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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第5話 喧嘩


「ふざけんな!」


 殴られた男が、倒木から転げ落ちた。


 手にしていた酒瓶が地面へ落ち、乾いた音を立てる。


 俺は握った拳を下ろさず、三人を睨みつけた。


「お前らは何様だ!」


「……あ?」


「危険だって止められた。それが気に入らなかった。だから仲間から追い出した」


 倒れた男が、頬を押さえながら俺を見上げる。


「ほかの冒険者にも嘘を広めた」


「てめぇ……」


「帰る場所まで壊した」


 言葉が止まらなかった。


 壊された扉。


 踏み潰された食べ物。


 何も言わず、それを見つめていたラベンダーの顔。


 全部、頭に残っていた。


「それで、泣き顔が見たかっただと?」


 拳を強く握る。


「ふざけるな!」


 剣を腰に下げた男が立ち上がった。


「何も知らねえくせに、偉そうに口出しすんじゃねえ!」


「知らなくても分かる!」


「何が分かるってんだ!」


「お前らが最低だってことだ!」


 男の顔が歪んだ。


「獣人一匹のために、よくそこまで怒れるな」


「一匹じゃない」


「あ?」


「ラベンダーだ」


 三人が黙る。


「名前がある。心もある」


 自分でも、こんなに喋るつもりはなかった。


 けれど、止められなかった。


「仲間から追い出されたら寂しい。嘘を広められたら傷つく。帰る場所を壊されたら、悲しいに決まってるだろ!」


「知るかよ!」


「だから気に入らないんだ!」


 俺は一歩踏み出した。


「お前らが何を考えてたかなんて知らない。ラベンダーに悪いところがあったのかもしれない。それでも――」


 男をまっすぐ見据える。


「三人で一人を追い詰めて、笑ってる奴らが正しいわけないだろ!」


「正義の味方気取りか?」


「違う」


 俺は首を振った。


「ただ、お前らが気に入らない」


「だったら、どうするつもりだ」


「もう殴っただろ」


 剣の男が口元の血を拭う。


 槍を背負った男と、斧を背負った男も立ち上がった。


 三人が並び、俺を見る。


「三人いるぞ」


「見れば分かる」


「勝てると思ってんのか?」


「思ってない」


「なら、今すぐ頭を下げろ」


「嫌だ」


「馬鹿じゃねえのか?」


「ああ」


 俺は拳を握った。


「でも、お前らを殴らずに帰ったら――俺は俺を許せない」


 剣の男が鼻で笑う。


「だったら、後悔させてやるよ」


「やってみろ」


 男の拳が飛んできた。


 頬へまともに入る。


 視界が横へ流れた。


 殴られた勢いのまま身体を戻し、俺も男の顔を殴る。


「この野郎!」


 横から槍の男が殴りかかってきた。


 拳が耳の横へ入る。


 頭の中で鈍い音が鳴った。


 俺はそいつの服を掴み、額をぶつける。


「ぐっ!」


 男が鼻を押さえて下がった。


 すぐに腹へ拳が入る。


 斧の男だった。


「がっ……!」


 息が詰まる。


 身体が折れたところへ、もう一発、頬を殴られた。


 地面へ倒れそうになる。


 剣の男の服を掴み、そのまま一緒に倒れ込んだ。


「離せ!」


「嫌だ!」


 馬乗りになって拳を振り下ろす。


 一発。


 二発。


 三発目を振り下ろす前に、横腹を蹴られた。


 身体が転がる。


 土と枯れ葉が口に入った。


「一人で三人に勝てるわけねえだろ!」


 槍の男が俺の腹を蹴る。


 痛みで身体が丸まった。


 それでも足首を掴み、引っ張った。


「うおっ!」


 男が尻もちをつく。


 その顔へ拳を叩き込んだ。


「てめぇ!」


 背中を蹴られた。


 前へ倒れる。


 起き上がる前に、今度は脇腹を蹴られた。


 痛い。


 息ができない。


 それでも地面へ手をつき、立ち上がる。


「まだやる気かよ」


「当たり前だ」


 剣の男が殴ってくる。


 俺も殴る。


 拳が互いの頬へ入った。


 どちらが先だったのか、もう分からなかった。


「獣人なんか放っとけ!」


