第47話 妖精の牧場
【《妖精の牧場》を解放できます】
【解放に必要な条件を確認してください】
光の文字が浮かぶ。
俺たちは閉ざされた扉の前で、その続きを待った。
【必要条件】
【木材 二十本】
【丈夫な蔓 十本】
【牧草 五束】
【清らかな水 一樽】
【飼育技能を持つ者の協力】
「材料が必要なんだな」
俺は表示を一つずつ確認する。
木材と蔓は、妖精の家に保管してある。
牧草も畑の近くで育てていたはずだ。
問題は最後の条件だった。
「飼育技能を持つ者……」
クローバーが自分の胸へ手を当てる。
「私なら、《飼育》を持っています」
すると、文字が新しく浮かんだ。
【条件を満たす協力者を確認しました】
【協力者:クローバー】
「わたしで、いいのですか?」
「いいみたいだな」
俺が答えると、クローバーは少しだけ安心したように息を吐いた。
だが、妖精の家の扉はまだ開かない。
「材料を取りに入りたいんだけど」
ピクが扉の周囲を飛び回る。
「ミントたちだけなら入れるのかな?」
「試してみる」
俺はクローバーたちから少し離れ、もう一度扉へ手を掛けた。
今度は、軽い音を立てて開いた。
「開いた!」
扉の向こうには、見慣れた妖精の家の庭が広がっている。
どうやら魔物たちを連れ込もうとしなければ、入ることはできるらしい。
「クローバーはここで待っていてくれ」
「はい」
「私も残るよ」
ラベンダーが弓を背負い直した。
「また誰か来るかもしれないからね」
「わたしも残ります」
ピーチが鳥魔物の入った籠を覗き込む。
「この子の様子も見ておきたいです」
俺とローズ、ピクが妖精の家へ入り、必要な材料を集めることになった。
◇
「木材はこっちだよ!」
ピクに案内され、庭の隅へ向かう。
家を増築した際に余った木材が、屋根の付いた保管場所へ積まれていた。
「二十本なら足りそうですね」
ローズが一本ずつ数える。
「丈夫な蔓も、以前集めたものが残っています」
蔓は丸めて束ねられ、棚へ置かれていた。
妖精たちがきちんと整理してくれたらしい。
「牧草は?」
「あっち!」
ピクが畑の向こうを指さす。
そこには、背の高い草が一面に生えていた。
「いつの間に、こんなに増えたんだ?」
「妖精たちが育ててたの!」
「何に使うつもりだったんだ?」
「ふかふかにして寝る!」
ピクは得意そうに胸を張った。
妖精たちの寝床用だったらしい。
「少しもらっても大丈夫か?」
「うん! また育つから!」
俺たちは牧草を刈り、五つの束へまとめる。
最後は清らかな水だ。
「泉の水でいいのかな」
空の樽へ泉の水を汲む。
すべての材料を扉の近くへ運ぶと、図鑑が光った。
【必要な材料が揃いました】
【材料を《妖精の家》の外へ持ち出すことはできません】
「そうだった」
妖精の家の中にある物は、基本的に外へ持ち出せない。
「では、牧場は家の中へ作られるのでしょうか」
「たぶん、そうだと思う」
問題は、クローバーが外にいることだ。
協力者が入れなければ、牧場を作れない。
表示を確認すると、新たな指示が現れた。
【協力者を扉の前へ招いてください】
「いったん戻ろう」
◇
外へ出ると、クローバーはミルクバッファローの横に座っていた。
俺たちの姿を見て立ち上がる。
「材料はありましたか?」
「ああ。全部揃った」
俺は扉の横へ立ち、クローバーを呼ぶ。
「扉の前へ来てくれ」
クローバーは頷いた。
だが、ミルクバッファローも一緒についてくる。
「モォ」
「あなたは、ここで待っていてください」
クローバーが首を撫でても、魔物は離れようとしなかった。
「不安なのかな?」
ラベンダーが尋ねる。
「私だけが扉の中へ入ると思っているのかもしれません」
クローバーはミルクバッファローの額へ自分の額を軽く触れさせた。
「置いていきません」
「モォ……」
「必ず戻ってきます」
言葉が完全に分かっているわけではないだろう。
