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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第54話 技能喰らいの白蝕竜


 白い胞子が流れてくる森へ、俺たちは足を踏み入れた。


「皆、口元の布を外さないでください」


 ピーチが念を押す。


 先ほど村へ散布した薬のおかげで、俺たちの衣服にも胞子を弱らせる成分が染み込んでいる。


 それでも、発生源に近づけば何が起こるか分からない。


「風上は、あちらです」


 ローズが木々の揺れを見ながら杖を向けた。


 弱い風が俺たちの周囲を巡り、正面から流れてくる胞子を左右へ押し分けていく。


「足元にも気をつけて」


 先頭を歩くラベンダーが片手を上げた。


 地面を這う白い筋が、木の根に紛れて伸びている。


 ラベンダーは矢の先で筋を軽く突いた。


 白い筋が生き物のように震え、土の中へ潜ろうとする。


「ただの菌糸じゃないみたい」


「切ってみます」


 ピーチが細い棒で白い筋を持ち上げる。


 俺が剣で切断すると、切り口から黒い液体がにじみ出した。


 腐った草のような臭いが、一気に強くなる。


「植物ではありません」


 ピーチが険しい顔をする。


「大きな魔物の身体から伸びた器官かもしれません」


「この森全体に伸びてるよ」


 ラベンダーが周囲を見回す。


 木の幹。


 地面。


 枯れた草。


 白い筋は、どれも同じ方角へ続いていた。


「全部、森の奥につながっています」


 クローバーがしゃがみ込み、土へ手を近づける。


 触れてはいない。


 それでも、何かを感じ取ったように顔を曇らせた。


「苦しんでいます」


「何が?」


「森の子たちです。あちらから、助けを求める声がします」


 クローバーが森の奥を指さす。


「急ごう」


     ◇


 奥へ進むほど、白い筋は太くなった。


 最初は糸ほどだったものが、やがて俺の腕ほどの根へ変わっていく。


 太い根は周囲の木へ絡みつき、幹へ深く食い込んでいた。


 根に巻きつかれた木は葉を落とし、黒く枯れている。


「止まって!」


 ラベンダーが弓を構えた。


 茂みの奥で何かが動いている。


 俺は盾を構え、皆の前へ出た。


 現れたのは、一匹の山鹿だった。


 身体は痩せ、片方の角が折れている。


 胴体には白い根が巻きつき、山鹿が動くたびに締めつけていた。


「待ってください」


 クローバーが俺の横を通り、ゆっくりと近づく。


「怖くありません。助けに来ました」


 山鹿は怯えている。


 だが、クローバーの声を聞くと、暴れるのをやめた。


「ラベンダーさん。根をお願いします」


「分かった」


 クローバーが山鹿の首を支える。


 ラベンダーは根と身体の隙間へ短剣を差し込み、一気に切断した。


 白い根が地面へ落ちる。


 根はすぐに山鹿へ戻ろうとしたが、ローズの風に吹き飛ばされた。


「近づけさせません」


 ピーチが残った散布薬を傷へ数滴だけ垂らす。


 山鹿の身体に付着していた白い胞子が黒くなり、崩れ落ちた。


「これで呼吸は楽になるはずです」


 クローバーが山鹿の頭を撫でる。


「森の外へ逃げられますか?」


 山鹿は立ち上がった。


 だが、逃げようとはしない。


 何度も森の奥へ顔を向け、悲しそうに鳴いている。


「仲間が残っているんですね」


 クローバーが唇をかんだ。


「一匹ずつ助けていたら、薬がなくなる」


 俺が言うと、クローバーは静かに頷いた。


「分かっています」


 散布薬の瓶には、もう底が見えている。


「原因を止めれば、皆を助けられます」


「ああ。必ず止める」


 クローバーは山鹿へ向き直った。


「少しだけ待っていてください」


 山鹿はクローバーの手へ鼻先を寄せたあと、森の入口へ向かって歩き始めた。


     ◇


 やがて木々が途切れた。


 森の中央に、巨大な窪地が広がっている。


 その中心には、山のような白い塊があった。


「大きなキノコ……?」


 ラベンダーが呟く。


 何枚もの白い傘が折り重なり、巨大な何かを包み込んでいる。


