」


「鱗を狙っては駄目です!」


 ピーチが黒い結晶を見上げている。


「ミントさん! 竜が技能を吸うたび、額の結晶へ光が集まっています!」


「それがどうした!」


「光を吸い込む瞬間だけ、結晶の右側に隙間ができます!」


 ピーチが指さす。


 ピクが残した花の、すぐ下。


 黒い結晶の中で光の流れがぶつかり、小さく乱れている場所があった。


「あそこが弱点です!」


「分かった!」


 白蝕竜が口を開く。


 再び俺たちの技能を吸い上げようとしている。


 図鑑のページから光が抜け、竜の額へ流れ始めた。


「今です!」


 ピーチが叫ぶ。


 俺は白蝕竜へ向かって走った。


 だが、目の前を巨大な根が塞ぐ。


 一本ではない。


 何十本もの根が壁となり、俺と竜を分断した。


「通さぬ」


 根の壁が俺へ倒れ込んでくる。


「ミントさん!」


 クローバーの声が聞こえた。


 振り返る。


 クローバーは、森の動物たちに囲まれていた。


 先ほど助けた山鹿。


 白い胞子に苦しんでいた山狼。


 山羊。


 鳥。


 小さな山鼠たち。


 どの動物も傷つきながら、クローバーのそばへ集まっている。


「どうして……」


 クローバーは山鹿を見つめる。


 鳴き声は聞こえる。


 だが、《意思疎通》を奪われた今、その意味は分からない。


「ごめんなさい」


 クローバーの目に涙が浮かんだ。


「今の私には、皆さんの言葉が分かりません」


 山鹿がクローバーの手へ鼻先を寄せる。


 山狼も逃げず、彼女の隣に立った。


「それでも来てくれたんですね」


 言葉が分からなくても。


 技能がなくても。


 動物たちが何を望んでいるのかは、伝わっていた。


 自分たちの森を守りたい。


 仲間を助けたい。


 そして、クローバーを信じている。


 クローバーが胸へ手を当てる。


「私は、ずっと技能があるから、この子たちと話せるのだと思っていました」


 白蝕竜の根が、動物たちへ向きを変える。


「でも、違いました」


 クローバーは涙を拭い、白蝕竜を見上げる。


「声が聞こえなくても、今まで一緒に過ごした時間は消えません」


 山鹿の首を撫でる。


「私の声が届くなら――」


 クローバーの身体から、淡い緑色の光があふれた。


「どうか、力を貸してください!」


 光は細い糸となり、動物たちへつながっていく。


 目の前に《スキル図鑑》が現れた。


【技能を介さない、新たなつながりを確認しました】


【《意思疎通》が限界を超えました】


【《心結び》へ覚醒しました】


 クローバーが顔を上げる。


 動物たちの言葉が聞こえたわけではない。


 それでも、胸の中へ気持ちが流れ込んでくる。


「皆さん……」


 クローバーは笑った。


「一緒に、森を取り戻しましょう!」


 動物たちが一斉に走り出した。


 山羊が根の壁へ角を突き立てる。


 山狼が根へ噛みつく。


 山鹿が身体ごと根を押し上げる。


 鳥たちは白蝕竜の目の前を飛び回り、視界を遮った。


 山鼠たちは地面へ潜り、根の下の土を掘り崩していく。


「下等な獣どもが!」


 白蝕竜が根を持ち上げようとする。


 だが、動かない。


 森中の動物たちが、クローバーの呼びかけに応えていた。


「ミントさん!」


 クローバーが叫ぶ。


「道は、私たちが作ります!」


 根の壁が左右へ開く。


「ああ!」


 俺は空いた道を駆け抜けた。


     ◇


 白蝕竜の足元へたどり着く。


 額の結晶は、遥か頭上にある。


「これを使って!」


 ラベンダーが一本の矢を取り出した。


 矢には長い縄が結ばれている。


 弓術を失った手で弓を引く。


 指が震えている。


「ラベンダー!」


「大丈夫!」


 ラベンダーは白蝕竜の翼の付け根を見つめた。


「ミントが前で止めてくれたから、私は何度も安全に矢を撃てた」


 息を整える。


「今度は、私がミントの道を作る!」


 矢を放った。


 技能に導かれた完璧な射撃ではない。


 だが、ラベンダーが積み重ねたすべてを込めた一矢だった。


 矢が翼の付け根にある鱗の隙間へ突き刺さる。


「届いた!」


「ミント、登って!」


 俺は縄をつかんだ。


 白蝕竜の身体を駆け上がる。


 竜が大きく身体を揺らした。


 縄が激しく振られる。


 手が滑る。


「落ちるな!」


 ラベンダーが縄の反対側を木へ巻きつけ、全身で支えている。


 根がラベンダーへ向かう。


「させません!」


 ローズの周囲に集まった精霊たちが、風で根を押し返す。


「ミントさん、上です!」


 ピーチが叫ぶ。


 竜の首を伝い、一本の根が俺へ迫っていた。


 剣で切ろうとしても、身体が正しい動きを思い出せない。


 そのとき、緑色の風が背中を押した。


 身体が浮かぶ。


「ローズ!」


「精霊さんたちが、運んでくれています!」


 風に押され、根の上を飛び越える。


 白蝕竜の首へ着地した。


 額の黒い結晶が目の前にある。


 ピクの花が、弱点を示すように輝いていた。


「技能を失ったお前に、何が残る!」


 白蝕竜が頭を激しく振る。


 俺は鱗へ剣を突き立て、落とされないように耐えた。


 《剣術》は消えかけている。


 《盾術》も使えない。


 それでも、手は剣を離さなかった。


 何度も剣を振った。


 何度も盾を構えた。


 仲間を守るために前へ立った。


 図鑑へ登録されるよりも前から、ずっと続けてきたことだ。