「無理だった」


 男の拳が頬へ入った。


 視界が横へ流れる。


 殴られた勢いのまま身体を戻し、俺も男の顔を殴る。


「その結果がこれだぞ!」


 今度は腹を殴られた。


 息が詰まる。


 それでも男の服を掴み、額をぶつけた。


「後悔してるだろ!」


「……してない」


「馬鹿が!」


「ああ」


 頬を殴られる。


 俺も殴る。


 横から別の拳が飛んできて、こめかみに入った。


 膝が崩れる。


 斧の男が俺の胸ぐらを掴み、無理やり立たせた。


「他人のために、そこまでやるのかよ!」


「他人だから何だ」


「何も知らねえ奴だろ!」


「名前は知ってる」


「それだけじゃねえか!」


「それで十分だ」


「意味分かんねえよ!」


 男の拳が腹へ入る。


 胃の中のものが逆流しそうになった。


 俺は胸ぐらを掴んでいる腕へしがみつき、そいつの顎を殴る。


「ぐっ!」


 手が離れた。


 離れた瞬間、剣の男へ飛びかかる。


 胸ぐらを掴み、顔を殴った。


「お前らは助けてもらってたんだ!」


「何がだよ!」


「危険を見つけて、止めてもらってただろ!」


「邪魔されてたんだ!」


「だったら別れればよかっただろ!」


 殴る。


 殴られる。


 互いに服を掴み、額をぶつける。


「嘘を広める必要なんかなかった!」


「うるせえ!」


 横から殴られ、地面へ倒れた。


 剣の男も俺に掴まれたまま、一緒に倒れる。


 地面の上で、どちらが上になるかも分からないまま殴り合った。


 頬を殴られる。


 俺も鼻を殴る。


 口の中に血の味が広がる。


「ミント!」


 茂みの奥から、ラベンダーの声が聞こえた。


 三人の動きが止まる。


「今、誰かいたか?」


「来るな!」


 俺は地面に倒れたまま叫んだ。


 茂みの葉が揺れた。


「でも……!」


「お前が殴られたら、俺が出てきた意味がない!」


 剣の男の身体を押しのけ、立ち上がる。


 足が震えた。


「これは俺が売った喧嘩だ!」


「ミント……」


「そこで待ってろ!」


 斧の男の拳が頬へ入った。


 身体が地面へ転がる。


「獣人の前で格好つけたいのか?」


「違う」


「じゃあ何でそこまでする!」


 地面へ手をつく。


 腕が震える。


 それでも立ち上がった。


「放っとけなかった」


「それだけかよ!」


「ああ」


「それだけで、こんな目に遭ってんのか!」


「ああ」


「やっぱり馬鹿だな!」


「さっきから知ってる」


 男が怒鳴りながら殴ってくる。


 今度は避けられなかった。


 拳が頬へ入り、身体がよろめく。


 槍の男の拳が腹へ入る。


 斧の男に背中を殴られる。


 三人から殴られ、蹴られ、立っていられなくなった。


 膝をつく。


 地面へ倒れる。


 それでも、剣の男の足へしがみついた。


「離せ!」


「まだ……終わってない」


「もう立てねえだろ!」


「話が……終わってない」


「何の話だよ!」


 俺は男を見上げた。


「お前らが最低だって話だ」


「こいつ……!」


 顔を蹴られた。


 視界が白くなる。


 身体から力が抜けた。


 三人の拳と蹴りが、次々と身体へ落ちてくる。


 腕で頭を抱える。


 腹を蹴られる。


 背中を踏まれる。


 何度殴られたのか、もう分からない。


 痛い。


 苦しい。


 それでも、こいつらだけは殴らずに帰れなかった。


 やがて、三人の動きが止まった。


「もういいだろ」


 誰かが荒い息を吐く。


「こいつ、頭おかしいぞ」


「行こうぜ」


 足音が離れていく。


 俺は地面へ伏せたまま、それを聞いていた。


 追ってくる気配はない。


 森の中が静かになる。


     ◇


「ミント!」


 ラベンダーが茂みから飛び出してきた。


 俺の隣へ膝をつき、肩へ手を伸ばす。


「大丈夫?」


「……大丈夫に見えるか?」


「見えない」


「なら聞くなよ」


 身体を起こそうとする。


 腕に力が入らなかった。


 ラベンダーが俺の背中へ腕を回し、支えてくれる。


 その手は震えていた。


「どうして、あんなことしたの」