 森中を這っていた根は、すべてその塊につながっていた。


「ピク?」


 肩の近くを飛んでいたピクが、突然動きを止めた。


「どうした?」


「ここ、知ってる気がする」


 ピクは白い塊を見つめている。


「ずっと昔に、妖精たちから聞いたことがあるの」


「何を?」


「みんなが覚えたことを食べる、白い怪物のお話」


 俺の目の前に《スキル図鑑》が現れた。


 呼び出していない。


 図鑑は勝手に開き、激しくページをめくっている。


【失われた技能記録に接近しています】


「失われた技能?」


 問いかけても、表示は続かなかった。


 白い塊の内側から、大きな鼓動が響く。


 ドクン。


 窪地全体が揺れた。


「来ます!」


 ローズが杖を掲げる。


 白い傘の隙間から、大量の胞子が噴き出した。


「《風域操作》!」


 ローズを中心に強い風が広がる。


 押し寄せた胞子が俺たちを避け、左右へ流れていった。


 直後、地面から太い根が飛び出す。


「右から二本!」


 ラベンダーが叫ぶ。


 俺は一歩前へ出て、一本目を盾で受けた。


 もう一本へ剣を振り下ろす。


 刃が根を切断した。


 根の切り口から白い糸が伸び、俺の腕へ巻きつこうとする。


「ミント、離れて!」


 ラベンダーの矢が白い糸を射抜いた。


 俺はすぐに後ろへ下がる。


「助かった」


「まだ来るよ!」


 今度は三本。


 ローズが風で一本を押し返す。


 ラベンダーが二本目を矢でそらす。


 三本目がピーチとクローバーへ迫った。


「させない!」


 俺は根の前へ滑り込み、盾で受け止めた。


「ピーチ、何か分かるか!」


「表面は外殻です!」


 ピーチが白い塊を観察している。


「私たちが見ているものは、本体ではありません。中に何かいます!」


「なら、剥がす!」


 俺が白い塊へ駆け出す。


 ラベンダーが先に矢を放った。


 矢が白い傘の隙間へ突き刺さる。


「そこ! 少し薄くなってる!」


「ローズ!」


「はい!」


 ローズの風の刃が、矢の刺さった場所へ集中する。


 白い外殻に亀裂が走った。


 俺はその亀裂へ剣を叩き込む。


「割れろ!」


 白い外殻が大きく裂けた。


 中から現れたのは、巨大な黒い爪だった。


 爪が地面へ突き刺さる。


 窪地が揺れ、俺たちは後ろへ弾き飛ばされた。


「ミント!」


「大丈夫だ!」


 盾を地面へつき、立ち上がる。


 白い外殻が、内側から次々と砕けていく。


 現れたのは、白い鱗に覆われた巨大な竜だった。


 長い首。


 折り畳まれた二枚の翼。


 鱗の隙間から伸びる、無数の白い根。


 額には、黒く濁った巨大な結晶が埋め込まれている。


「キノコじゃなかった……」


 クローバーが竜を見上げる。


「森中の根は、あの竜から伸びています」


 ピーチが言った。


 黒い結晶の内部では、無数の光が渦巻いている。


 剣。


 弓。


 鍬。


 薬瓶。


 さまざまな形をした光が、現れては消えていく。


「技能の光です」


 ローズの声が震えた。


「数え切れないほどの技能が、あの中に閉じ込められています」


 竜がゆっくりと目を開く。


 赤黒い瞳が、俺たちを見下ろした。


「新たな技能を持つ者か」


 森全体を揺らす声だった。


「お前が、村と森をこんな姿にしたのか」


「我は、ただ糧を得ただけ」


 額の結晶が脈打つ。


「積み上げた知識」


「磨き上げた技」


「命が生きるために得た力」


「すべては、我を満たすためにある」


「皆が努力して身につけたものだ」


 俺は剣を構えた。


「お前の餌じゃない」


「ならば、守ってみせよ」


 白い竜が翼を広げた。


 その瞬間、ピクの身体が淡く光り始める。


「ピク!」


「魔物が近すぎるから、家に戻されちゃう!」


 ピクの姿が少しずつ透けていく。


 それでもピクは竜を見つめ続けた。


「あそこ!」


 ピクが額の黒い結晶を指さす。


「白い根が、全部あそこにつながってる!」


 ピクは自分の髪に飾っていた小さな花を外し、結晶へ向かって投げた。


 花は淡い光へ変わり、黒い結晶の表面へ張りつく。