それでも、ミルクバッファローはクローバーの顔を見つめたあと、一歩だけ下がった。
「すごいね」
ピクが感心したように呟く。
「魔物とお話しできるの?」
「人のように言葉を交わせるわけではありません」
クローバーは首を横に振る。
「長く一緒にいれば、声や目や動きで、少しずつ気持ちが分かるようになるだけです」
「それでも十分すごいよ」
クローバーが扉の前へ立つ。
図鑑から淡い光が伸び、彼女の手を包んだ。
【協力者の《飼育》を確認しました】
【クローバーの協力により、《妖精の牧場》を解放します】
扉の向こうから、大きな音が聞こえた。
地面が震え、木を打ちつけるような音が続く。
「な、何が起きているんですか?」
「家の中で、妖精たちが作ってるのかも!」
ピクは嬉しそうだった。
しばらくすると、音が止まる。
【《妖精の牧場》が完成しました】
【魔物を受け入れる準備が整いました】
扉がひとりでに開いた。
これまで庭の端にあった小さな木立が左右へ広がり、その奥に新しい土地が現れている。
広々とした草地。
周囲を囲む丈夫な木の柵。
雨風を避けられる大きな飼育小屋。
水を飲むための浅い水場もある。
「これが……妖精の牧場」
クローバーは扉の前で動けなくなっていた。
「入ってみるか?」
「はい」
クローバーがゆっくりと足を踏み入れる。
扉は拒まなかった。
続いて、ミルクバッファローが鼻先を扉へ近づける。
「モォ?」
見慣れない庭を警戒しているらしい。
クローバーが牧場の中から手を伸ばす。
「大丈夫です。おいで」
ミルクバッファローはしばらく動かなかった。
やがて、おそるおそる前足を踏み出す。
扉を越えた。
何も起こらない。
「入れた!」
ピクが飛び跳ねる。
ミルクバッファローは草地の匂いを嗅ぎ、ゆっくりと歩き始めた。
柔らかな牧草を一口食べる。
「モォ!」
先ほどより明るい声が響いた。
それを見た羊の魔物たちも、次々と扉を越えてくる。
最初は怯えていたが、広い草地を見つけると、小さく跳ねながら走り出した。
「メェ!」
「メェェ!」
足を痛めた角兎は、荷車に乗せたまま運ぶ。
鳥の魔物も、ピーチが籠を抱えて牧場へ入った。
「ここなら、治療にも集中できます」
飼育小屋の中には、干し草を敷いた区画がいくつも用意されていた。
身体の大きさや怪我の状態に合わせて、場所を分けられるようになっている。
「水も綺麗です」
クローバーが水場へ手を入れる。
「餌を保管する場所まで……」
「気に入ったか?」
俺が尋ねても、クローバーはすぐに答えなかった。
牧場を歩く魔物たちを、ただ見つめている。
ミルクバッファローがクローバーのところへ戻り、大きな鼻先で肩を押した。
「モォ」
クローバーはその首へ抱きついた。
「よかった……」
かすれた声が漏れる。
「もう、雨が降っても濡れません」
羊の魔物が彼女の足元へ集まる。
「冬が来ても、凍えなくて済みます」
クローバーの頬を、涙が伝った。
「離ればなれにも、ならなくていいんですね」
「ああ」
俺は頷く。
「ここにいる間は、誰にも連れていかれない」
クローバーは何度も涙を拭った。
「ありがとうございます」
「まだ決めなくていいぞ」
「え?」
「ここで暮らすかどうかは、クローバーが決めることだ」
一週間の猶予はある。
一度牧場を見せたからといって、すぐ仲間になる必要はない。
「何日か使ってみてから考えればいい」
「……はい」
クローバーは小さく頷いた。
その時、図鑑が再び光った。
【《妖精の牧場》に最初の生き物を迎え入れました】
【新たな機能が解放されます】
【飼育された生き物から得られる素材を登録できます】
「素材?」
表示と同時に、ミルクバッファローの身体が淡く光る。
その横に、新しい文字が浮かび上がった。
【未登録素材を確認しました】
【ミルクバッファローの乳】
ミルクバッファローが、誇らしそうに胸を張った。
「モォ!」
クローバーは涙を残したまま、初めて声を上げて笑った。




