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おかえり!妖精の家へようこそ ~スキル図鑑で家族が増えていく物語~  作者: 月瀬 リュカ


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第46話 クローバーの居場所



「全員、武器を下ろせ!」


 草原へ響いた声とともに、冒険者ギルドの紋章を掲げた騎馬隊が風車小屋へ到着した。


 先頭にいたのは、灰色の髪を短く切った中年の男だった。


 馬から降りると、周囲を素早く見回す。


 剣を構えた大柄な男。


 盾を持つ俺。


 その後ろで身を寄せ合うクローバーと魔物たち。


「ギルド監査官のバルトだ」


 男は低い声で名乗った。


「ここで無許可の魔物討伐が行われていると通報を受けた。事情を確認するまで、誰も動くな」


「無許可ではない!」


 大柄な男が慌てて剣を下ろす。


「俺たちは草原の安全を守ろうとしただけだ!」


「討伐依頼書は?」


「そんなものはない」


「領主か村長からの要請は?」


「ないが、魔物が増えてからでは遅い!」


 バルトは男の言葉を最後まで聞くと、冷たい目を向けた。


「つまり、依頼も許可もなく、自分たちの判断で他人の管理下にある魔物を殺そうとしたのだな」


「管理下だと?」


 男はクローバーを指さした。


「こんな娘が、あれだけの魔物を管理できるわけがない!」


 その声に反応して、ミルクバッファローが低く鳴く。


「モォ……」


 クローバーはすぐに首元を撫でた。


「大丈夫です。動かないで」


 短い言葉と優しい手つきだけで、魔物は静かになった。


 バルトはその様子を見てから、クローバーへ向き直る。


「君がテイマーのクローバーだな?」


「はい」


「風車小屋で魔物を保護していると聞いている」


「この子たちは、人を襲っていません」


「それは確認する」


 バルトは部下へ合図した。


 ギルド職員たちが、風車小屋の周囲を調べ始める。


 足跡。


 餌場。


 魔物たちが眠るために敷かれた干し草。


 小屋の壁には、魔物の種類や怪我の状態が細かく書かれた板まで掛けられていた。


 ピーチも傷ついた鳥の魔物を診察する。


「羽の骨は、以前に折れたようです」


 鳥魔物は警戒するように身体を縮めた。


 クローバーが側へ座り、ゆっくりと手を差し出す。


「この人は薬を作れる方です。怖くありませんよ」


 鳥魔物が小さく鳴いた。


「キュ……」


 意味のある言葉ではない。


 それでも、クローバーの声を聞くと少しずつ身体の力を抜いていく。


 ピーチは驚かせないように、ゆっくりと羽へ触れた。


「傷口に新しい炎症はありません。ただ、飛べるようになるには時間がかかりそうです」


「ありがとうございます」


 クローバーは深く頭を下げた。


     ◇


 しばらくして、調査を終えた職員たちが戻ってきた。


「監査官」


「報告しろ」


「人を襲った形跡はありません。小屋の周囲にも、人間の血痕や破損した装備は見つかりませんでした」


 大柄な男が声を荒らげる。


「今まで襲わなかっただけだ!」


「黙っていろ」


 バルトの一言で、男は口を閉じた。


「それと、こちらを」


 職員が一枚の板を差し出す。


 そこには、魔物ごとの餌の量や治療記録が細かく書かれていた。


「クローバー。これは君が?」


「はい」


「この風車小屋の使用許可は持っているのか?」


「以前の持ち主だったお爺さんから、使ってよいと言われました」


「書面は?」


「ありません」


 クローバーの表情が曇る。


「お爺さんは、昨年亡くなりました」


 バルトは静かに息を吐いた。


「では、正式な所有者は現在不明か」


「たぶん……町が管理していると思います」


「飼育施設としての登録もされていないな?」


「はい」


 クローバーは俯いた。


「何度か申請しようとしました。でも、魔物を連れているというだけで、話を聞いてもらえませんでした」


