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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第4話 追跡

「……どうして、私を助けるの?」


 ラベンダーは、壊された小屋の前で俺を見た。


 灰色の耳は伏せられている。


 本当に理由が分からないという顔だった。


 俺はすぐに答えられなかった。


 泥の中へ踏みつけられた食料。


 外へ放り出された毛布。


 倒れた扉を持ち上げようとして、震えていたラベンダーの手。


 それを見ながら、昔のことを思い出す。


「俺は、親が早くに死んだんだ」


 ラベンダーの耳が、わずかに動いた。


「それから、教会のシスターに拾われた」


「……教会?」


「ああ。身寄りのない子供たちが暮らしている、小さな教会だ」


 両親がいなくなったばかりのころ。


 俺は、何もかもが嫌いだった。


 自分だけが不幸になったような気がしていた。


 楽しそうに笑っている人を見るだけで、腹が立った。


「そのころの俺は、ずっと寂しくて、苦しかった」


「……」


「自分の境遇も、周りの人間も恨んでた。どうして俺だけがこんな目に遭うんだって、毎日考えてた」


 シスターに拾われてからも、すぐに気持ちが変わったわけではない。


 食事が気に入らなければ文句を言った。


 話しかけられても無視した。


 一人にしてくれと言って、部屋の隅で膝を抱えていた。


「シスターにも、ずいぶんわがままを言った」


「怒られなかったの?」


「怒られたことはある。でも、見捨てられなかった」


 俺が苛立ちをぶつけても、シスターは最後には笑って許してくれた。


 教会には、俺以外にもたくさんの子供がいた。


 うざいくらい騒がしかった。


「すごく嫌な奴もいたし、いい奴もいた」


「嫌な奴もいたんだ」


「ああ。人の食べ物を勝手に取る奴とかな」


「それは嫌」


「すぐ泣く子もいた。夜になると怖がって、誰かの布団へ潜り込む子もいたな」


 教会の寝室は、いつも騒がしかった。


 誰かが泣けば、誰かが起きる。


 喧嘩が始まれば、シスターが飛んでくる。


「あと、よくおもらしをする子もいた」


 ラベンダーが少しだけ眉を寄せる。


「それは、言わない方がいいと思う」


「名前は言ってない」


「本人が聞いたら分かるかもしれない」


「もう昔の話だ」


 ラベンダーの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


 笑ったのかもしれない。


「最初は、そいつらのことも嫌いだった」


 静かにしてほしいのに騒ぐ。


 一人にしてほしいのについてくる。


 勝手に俺の物を触る。


 何度怒っても、次の日にはまた話しかけてきた。


「でも、そんな生活をしているうちに、気づいたら寂しくなくなってた」


 悲しみが消えたわけではない。


 両親を亡くしたことを、忘れたわけでもない。


 それでも、周りのすべてを恨むことはなくなった。


「苦しさも、苛立ちも、全部なくなったわけじゃない。でも、一人で抱えなくてよくなった」


 ラベンダーは何も言わない。


 俺の話を、黙って聞いていた。


「だから、放っておけない」


「……私が一人だから?」


「ああ」


「かわいそうだから?」


「違う」


 俺はすぐに否定した。


「俺を拾ったシスターも、たぶん同情だけで助けたわけじゃない」


「じゃあ、どうして?」


「放っておけなかったんだと思う」


「それだけ?」


「それだけで、俺は救われた」


 ラベンダーは壊された小屋へ目を向けた。


 扉は倒れたまま。


 壁には大きな穴が空いている。


 今夜ここで眠ることはできない。


「妖精の家には、うるさいくらい妖精がいる」


「うるさくないよ!」


 ピクがすぐに抗議した。


「さっき、火を起こせない俺を笑ってただろ」


「面白い顔だったから!」


「そういうところだ」


 小さな妖精たちが俺の顔を真似し、笑い始める。


 ラベンダーは妖精たちを見た。


 先ほどより、少しだけ表情が柔らかくなっている。