「目印にして!」


 次の瞬間、ピクの姿が消えた。


 妖精の家へ戻されたのだ。


「ピクが示してくれた場所を狙うぞ!」


「はい!」


 ローズが杖を構える。


 ラベンダーが弓へ矢をつがえる。


 ピーチとクローバーも後方へ下がり、それぞれ竜の動きを見ていた。


 白い竜の口元が、わずかに歪む。


「家族か」


 白い根が一斉に持ち上がった。


「そのつながりごと、喰らってやろう」


     ◇


 最初に狙われたのは、ラベンダーだった。


 地面を這う根が、死角から足首へ迫る。


「ラベンダー、後ろだ!」


 ラベンダーは跳んだ。


 だが、根の先端が尻尾へ触れた。


 淡い光がラベンダーの身体から抜けていく。


【《索敵》が侵食されています】


【《追跡》が侵食されています】


【《弓術》が侵食されています】


「耳が……」


 ラベンダーが周囲を見回す。


「敵の位置が、分からない」


 次の根がローズへ伸びる。


 ローズは風で切断しようとした。


「《風刃》!」


 しかし、根へ触れた風が途中で消える。


 魔力の光が根に吸い込まれ、竜の額へ運ばれていった。


【《精霊対話》が侵食されています】


【《魔力制御》が侵食されています】


【《風域操作》が侵食されています】


「精霊さんの声が……聞こえません」


 ローズの周囲から風が消えた。


 胞子が一気に流れ込んでくる。


「伏せてください!」


 ピーチが残り少ない散布薬を地面へ叩きつけた。


 青い霧が広がり、胞子を弱らせる。


 その薬瓶へ、細い根が触れた。


【《調合》が侵食されています】


【《薬草知識》が侵食されています】


【《妖精薬》が侵食されています】


 ピーチの手から空の瓶が落ちる。


「薬の作り方が……」


 材料の入った鞄を見ても、手が動かない。


「順番が思い出せません」


「ピーチ!」


「私は大丈夫です!」


 ピーチは震える手で眼鏡を押し上げた。


「まだ、目は見えます!」


 森の奥から動物たちの鳴き声が聞こえた。


 クローバーが顔を上げる。


「逃げてください!」


 根に捕らえられた動物たちへ呼びかける。


 しかし、その肩へ白い糸が触れた。


【《飼育》が侵食されています】


【《魔物知識》が侵食されています】


【《意思疎通》が侵食されています】


「……え?」


 クローバーの表情が凍りつく。


「声が分かりません」


 動物たちは何度も鳴いている。


 だが、クローバーには意味が届かない。


「皆が何を言っているのか……何も」


「技能を失えば、残るものなどない」


 白い竜が笑う。


 俺は仲間たちの前へ立った。


「俺が相手だ」


 白い竜の尾が横薙ぎに振るわれる。


 盾で受ける。


 両腕へ激しい衝撃が走った。


 身体ごと地面を滑る。


 そこへ細い根が盾へ巻きついた。


 冷たい何かが、腕から身体へ入り込んでくる。


【《盾術》が侵食されています】


 盾をどう構えればいいのか。


 一瞬、分からなくなった。


 別の根が剣へ絡みつく。


【《剣術》が侵食されています】


 いつも握っていたはずの剣が、急に重く感じられた。


 目の前へ《スキル図鑑》が現れる。


 ページに書かれていた文字が、上から順番に薄くなっていく。


【登録技能への侵食が拡大しています】


【《スキル図鑑》の維持が困難です】


 白い竜の額にある結晶が、強く輝いた。


「集めた技能を、すべて我へ返せ」


「返すものなんてない」


「それらは、お前一人の力ではあるまい」


「ああ」


 俺は震える腕で、剣を構え直した。


「俺だけの力じゃない」


 ラベンダー。


 ローズ。


 ピーチ。


 クローバー。


 ピク。


 皆と一緒に歩き、教え合い、身につけてきた力だ。


「家族みんなで手に入れたものだ」


 たとえ、図鑑から文字が消えても。


 過ごした時間まで、消えるわけではない。


「お前なんかに、一つも渡さない」


 白蝕竜が咆哮する。


 森を覆う白い根が、一斉に俺たちへ襲いかかった。



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