「腹が立った」


「三人もいた」


「見れば分かった」


「勝てないって分かってたのに」


「ああ」


「馬鹿なの?」


「たぶん」


「たぶんじゃない」


「じゃあ、馬鹿だ」


 ラベンダーは何も言わなかった。


 俺を支える手に、少しだけ力が入る。


「……ごめん」


「何が?」


「私のせいで」


「違う」


「でも」


「俺が勝手に殴った」


 どうにか身体を起こす。


 足元がふらついた。


 ラベンダーが慌てて支える。


「だから、ラベンダーが謝ることじゃない」


「でも、こんなに怪我してる」


「妖精の泉がある」


「そういう問題じゃない」


「俺には、そういう問題だ」


 ラベンダーは納得していない顔をした。


 けれど、それ以上は何も言わなかった。


 木の陰から、ピクが飛んでくる。


「ミント、ぼろぼろ!」


「見れば分かる」


「お顔が大きくなってる!」


「腫れてるだけだ」


「歩ける?」


「たぶん」


 一歩進む。


 膝が崩れた。


 ラベンダーに支えられる。


「歩けてない」


「今のは地面が悪い」


「普通の地面」


「木の根があった」


「なかった」


「細かいな」


 ラベンダーは俺の腕を自分の肩へ回した。


「……帰るよ」


「ああ」


「妖精の家に」


「そうだな」


 俺たちは、ゆっくり森の中を歩いた。


 来たときより、ずっと時間がかかった。


 途中で何度も足が止まった。


 そのたびにラベンダーは黙って、俺を支えてくれた。


     ◇


 妖精の家の扉をくぐる。


 庭の柔らかな光が、傷だらけの身体を照らした。


 家の周りにいた妖精たちが、一斉にこちらを見る。


「ミント帰ってきた!」


「お顔まっか!」


「大きくなってる!」


「丸い!」


 一瞬の静寂。


 次の瞬間。


「キャキャキャキャ!」


「ぴゃははは!」


 妖精たちが腹を抱えて笑い始めた。


 空中で身体を丸め、転げ回るように笑っている。


 一人の妖精が、腫れた俺の頬を真似して膨らませた。


 別の妖精が、ふらふら歩く俺の真似をする。


「お前ら……」


「ミント、やられた!」


「お顔が二倍!」


「二倍にはなってない」


「三倍!」


「増やすな」


 ラベンダーは呆然と妖精たちを見ていた。


 心配していたはずなのに、みんな笑っている。


 けれど、俺には分かっていた。


 こいつらは、俺が帰ってきたから笑っている。


 戻ってこなかったら、きっと笑わない。


「……悪かったなぁ」


 俺は腫れた頬を押さえながら言った。


「え?」


 ラベンダーが顔を上げる。


「人間全部、嫌な奴だと思わないでくれ」


 ラベンダーは俺を見つめた。


「……うん」


「中には、まともな奴もいる」


「ミントは?」


「俺は知らない」


「まともじゃないと思う」


「お前まで言うのか」


 ラベンダーの口元が、少しだけ緩んだ。


「でも……嫌な人じゃない」


「ならいい」


「うん」


 妖精たちは、まだ笑っている。


 俺が笑ったことで、さらに笑い声が大きくなった。


「ミント、笑った!」


「お顔いたそう!」


「うるさいな……」


 そう言いながら、俺も少し笑った。


 頬が痛む。


 笑うだけで傷へ響いた。


 それでも、不思議と嫌ではなかった。


 小さな妖精が一人、ラベンダーの尻尾へ近づく。


 触ろうとして、ピクに頭を叩かれていた。


「勝手に触っちゃ駄目!」


「ちょっとだけ!」


「駄目!」


「ふわふわ!」


「見るだけ!」


 ラベンダーはそのやり取りを見て、わずかに笑った。


「なぁ」


「なに?」


「騒がしいだろ」


「……うん」


「今、寂しくないだろ?」


 ラベンダーは、一瞬だけ言葉を失った。


 妖精たちの笑い声。


 腫れた俺の顔。


 まだ俺の身体を支えている、自分の手。


 ゆっくりと周囲を見回す。


 それから、小さく頷いた。


「……うん」


 その声は、昨日よりも少しだけ柔らかかった。


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