「でも、悪い奴らじゃない」


「もちろんだよ!」


 ピクが胸を張る。


「お庭もあるし、泉もあるし、空いてるお部屋もあるよ!」


「毎日、肉が食べられるとは限らないけどな」


「木の実もあるよ!」


「お前は食べないだろ」


「見るのが好き!」


 ラベンダーは、楽しそうに話すピクを見つめていた。


 それから、もう一度小屋を見る。


「……少しだけなら」


「いいの?」


 ピクが勢いよくラベンダーの前まで飛んだ。


「妖精の家に住んでもいい。でも、本当に少しだけ」


「ああ。それでいい」


「勝手に耳を触らせないで」


「それは妖精たちに言ってくれ」


 ラベンダーが小さな妖精たちを見る。


 妖精たちは一斉に目をそらした。


「触らないよ!」


「たぶん!」


「たぶんじゃ駄目だろ」


 ピクが小さな妖精たちを追いかけ始める。


 その様子を見て、ラベンダーが小さく息を吐いた。


 それから、泥にまみれた毛布へ手を伸ばす。


「使える物だけ持っていく」


「ああ。手伝う」


 俺たちは、小屋の中から無事な物を探した。


 弓。


 矢筒。


 小さな革袋。


 欠けた木の器。


 服は何枚か泥で汚れていたが、洗えば使えそうだった。


 荷物をまとめている途中、俺は小屋の前に残された足跡を見た。


 三人分ほどの靴跡。


 小屋の周りを歩き回り、そのまま森の奥へ続いている。


「この足跡を追えば、やった奴らを見つけられるかもしれない」


 俺が言うと、ラベンダーの手が止まった。


「もういい」


「よくないだろ」


「私は、もうここには住まない」


「だからって、何もしなくていい理由にはならない」


「見つけてどうするの?」


「理由を聞く」


「聞いても、何も変わらない」


「それでも聞きたい」


 ラベンダーの耳が伏せる。


「会いたくない」


「知っている相手なのか?」


 ラベンダーは答えなかった。


 だが、その反応だけで十分だった。


「この足跡、追えるか?」


「……追える」


「頼む」


「嫌」


 はっきりと断られた。


「もう関わりたくない」


「俺一人じゃ追えない」


「だったら、やめればいい」


「やめない」


 ラベンダーが俺を見る。


「どうして、そこまでするの?」


「何も知らないまま終わらせたくない」


「私が悪いかもしれない」


「だったら、それも本人たちに聞く」


 俺はラベンダーへ頭を下げた。


「頼む。足跡を追ってくれ」


「……」


「見つけたら、話すのは俺がやる。ラベンダーは隠れていていい」


「三人いる」


「たぶんな」


「危ない」


「話を聞くだけだ」


「話だけで終わらなかったら?」


「そのとき考える」


「何も考えてないのと同じ」


「否定はできない」


 ラベンダーは呆れたように俺を見た。


 長い沈黙のあと、小さく息を吐く。


「……分かった」


「いいのか?」


「一度だけ」


「ああ」


「見つけても、私は話さない」


「それでいい」


「危なくなったら逃げる」


「分かった」


 ラベンダーは小屋の前へしゃがみ込んだ。


 複数の足跡を見比べ、指先で土へ触れる。


「三人」


「分かるのか?」


「一人は身体が大きい。足跡が深いから」


 俺には同じ靴跡にしか見えない。


「よくそんなことまで分かるな」


「前に斥候をしてたから」


「斥候?」


「仲間より先に進んで、道や魔物の気配を調べる役目」


 そこで初めて、ラベンダーが冒険者だったことを知った。


「追跡も得意なのか?」


「得意というほどじゃない。でも、これくらいなら追える」


 ラベンダーは立ち上がり、森の奥を指さした。


「こっち」


     ◇


 足跡は森の奥へ続いていた。


 地面が乾いて足跡が消えている場所もあった。


 それでもラベンダーは迷わない。


 踏まれた草。


 折れた枝。


 木の根元についた泥。


 俺なら気づかない痕跡を見つけ、進む方向を判断していく。


「こっち」


 ラベンダーが小さく言い、木々の間を進む。


「すごいな」


「普通」


「俺にはできない」