「事情は分かった」


 バルトは大柄な男たちへ視線を戻す。


「だからといって、お前たちの行為が許されるわけではない」


「俺たちは何もしていない!」


「剣を振り下ろしたところを見られている」


「そいつが邪魔したからだ!」


 男は俺を指さした。


「それに、あのミルクバッファローは価値のある魔物だ。町で管理した方が役に立つ!」


「管理?」


 バルトの声が低くなる。


「先ほど、乳が出なくなれば肉にすると言ったそうだな」


 大柄な男の顔色が変わった。


「誰がそんなことを――」


「聞いていた者は多い」


 俺たちだけではない。


 男の仲間たちも目をそらしていた。


 一人の若い冒険者が、おずおずと手を挙げる。


「……言っていました」


「おい!」


「俺たちは魔物を追い払うだけだと聞いていたんです。乳を売る話なんて知りませんでした」


 別の男も武器を地面へ置いた。


「俺もです。強奪するつもりなら、もう付き合えません」


「裏切るのか!」


 大柄な男が怒鳴る。


 だが、誰も剣を拾わなかった。


 バルトは部下へ告げる。


「主導した三名を拘束しろ。無許可討伐、他者の所有物への強奪未遂、それに冒険者への襲撃だ」


「待て!」


 男は抵抗しようとしたが、複数のギルド職員に腕を押さえられた。


「こんな魔物を守って何になる!」


 連行されながら、男がクローバーを睨む。


「いつか人を襲うぞ! その時になって後悔しても遅いからな!」


 クローバーは何も言い返さなかった。


 ただ、怯える魔物たちの前へ立ち続けていた。


     ◇


 男たちが連れていかれると、風車小屋の周囲は静かになった。


「これで解決したの?」


 ピクが尋ねる。


 しかし、バルトは首を横に振った。


「残念だが、そう簡単ではない」


 クローバーが不安そうに顔を上げる。


「この場所で暮らすことはできませんか?」


「正式な許可のない土地だ。それに、小屋も危険な状態にある」


 バルトが風車小屋を見上げる。


 折れた羽根。


 傾いた屋根。


 板が外れ、隙間だらけになった壁。


「次の嵐が来れば、倒壊する可能性が高い」


「修理します」


「君一人でか?」


「少しずつなら……」


「魔物たちの世話をしながらでは無理だ」


 クローバーは答えられなかった。


 バルトは責めるような口調ではなかった。


 むしろ、心配しているように見える。


「餌も足りていないな」


「近くの草を刈っています」


「この数を養うには、周囲の草原だけでは足りない。冬になれば、さらに厳しくなる」


 ミルクバッファローがクローバーへ頬を寄せる。


「モォ……」


 羊のような魔物も、その足元へ集まった。


「この子たちを手放せということですか?」


「今すぐとは言わない」


 バルトは少し考えてから答えた。


「一週間だけ待つ。その間に、安全な受け入れ先を探してくれ」


「一週間……」


「見つからなければ、ギルドで預かる。ただし、すべての魔物を同じ場所へ置くことはできない」


 怪我の状態や種類によって、別々の施設へ送られるという。


 クローバーの顔から血の気が引いた。


「離ればなれになるんですか?」


「そうなる可能性が高い」


 クローバーは魔物たちを見回した。


 傷ついた鳥。


 足を痛めた角兎。


 怯えやすい羊の魔物。


 そして、いつも彼女の側にいるミルクバッファロー。


 この子たちは、クローバーを中心に一つの群れになっている。


 離されたら、きっと不安になる。


「行く場所はないのか?」


 俺が尋ねると、クローバーは小さく頷いた。


「牧場にも相談しました。でも、怪我をした魔物を何匹も受け入れる余裕はないと言われました」


「家族は?」


「いません」


 それだけ答えると、クローバーは口を閉じた。


 無理に聞くことではない。


 俺は後ろにいる仲間たちを見た。


 ラベンダーも、ローズも、ピーチも、同じことを考えているようだった。