「残っている」


「何だと?」


「剣の握り方も」


 足へ力を込める。


「盾で皆を守ったときの重さも」


 ラベンダーが縄を支えている。


 ローズと精霊たちが根を押さえている。


 ピーチが弱点を見つけた。


 クローバーと動物たちが道を作った。


 ピクの花が、狙う場所を照らしている。


「家族と歩いてきた時間は――」


 剣を両手で握り、頭上へ振り上げる。


「お前には喰えない!」


 刃を振り下ろした。


 ピクの花が示す場所。


 ピーチが見つけた、光の流れが乱れる一点。


 剣が黒い結晶へ突き刺さる。


 硬い。


 腕へ激しい反動が返ってくる。


「無駄だ!」


 白蝕竜が叫ぶ。


 背後から根が迫る。


「ミント!」


 ラベンダーの矢が根へ刺さる。


 ローズの風が根の勢いを弱める。


 森の鳥たちが根へ体当たりする。


「今です!」


 クローバーの声が届く。


「ミントさん、押し込んでください!」


 ピーチが叫ぶ。


「頑張って、ミント!」


 どこからか、ピクの声が聞こえた気がした。


「うおおおおおお!」


 全身の力を剣へ込める。


 黒い結晶に細い亀裂が走った。


「やめろ!」


 亀裂が広がる。


 結晶の内部で、奪われた技能の光が暴れ始めた。


 そして。


 黒い結晶が砕けた。


     ◇


 まばゆい光が、森全体を包んだ。


「グオオオオオオオ!」


 白蝕竜が空へ向かって咆哮する。


 砕けた結晶から、無数の光が飛び出した。


 奪われていた技能だ。


 光はラベンダーへ戻る。


「音が聞こえる……」


 ラベンダーの耳が立つ。


 ローズの周囲には、再び精霊たちの声が響いた。


「ありがとうございます」


 ピーチは自分の手を見つめる。


「薬の作り方を、思い出しました」


 クローバーの身体にも光が戻る。


 だが、覚醒した《心結び》は消えなかった。


 白蝕竜の身体から、白い根が崩れ落ちていく。


 森を覆っていた根も、次々と光の粒へ変わった。


 枯れていた木々の枝に、小さな緑色の芽が生まれる。


「なぜだ……」


 白蝕竜が俺を見る。


「技能を奪われた者が、なぜ我を倒せる……」


「技能は、奪って集めるものじゃない」


 俺は結晶から剣を引き抜いた。


「生きて、学んで、身につけるものだ」


 白蝕竜の身体が光へ変わる。


 巨大な翼。


 白い鱗。


 森を蝕んでいた根。


 すべてが空へ昇り、消えていった。


 あとに残ったのは、砕けた黒い結晶の欠片だけだった。


 目の前へ《スキル図鑑》が浮かび上がる。


【侵食されていた登録技能が復元されました】


【《心結び》が登録されました】


【現在の登録率:七十八%】


 黒い結晶の欠片から、二十二個の光が浮かび上がる。


【白蝕竜に奪われていた技能記録を確認しました】


【失われた技能記録 二十二種を復元します】


 光が《スキル図鑑》へ吸い込まれていく。


 空白だったページへ、文字が次々と刻まれた。


 一つ。


 二つ。


 十。


 二十。


 最後の一つが記録される。


【現在の登録率:百%】


 誰も声を出せなかった。


 百個。


 旅の始まりから集め続けてきた技能が、すべて図鑑へ刻まれている。


「百%……」


 ラベンダーが呟く。


「本当に、全部埋まったんだね」


「はい」


 ローズが目元を押さえる。


「皆で完成させたのですね」


 ピーチは《スキル図鑑》を見つめながら、静かに笑っていた。


 クローバーの周囲では、森の動物たちが喜ぶように鳴いている。


 今度は、その気持ちがクローバーの胸へ届いていた。


「皆さんも、喜んでくれています」


 図鑑が金色に輝く。


【《スキル図鑑》の完成を確認しました】


【百%コンプリート報酬を獲得します】


【《家族の器》を獲得しました】


 俺の胸から、暖かな光が広がった。


 光はラベンダーへ。


 ローズへ。


 ピーチへ。


 クローバーへ。


 そして、遠くにある妖精の家へとつながっていく。


【《家族の器》】


【家族として結ばれた者たちへ、培った力と守りを分かち合います】


 胸の奥へ、懐かしい気配が届いた。


 ピク。


 妖精の家で待つ妖精たち。


 皆が無事だと分かる。


 白蝕竜が消え、周囲から危険な気配がなくなる。


 淡い光と共に、ピクが俺の目の前へ現れた。


「ミント!」


 勢いよく胸へ飛び込んでくる。


「よかった! 帰ってこないかと思った!」


「ちゃんと戻ってきた」


「まだ家には帰ってないよ!」


「そうだったな」


 ピクは泣きながら、俺の服を強くつかんだ。


「お花、見えた?」


「ああ。最後まで光ってた」


「ピクも役に立った?」


「もちろんだ」


 ピクは涙を拭い、嬉しそうに笑った。


 俺たちは互いの顔を見た。


 ラベンダー。


 ローズ。


 ピーチ。


 クローバー。


 ピク。


 誰か一人でも欠けていれば、白蝕竜には勝てなかった。


「終わったね」


 ラベンダーが言う。


「ああ」


 山から吹き抜ける風には、もう腐った臭いも白い胞子も混じっていない。


 遠くに白雲村が見えた。


「村へ帰ろう」


 俺が歩き始めると、皆が隣へ並んだ。


 完成した《スキル図鑑》を抱え、俺たちは家族全員で白雲村へ向かった。

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