「慣れてないから」


 前を向いたまま答える。


 褒められて嬉しいという様子はない。


 だが、歩く速度が少しだけ上がった。


「身体は大丈夫か?」


「傷は治ってる」


「さっきまでふらついてただろ」


「もう平気」


 本当に平気かは分からない。


 それでも、追跡している間のラベンダーの足取りは軽かった。


 しばらく進むと、人の話し声が聞こえてきた。


 ラベンダーがすぐに片手を上げる。


「止まって」


 俺は足を止めた。


 ラベンダーが木の陰から前方をのぞく。


「三人いる」


 声が小さくなる。


「知っている奴らか?」


「……うん」


 木々の間に、三人の男がいた。


 一人は剣。


 一人は槍。


 もう一人は大きな斧を背負っている。


 三人とも冒険者らしい。


 倒木へ腰を下ろし、酒を飲みながら笑っていた。


 ラベンダーの尻尾が下がる。


「ここに隠れていてくれ」


「一人で行くの?」


「ああ」


「三人いる」


「話を聞くだけだ」


「危ない」


「ラベンダーが出ていったら、理由を話さないかもしれない」


 ラベンダーは三人の男たちを見つめた。


 しばらくして、小さく頷く。


「見つからないようにする」


「頼む」


 ラベンダーは茂みの奥へ身を隠した。


 灰色の耳も尻尾も、葉の陰へ消える。


 俺は一人で男たちへ近づいた。


 三人がこちらに気づく。


「なんだ、お前?」


 剣を持った男が、面倒そうに俺を見た。


「近くに壊された小屋があった」


 三人の顔を順番に見る。


「あの小屋を壊したのは、お前たちか?」


 三人は顔を見合わせた。


 否定する様子はない。


 斧を背負った男が、酒瓶を傾けながら答えた。


「そうだけど、なんか悪い?」


「理由が知りたい」


「ああ、そういうこと」


 剣の男が鼻で笑った。


「あの小屋には獣人が住んでいてな。すげえうざかったんだよ」


「何をされた?」


「前に、俺たちとパーティを組んでたんだ」


 男は酒を飲みながら続ける。


「森へ入るたび、危険だから進むなとか、魔物が多いから戻れとか、いちいち俺たちを止めやがる」


「危険だったんじゃないのか?」


「多少はな」


 槍の男が笑った。


「冒険者なんだから、危険なのは当たり前だろ」


「なのに、あいつは何度も俺たちの進行を邪魔しやがった」


 剣の男が酒瓶を振る。


「臆病で使えないから、パーティから追い出した」


「それだけで、小屋を壊したのか?」


「まだある」


 斧の男が口を挟む。


「俺たちがほかの冒険者に、あいつのことを教えてやったんだよ」


「何を?」


「臆病で、仕事の邪魔ばかりする斥候だってな」


「本当なのか?」


「俺たちは、そう思った」


「危険を知らせるのが、斥候の役目じゃないのか?」


「うるせえな」


 剣の男の表情が険しくなる。


「俺たちが進むと言ったら、黙ってついてくればいいんだよ」


「それで?」


「ほかのパーティも、あいつを誘わなくなった」


 槍の男が楽しそうに笑う。


「そしたら、あいつが怒ってきてな」


「何て言った?」


「嘘を広めるなって」


「嘘だったんだろ」


「細かいことはどうでもいいんだよ」


 剣の男が立ち上がった。


「あいつが気に入らなかった。それだけだ」


「だから、住んでいる小屋を壊した?」


「ああ」


「中にいたかもしれない」


「いなかっただろ」


「いたらどうするつもりだった?」


 三人は黙った。


 誰も悪いことをしたとは思っていない顔だった。


「小屋を壊せば、この辺りから消えると思った」


 斧の男が言う。


「それでも出ていかなかったら?」


「また壊せばいい」


 槍の男が笑う。


「次は弓でも折ってやれば、冒険者も続けられないだろ」


「そこまでして、何がしたい?」


 俺が尋ねると、剣の男は少し考えた。


 そして、口元を歪める。


「あいつの泣き顔が見たかった」


 俺は何も言わなかった。


 一歩踏み込み、男の顔を殴った。


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