「クローバー」


「はい」


「妖精の家を見に来ないか?」


 クローバーが目を瞬く。


「妖精の家……」


「手紙が届いた場所だ」


「でも、私は魔物を連れています」


「その子たちも一緒だ」


 クローバーは信じられないように、俺と魔物たちを交互に見る。


「本当に?」


「暮らせるかどうかは、実際に見てから決めればいい」


 最初から家族になれと言うつもりはない。


 俺たちの家が、クローバーたちに合わない可能性もある。


「嫌なら断っていい。まずは安全な場所があるか、確かめに来ればいい」


 ピクが勢いよく飛び上がる。


「お庭もあるよ!」


「泉もあります」


 ローズが続ける。


「傷の治療なら、わたしもお手伝いできます」


 ピーチは鳥の魔物を見ながら微笑んだ。


「食べ物も、みんなで探せば何とかなるよ」


 ラベンダーも頷く。


 クローバーの目に、再び涙が浮かんだ。


「どうして、そこまでしてくれるのですか?」


「手紙が届いたからだ」


 俺は答えた。


「助けてほしいって書いてあった」


 それだけで十分だった。


     ◇


 移動の準備を始める。


 ピーチが傷ついた魔物たちの状態を確認し、歩けない角兎は簡単な荷車へ載せた。


 鳥の魔物は、布を敷いた籠へ入れる。


 羊の魔物たちは、クローバーの周りから離れようとしなかった。


「並んで歩きましょう」


 クローバーが短い笛を鳴らす。


 澄んだ音が草原へ広がった。


 魔物たちが顔を上げる。


 もう一度、少し違う音を鳴らすと、ミルクバッファローが先頭へ移動した。


 羊の魔物たちはその後ろへ並ぶ。


「すごいな」


「音ごとに意味を覚えてもらっています」


 クローバーは一匹ずつ様子を確認する。


「この子は長く歩くと足が痛くなります。途中で休ませてください」


 角兎の耳が小さく動く。


「この子は大きな音が苦手です」


 鳥魔物の籠へ布を掛ける。


「ミルクバッファローは?」


「この子は、皆を守ろうとして無理をします」


「モォ」


 名前を呼ばれたわけでもないのに、ミルクバッファローがクローバーへ顔を寄せる。


「あなたのことです」


 クローバーが困ったように笑った。


 《調教》。


 《意思疎通》。


 《給餌》。


 《飼育》。


 《魔物知識》。


 《動物治療》。


 クローバーの動きを見ているだけでも、いくつもの技能を持っているのが分かる。


 仲間になれば、これらも図鑑へ登録されるのだろうか。


 だが、今考えるべきなのは数字ではない。


 まずは、この子たちが安心して休める場所を用意することだ。


     ◇


 夕方になる前に、俺たちは妖精の家へ戻った。


 いつもの扉を呼び出す。


 草原の中へ、淡い光とともに木製の扉が現れた。


「これが……」


 クローバーは呆然と見つめている。


「この先に家があるのですか?」


「ああ」


 ピクが扉の前へ飛んでいく。


「みんなで入ろう!」


 俺が取っ手へ手を掛ける。


 しかし。


「……開かない」


 いつもなら軽く動く扉が、びくともしなかった。


「どうしたの?」


 ピクが扉へ触れる。


「変だよ。鍵はかかってないのに」


 クローバーの顔が曇る。


「やはり、魔物は入れないのでしょうか」


「そんなはずは――」


 その時、《スキル図鑑》が強く光った。


【妖精の家へ、新たな生き物を迎え入れようとしています】


【現在の妖精の家には、飼育に適した設備がありません】


【受け入れには、新しい施設が必要です】


「新しい施設?」


 表示は、さらに続いた。


【《妖精の牧場》を解放できます】


【解放に必要な条件を確認してください】


 扉の向こうから、妖精たちのざわめく声が聞こえた。


 クローバーと魔物たちを迎えるために。


 妖精の家へ、新しい場所を作らなければならないらしい。


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